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宵の境界は虚と踊る  作者: 上川 勲宜
第1章~宵の境界は虚と踊る~
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第1話 視えるモノ

「隙間があると、埋めたくなるよね~」

 マンション――クラウドシャルム。30階にもなる高層マンションであり、ひとり暮らしの学生が住まうには持て余す、3LDKの一室。

 リビングのソファに寝転がり、携帯ゲームの画面を見ながらぼそっと呟くのは、無空志遠(むからしおん)の幼馴染みである少女――祖ノ先三珠(そのさきみたま)だ。

 三珠(みたま)が遊んでいるゲームは、志遠(しおん)も持っている。果物を成長させていくパズルゲームで、果物の形状上、どうしても余計な隙間が出てきてしまうため、いかにしてその無駄な隙間を減らしてスコアを稼いでいくのかが肝となる。

「……だからって、ソファを独り占めされると僕が座るところがなくなるんだけど」

 志遠の両手にはコーヒーが入ったマグカップがひとつずつ。呆れた様子で志遠は嘆息すると、ソファ前にある机にマグカップを置く。

「ん。ありがと」

 三珠はコーヒーが入ったマグカップが置かれると、ゲーム機をカバンにしまい、飲料を馳走になる。ミルクコーヒーのような色味の茶髪は後ろに束ねられており、さっきまで寝転がっていたこともあって跳ねっ毛があるのだが、本人は気にしない。

 志遠は三珠の隣に腰かけると、自分の分のコーヒーを口にする。ほどほどに苦く、甘さ控えめな感じが志遠の好みだ。

「志遠の淹れるコーヒーはおいしいね。将来、喫茶店でも経営するつもりなの?」

「その喫茶店、店長が人付き合い悪そうだからすぐに悪評が立ちそうだね」

「クールな店長がおいしいコーヒーを淹れるって評判が出るかも」

「そんな評判流す人は現実が見えていないだけだよ」

「んも~、夢くらい見させてよ~」

 不満そうに口を尖らせる三珠。ジト目の三珠は志遠を見つめるが、当人は三珠を見ることなくスマホに視線を向けている。こういうやりとりは今までも幾度となく行われており、何なら幼稚園時代からの間柄である。

「何見てるの~?」

 三珠が身を乗り出してき、志遠のスマホ画面を覗こうとする。肩に三珠の体重が少し預けられ、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 幼馴染みで、気がつけば共に行動しているというくらいの仲であるが、さりげなく女性になろうとしている三珠の身だしなみに、志遠は少し鼓動が高鳴る。

