ダメ彼氏を捨てたら良物件が飛び込んできた件。
その場には、一対の男女と、プラスして三人の少女がいた。
少女たちは男女の女子の方についていて、男子のほうを睨むように見ている。
「で?別れ話なんでしょ?ラインでいいのにわざわざ呼び出すとか趣味悪いよね」
綺麗な黒髪をボブカットにした少女は大変面倒そうな声で言う。
制服はわずかに崩しているが教師が怒るほどではない。
強いて言えば上着のポケットからはみ出したストラップがちょっとファンシーすぎるくらいか。
顔立ちはまあまあ整っていて、少なくともクラスの中で中の上と言っていいだろう。
周囲も同様だ。
対する男子は上の下。ちょっと整っていて、イケメンと呼ばれてもおかしくはない。
しかし強気でないことだけは確かだ。
バカすぎるわけでもないことも。
「アカリにバレてないと思って浮気してホテルまで行ってたの、ウチらも知ってんだよね~」
「毎週末行ってたんしょ?無理無理」
「アカギくんてもうちょっと誠実だと思ってたんだよウチらもさあ。でも幻滅したよね」
アカギ少年は、怒りか羞恥からか、顔を真っ赤にして震えている。
「で、別れるんでいいんだよね?口ついてるんだから喋ってくんない?」
「で、いい、けど。なんで人連れてくんだよ」
「だって、最後だからヤらせろって言われてレイプされたくないじゃん。
あたしらまだそういう関係じゃないのに、浮気相手とはヤリまくってるって知ってんだもん」
何言ってんだこいつ?と呆れ声のアカリに、アカギ少年は口を噤む。
「じゃ、ちょうど学年末だし。
別クラスになるといいね。じゃーね、二度と近寄らないでね。
ねー、スチバいこ。フラペチーノ飲みたくなっちゃった」
「いいね~。あたし今日はチョコラテ」
「ウチはいちごオレがいいな~。あそこのって甘くね?」
「いちごが甘くなかったらなんだっつーの!」
キャッキャと騒ぎながら去っていく四人。
アカギ少年は、その後別れたとかそういう話を出そうとはしなかった。
しかし、驚くほど速やかにその情報は学校内を循環し、浮気して捨てられた男、寝とった女、と二人がヒソヒソ笑われるようになった。
学校側も把握はしているようで、二人が一緒にいると一瞬だが教師の表情が変わるので察しがついた。
しかしそれでも最終学年で。この辺りではこの学校はそれなりに進学に有利な学校で。今から転校だなんて親が許してくれるはずもない。
針の筵と分かっていても、二人はそこで過ごす他なかった。
そしてくっつく以外出来なかった。
だって、もう誰も相手にしてくれないのだから。
友達だってもう居ない。話しかけても冷たい。
傷の舐めあいだと分かっていても、お互いがお互いの元凶だと理解していても、一緒にいるしかなかった。
三年生になってクラスも一緒になって、しかしアカリたちとは別のクラスになったということもあって、二人はギスギスしながらも付き合いを続けた、らしい。
さて、アカリはというと、春休みの間に心の整頓を済ませて三年生に突入した。
部活は幸いにというべきか、秋に引退すればそれでいい。
美術部なので引退という言葉が相応しいかどうかは分からないが、文化祭に出す作品を仕上げてお披露目したら退部になるのだ。
絵を描くのは好きだが、それで食べていけるだなんてアカリは思っていない。
他で得意なことと言うと、プログラミングがまあまあ得意なのでそっち方面の仕事がしたいなと思っている程度だ。
となれば専門学校に入学がいいのかな、なんて考えてはいるが、大学も捨てがたい。
友人たちは自分の得意な学科は分かっているからそこを大学で伸ばしつつ将来を決めると言っている。
進学先がバラバラになっても、月一くらいでスチバに集まってお茶しようね、だなんて話している。いい友達を持ったな、なんて考えながら一心不乱に絵筆を使っていると、部活時間終了のチャイムが鳴り響く。
今日はここまで、と跡片付けをして、帰ろうとして気付く。
机の上に手紙が置いてあった。
ひとまず家に帰って読もうとアカリはカバンにその手紙を放り込み、すっかり忘れて週末になった。
カバンの中身を丸ごと出して整頓していて「あ、そういや」と気付いたのだ。
その手紙は、告白だった。
好きです。から始まり、来週の水曜日に部室にお邪魔するので、そのときにお返事を聞かせてください、とあった。
なるほど?とアカリは面白く思った。
ここで出向かせるのでなく、自分から来るなんていいヤツじゃん、と。
来るとわかっていれば、アカリもその日はデッサン本を読んだりしていられる。
それに、絵を描くのを邪魔しなかったのもポイントが高い。
集中しているときに邪魔されることほどウザいものはない。
その辺、アカギは気にせず話しかけてきたことがあって、ウザ。と思った経験があるだけに、好印象だ。
美術部は水曜日は大体アカリしかいないが、別に休みでもない。
じゃあ、その日は絵は描かずに待っていてやるかとあっさり決めたのだった。
水曜日の放課後。
アカリは購買で買ってきたホットココアをちょびちょび飲みながら客を待っていた。
すると、四時半くらいに一人の男子学生がやってきた。
ちょっとモサい眼鏡をかけた、マッシュカットの男子だ。
「手紙くれてたのってきみ?気付くの遅れちゃって見たの土曜だったわ、ごめん」
「いえ、あの、読んでもらえたならそれで」
「いいよ、座って」
いかにも内気そうな少年ではあるが、実直そうにも見える。
アカリは、故に警戒心を解いた。
美術室のちょっと粗末めな椅子に座った少年は、頬を染めて言う。
「アカリさんの絵を描いてる横顔に一目ぼれしました。
そのあとで、美術部の名簿を見せてもらって、名前とかクラスとか知りました。
僕は隣のB組の、タツキって言います」
「ふーん。タツキくん、あたしって一回浮気されて男と別れてるんだけど知ってる?」
「そういう話は一回まわってきたので知ってます。
でもアカリさんが悪いんじゃなかったってのも知ってます」
「ならいーや。付き合ってもいいけど、あたし、絵を描くの優先するよ?
