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15章 消えない足跡

 真っ白い雪の大地に足を踏み入れると、一気に頭の先まで冷えていくようだ。何度も同じような経験を繰り返しているのに、毎年この景色を会う度にまるで初めて見たかの様な新鮮な気持ちになる。

 雪は人の生活の邪魔ばかりするようで、全てを白く塗りつぶされると、本当に余計なものは、埋め尽くされた人々の欲望が、やっとキレイになれるかもしれないと錯覚する。


 朝一番。

 凪は美容室に向かうために、母の車に乗り込んだ。

「凪は相変わらず、焦げたパンが好きね。」

「どうしたらちょうどよくなるのか、わからないの。」

「昔からそう。何でも多めとか長めにとか。」

「それはお母さんも同じでしょう。」

「そうね。凪と私はよく似てる。ねぇ、成人式のあとはどうするの?」

「遥と少し話しそうかなって。」

「今日はどこも混んでいるみたいだから、話す場所なんてあるの?」

「遥の家に行く約束をしてたから。」

「そっか、じゃあ着替えたら送っていくわよ。」

「うん。」


 成人式の会場となる市民体育館には、白い襟巻きをした女の子達と、ピカピカな靴を履いた男の子達が、いくつかの塊となって、会場の外で写真を撮っていた。人の波を縫うように入り口にむかうと、そこに遥が待っていた。

「凪、久しぶり。」

「久しぶり。」

 大きな白い椿の描かれた薄ピンク色の着物は、シンプルだけど高価な印象を受ける。聡明な遥にとてもよく似合う。

「素敵な着物だね。」

「これ、母が着ていたものなの。」

 遥が大切に育てられている事がわかる。こんなにも穏やかなで、誰にでも優しい遥は、何もかもが当たり前の家庭で、楽しく暮らしてきたんだろう。

「凪の着物は変わってるね。」

 目の覚めるような青い生地の裾には藤の花が浮いた様に描いてある。袖にも、襟元にも少しだけついている下をむいている藤の花は、まるで世の中に染まりたくないとそっぽをむいているようだった。

「これは、姉のものなの。お姉ちゃんは少し変わった感覚の持ち主だから。」

 姉はなぜか、青を選ぶ。元々、女らしくする事を嫌った姉は、女の子らしい色や大きな模様がついている服を着ることを避けた。

「よう!」

 雅紀と也がやってきた。

「今日は遥の家にいくんだってな。」

 雅紀が言うと、凪は也の方をチラッと見た。

「うちのクラスは同窓会がないからね。今日だって出席者は少ないし。B組はけっこう集まるんでしょう?」

「うちだって結局半分だよ。」

 スーツ姿の雅紀と也は、どこか不自然で、大人のいう大人には遠かった。自分だって、何にひとつ大人になりきれていなくて、何となく時間が経っているばっかりなのに。

「凪。」

 也が呼び止めた。

「何?」

「元気だったか?」

「うん。」

「学校は楽しいか?」

「楽しくないよ。こんな感じなのかなって思って通ってる。」

「どうせ、凪は浮いてるんだろう。」

「そんな事ないよ。」

 緊張する間柄じゃなんかないのに、なぜかぎこちない会話しかできない。也の事を意識してしまうのは、自分がまだ未熟な人間のせいなんだろう。自分はあの頃とは違うという強がりと、もう会いたくなかったという言い訳と。


 式が終わって遥の家に行くと、地元に残っている同級生達が2人やってきた。  

 それぞれの毎日を送る4人は、話しが噛み合うようで噛み合わない。それが少しの笑いを誘い、少しの寂しさを覚える。

 本当は、自分もここに残りたかった。

 足りない自分を埋めるために選んだ町は、少しは前を見ながら歩いていける様になっているのだろうか。

「凪は彼氏いるの?」

「うん、まぁ。」

「大学生?」

「ううん。働いてる人。」

「へぇ~、凪の話しにつきあえる人って、どんな感じなんだろう。まぁ、自分よりも考えが少し大人じゃないと、付き合っててもつまらないしね。」

「遥は、いるの?」

「あっ、私?私はね、いろいろ。」

 その時は自分の話しを避けた遥は、会話の流れで、也と付き合っている事がわかった。

「ごめん。」

 俯いて言った遥に、

「どうして謝るのよ。良かったじゃない。」

 凪はそう言って笑った。

 離れているからどうのとか、新しい道を邪魔したくないとか、也が並べた言葉はどれも言い訳に思える。だけど、自分ではなくて遥を選んだ事を、どうして責める事ができるだろう。自分の横に並んだ人間が、いつまでも隣りにいるなんて考えは錯覚だ。澤村だって、選ぶ道が自分と違ったのなら、いつか心は離れていく。今はただ、それはずっと遠い未来の話しなんだって、そう信じたいけれど。


 成人式が終わり、またいつもの様な生活に戻った。澤村は最近少し仕事が忙しいのか、帰りが夜遅い日が続いた。

 そのうち出掛けようと話していた約束は、ずっと守れないものになっていた。

「今帰ってきたの?」

 日付が変わろうとしていた頃、澤村が凪が寝ているベッドに潜り込んできた。

「起こしてごめん。」

 澤村はそう言って、凪の体を抱きしめた。

「大丈夫?」

 シャワーを浴びてきたはずなのに、冷えた体が凪の体から熱を奪っていくようだ。

「このまま眠ろうか。」

「うん。」

 澤村の冷たい鼻のてっぺんが、凪の頬にあたった。凪は少し横を向くと、澤村の唇に自分の唇を重ねた。凪の気持ちに答えるように深いキスをした澤村は、凪の体を、なぞる様に触り始めた。