「別に。ただ呟きを見ているだけだよ」

 志遠のスマホ画面には、SNSの呟きがリアルタイムで流れていた。

 何気ない日常のつぶやき。

 人気イラストレーターのイラスト宣伝。

 トレンドに上がっている単語に対しての各々の見解。

 ただ閲覧数を稼ぐだけの意味のないトレンドの単語を並べただけのつぶやき。

 玉石混合。様々な思想が魑魅魍魎のごとく呟きとなって流れていく。

 ふ~ん、とさして興味なさげに息を漏らす三珠。だが、にやりと口元を緩ませると、

「そ・ん・な・こ・と・言って~……。志遠の本命は……これだ!」

 不意に、三珠の手が志遠のスマホに伸びる。

 あっ、と志遠の驚嘆声。三珠はすばやくホームボタンを二回押し、バックで動いていたもう一つのアプリを画面表示させた。

「ずばり! 女の子とのエッチな本!」

 強制的に起動させられたアプリは、同人誌専門店の通販アプリ。そこには肌色多めな女の子が、自分の魅力をふんだんに(文字通り)身体を張って喧伝していた。

「~~~~~~ッ、三珠!」

「べっつにいいじゃない~。健全な男子たる証拠だよ。私は安心してるよ。このまま志遠が異性に興味なく枯れていってしまうんじゃないかって不安がなくなって」

「べ、べべべ別に同人誌はイコール如何わしい本というわけではなくってだなぁ……」

「肌色多めの画面を晒しながらだと説得力がないよ?」

 ブッ、と志遠はすばやく通販アプリを閉じる。

 その様子に三珠は、あはははは……と笑い、

「もう志遠、そういう反応は中学の時に卒業しておかないと、逆に恥ずかしいよ?」

「ったく、君は……」

 先ほどのすまし顔が、なりを潜める志遠。

「クールな性格でさわやか顔。しかし実態はエッチな事にも興味津々な、そこらへんにいる一般高校生、それが無空志遠」

「それを友達紹介に言ったら縁を切られるぞ」

 ふ~ん、と志遠の言葉に三珠は口元を緩ませる。

「私のこと、友達って思ってくれてるんだ?」

「……物好きな人だとは思ってるよ」

 はいはい、と三珠は笑顔で志遠の肩にもたれかかる。



 ――――ふと、閃光のごとく脳裏に流れる映像。

 時計の針が夕刻の6時を差した時、マンション前の道路にトラックがハンドル操作を誤って電柱にぶつかる。

 そのトラックと電柱に挟まれている人がいる。

 血だらけになり、ぐったりとうなだれる。祖ノ先三珠の姿――――



「――さて、そろそろ帰ろうかな」

 時間にして数秒。志遠の肩に体重を預けていた三珠が自分のお出かけカバンに私物をしまうと、ソファから立ち上がる。

 壁掛け時計の針は夕方の5時50分。何もなければ、三珠は6時にはマンションの外へと出ることがわかる。

「あ~あ。明日からまた学校だよ。毎日が日曜日だったらゲームで遊びたい放題なのに……」

「……三珠」

 じゃあね、の挨拶代わりの小言を言いながら玄関に向かおうとする三珠を、志遠は呼び止める。

「どうしたの? 志遠」

 神妙な顔になっている志遠の顔を、目を丸くさせて見つめる三珠。

 どうしようか、と志遠は考える。このまま彼女を外に出すと、視えたモノ通りになってしまう。

 沈黙する志遠。そのとき、

「ああ――――っ!! そうだ!」

 突如、三珠が大声を上げた。今度は志遠が目を丸くさせる番だった。

「ど、どうした? 三珠」

 呼び止めておいた当人が「どうした」というのも妙な話ではある。……が、そんなことを気にした様子もない三珠は、

「志遠! 今週の金曜日、『ラスト・ファンタジア』の新作の発売日だよ!」

「ラ、ラス……」

 ラスト・ファンタジア。日本発の国民的RPGであるそれは、今年でナンバリング16になるという長寿タイトルだ。昔ほどの熱気は衰えたが、それでも発売日にはこぞってゲーマーがゲームショップに来店し、ひと賑わいを見せつける。

「そういえば……そうだったな。三珠は発売日に……買うよね?」

「もちろん。トレンドのゲームを追いかけるのは、ゲーマーたるものかかせないからね」

「トレンド、ね。昔はそんなこと気にしなかったくせに……」

「今だってそうだよ? ただ話題のゲームが、昔以上に気になってるだけ」

「だいたい『蒼穹(そうきゅう)コスモ』の影響でしょ?」

 まあね、と三珠。

 蒼穹コスモとは、動画配信サイトでチャンネル登録者数二百万人を突破している、若者を中心に人気が出ている女性Vストリーマーだ。主にゲーム配信を中心に活動しているストリーマーであり、彼女が遊ぶゲームは爆発的にヒットすることが約束されている。

「もうゲームは男の子だけのものって風潮はなくなったよね」

「まあね。もともと僕は気にしてなかったけど」

「私は少しは人目が気になってたよ。でもそれも中学に上がる頃にはなくなったかな」

 そっか……、と志遠。

「あっ……。ごめ――」

「いいんだ。もう、過ぎたことだよ」

 中学時代の思い出が『()い』志遠は、思い出に耽ることはしなかった。ただ、返しのついた釣り針がいつまでも喉奥で引っかかっているかのような嫌な感じだけが、鈍く響く。

 なんともいえない、気まずい空気が二人の間を漂う。

 そのとき、耳を(つんざ)くようなブレーキ音と、何かが衝突する音が外から聞こえ、二人は我に返った。

「なんだろ? …………わっ、志遠! マンションの前でトラックが電柱にぶつかってるよ!」

 はえ~、と驚いた様子で玄関先から事故現場を見下ろす三珠。

 ――そうか、もう6時か。

 不謹慎ではあるが、あの視えた未来(もの)のおかげで先ほどの重たい空気がうやむやになった。

「……三珠」

 ん? と三珠は呼びかけられて振り返る。

「また明日な」

「……うん、また明日!」

 元気に頷くと、三珠は志遠の部屋を後にする。

 その際、「あ~、あの事故の前を通らないといけないんだ……。どうしよう、警察に連絡したほうがいいのかな? ……あ、もう警察来た。仕事早いなぁ」とぶつぶつ言っているのを志遠は苦笑いで見送っていた。



 そうして、陽は沈む――――


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