テストの時も勉強は友達とするかもしんないし」
「はい、僕はベタベタして欲しくてお付き合いしてほしいって思ってるんじゃないので大丈夫です。
あの、なんなら、ファンとして、絵を描いているところを見せてくださるだけでも」
あはは!と、アカリは声を出して笑う。
色々テンパってるにしても、横顔だけ見せるんでもいいぞと言われるとは思わなかった。
そのうえ、都合がいい。
じゃあ、と、アカリは指を三本立てた。
「三か月付き合ってみようよ。それでタツキがやっぱいいやって思ったらなかったことにしよ。
一目ぼれから進化するか自分でもよくよく向き合ってみなよ」
そこからタツキとアカリは付き合うことになった。
と言っても、タツキはラインも頻繁にしてくるタイプではない。
明日クッキーを持っていきます、というから不思議に思っていたら、どうも彼は姉と妹に挟まれた真ん中っ子らしく、ダイエット中でも食べられるお菓子を作れとドツかれまくっているそうで。
そういうのを多めに焼いて持ってきてくれたのだ。
朝に教室にきて、お友達と一緒に食べてください、と渡されたそれは、スチバのクッキーよりおいしくて。
夜に「おいしかった。ありがと」と言うと、「次はまた違うの作りますね」と返ってきた。
その次に渡されたマフィンもおいしくて、胃袋掴まれてんな、と思うアカリだった。
美術部が休みの日に、帰りながらデートもしたのだが、彼は姉妹に囲まれているだけあって女性的なセンスがあった。
おまけに、アカリの食事量などを察して、おまけに迷っているのも分かった上で、
「僕はこのケーキ食べたいんですけどこっちも食べたくて。
よかったら半分こしませんか?」
と、シェアをしてくれることもあった。
しかも姉が大学生だとかで、ちょっと大人びた雑貨屋も知っている。
ピアスでなく、マグネットでつけるタイプのイヤリングなどもたくさん扱っている店で、彼はそこで天然石がアクセントに光る綺麗なイヤリングを買ってくれた。
「アカリさんの髪型だとあまり見えないけど、だからこそ、そういうところもオシャレしたいですよね」
照れたように笑いながら差し出してくれたイヤリングは、放課後のデートの時に必ずつけている。だって気に入ったから。
おまけにタツキはアカリがああしろこうしろと言うと、素直に受け取るのだ。
折角整っている顔なのだから眼鏡を変えてみたらと提案したら、その日の放課後に一緒に選びにいって欲しいと言われた。
なのであれこれ考えてつけさせて、これがいいんじゃないと言ったら二週間後にはその眼鏡フレームにしていた。
これがまたハマっていて、モサっとして見えた男子なのに急にあか抜けた。
しかも髪型も同時に変えたせいで余計にだ。
友人たちには「いい男捕まえたじゃ~ん。いいな~!」などとからかわれるが、捕まったのはアカリのほうだ。
だって、ちょっとずつ好きになっていっている。
だけどアカリは演技が出来ない。
自分の素で萎えられてたらどうしよう?
結構雑な性格してるから不安。
なんて考えているうちに夏になり、期限が来た。
ちょうど夏休みに入る終業式の日。
エアコンなしではちょっとキツい、部活が本来ない日だから蒸し暑い部室で二人で向かい合い、どちらもが緊張した顔をしている。
「アカリさん。アカリさんの、三か月の答えを聞いていいですか?」
「あたしから?」
「はい。僕はもう決まってるので」
この三か月で背丈まで伸びたタツキを、ちょっと見上げる形で見ながらアカリは意を決した。
「あたしは、このままちゃんと付き合ってもいい、ううん、付き合いたいって思ってる」
「……よかった。僕もです。ずっとこのままだったらいいのに、って思ってました」
ほっとしたように笑い、それから、ふと、ポケットから昔の眼鏡を出す。
「見た目からしてダサくて、女々しい奴だったから、ほんとに付き合ってくれるとか思ってなかったんです。
それに、三か月のお試しで終わるんだろうなって覚悟はしてて。
だから嬉しいんです。
ありがとうございます」
にっこり笑うタツキの左手を取り、ぎゅっと握ってアカリは頬を染める。
言わなくちゃ。
「あたしはタツキの素直なとこ好きになったの。
見た目とか気にしたことなかったから。
眼鏡変えろとかは言ったけど、もったいないなって思ったから言ったんだよ」
そのまま指先に触れる。
「またアレ作ってよ。抹茶味のとバニラ味のクッキー。
あれ、スチバの抹茶クッキーよりおいしくてあたし好きなんだよ」
「はい。そうだ、よかったら夏休みに一緒に作りません?
焼きたてってもっとおいしいですよ」
「そんなんするに決まってんじゃん。誘うのうますぎだろ」
「あはは。……幸せだなあ」
とろけるように笑う顔があまりにあどけなくて。
あんまりに可愛すぎて。
アカリはちょっとだけ背伸びして、頬にキスをした。
「ファーストキスだからね。大事な思い出にしてよね」
「! はい!」
余計とろけて笑うものだから、アカリもまた笑った。
きっとこの恋は長く続いていつか一つの形になるだろう。
でも、今はまだ不定形の柔らかな恋のままで。
今はまだ、青春の一ページのままで。
眼鏡男子は眼鏡男子であってほしいからコンタクトにさせる案はボツにしました。