「澤村さん。明日も仕事でしょう?」

 凪は澤村の手を止めた。

「誘ったのは凪ちゃんだろう。」

「私はただ…、」

「来週には仕事が落ち着くと思うんだ。そしたら、2人で出掛けようか。確か日曜日は、バイトが休みだったよね。」

「うん。」

 澤村は止めていた手を凪の服の中に入れてきた。

「冷たい手。」

 自分を触り続けている澤村の手があまりにも冷たくて、凪は言った。

「凪が温かいんだよ。」

 澤村が言った。

 少し強引で、どこか気まぐれで、底が見えない程深い優しさに、漂っている空気さえも吸い込まれていく。名前を呼ばれる度に現実に引き戻されるようで、いつまでも夢の中を彷徨っている。


 次の日。

 大学の図書室で本を探していると、雅紀が凪の隣りに並んだ。

「佐藤くん、今日もこっちで授業があるの?」

「今日は凪に話しがあって。」

「話しって何?」

「もうすぐ昼だろう。食堂に行こうか。」

 雅紀は凪を図書室連れ出した。

 凪の向かい合わせに座った雅紀は、目の前のカレーを食べ始めた。

「藤澤は食べないのか?」

「私はお弁当持ってきてるから。」

 凪はテーブルにお弁当を乗せた。12時を過ぎるとあっという間に席が埋まり、笑い声があちこちから聞こえる。

「佐藤くん、話しって何?」 

 なかなか話しを切り出さない雅紀に、凪が聞いた。

「遥の事、知ってたのか?」

「この前、遥から聞いた。」

「俺は渋谷から聞いたよ。実は俺達が4人で会ってた時からそうだったって聞いて、なんか俺、凹んでさ。」

「えっ、そんなに前から?」

「そうらしいよ。俺達はまんまと騙された。」

「佐藤くん、今は彼女がいるんだし、もう忘れたら?」

 凪はそう言ってコップの水を飲んだ。

「わかってるよ。だけどあの時、俺は藤澤が好きで、それを渋谷に相談したら、じゃあ、会って話しをしようかって渋谷が言い出して、藤澤は一人じゃこないだろうから、遥も誘おうって事になって、なんだか知らないけど、俺と遥がペアになったんだよ。」

「それでも佐藤くんは、遥の事を好きになったんでしょう?」

「あぁ。だから離れるって決まった時はたくさんケンカもしたし、悔しいけれど、仕方ない事だって諦めたんだ。」

「佐藤くん、私だってそうだよ。あとから事情を知って少し悔しいけど、もう昔の事だから。」

「そうだけど…。」 

 凪は静かに笑った。雅紀が言ってほしい言葉が手に取る様にわかる。

「あの時、藤澤の事をずっと追いかけていたら、ぜんぜん違う未来だったなって。俺達の時間は、あの2人に吸い取られたのかって思うと、ちょっと頭にきててさ。」  

「本当だね。裏切られた気分でいっぱい。」 

 凪の言葉に、雅紀は待っていたように微笑んだ。

 自分は父に裏切られた母の気持ちに同情した。だから、父を苦しめようとする母のやり方も理解できる。それでも、少しずついろんな事情がわかってくると、父がやっと手を伸ばした色褪せた過去は、誰が何を言おうとも、けして邪魔はできないって事を受け止めつつある。

「佐藤くん。佐藤くんの彼女ってどんな人?」

「ん?、見るか?」

 雅紀はスマホを開いた。

「ほら、この子。」

「へぇ~、美人だね。」

「だろう?」

「じゃあ、いいじゃん。高校の思い出に縛られていたら、手に入れられなかったんだし。」

「確かにな。」

 

 土曜日のお昼過ぎ。

 バイトを終えた凪を澤村が車で迎えにきた。

「行くぞ。」

「もう?」

「早くしないと、夜になると冷えるから。」

「そんなに遠くに行くの?」

「ここから車で4時間。」

「澤村さん、疲れているのに大丈夫?」

「大丈夫だよ。今日は泊まる予定で準備してだろう。凪の荷物も持ってきた。」

 凪は澤村の車に乗り込んだ。

「夜は花火が上がるらしい。」

「こんな季節に?」

「そうだよ。それが目的。凪ちゃんと見た花火は、曇り空でぼんやりだったから、今度はちゃんとした花火を見たくてね。それに冬の夜の方が空気が澄んでてキレイに見えると思うんだ。」

「見る方はそうでも、上げる方は大変だよ。」

「アハハ、それが商売だろう。ポカーンと口を開けて見てる人を想像して火をつけるって、それはそれで楽しいんだって。」

 少し表情が硬くなった凪に、澤村は気がついた。

「凪、楽しかった事が自分を苦しめるって辛いよな。」

 家族で見た景色や、数少ない友人と笑い合った思い出が、時々蘇って自分を苦しめる。この先、ずっとそんな穏やかな日々なんてないのかもしれないと思うと、いつも次の言葉が出なくなる。

「いろんな事が、うまく流れていけたらいいのに。」

 凪はそう言うと、運転している澤村の方を見つめた。

「そうだな。」

 



 

 

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