顔のない首吊り死体
2009年1月1日。「あけおめスレ」でその事件は起きた。
普段誹謗中傷の嵐のネット民たちがかしこまって礼儀正しくなる唯一の場所、それが「あけおめスレ」だった。
「あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いいたします」
現実世界の誰からも見放されたヘドロカスおじさん達の貴重な敬語が見られるとあって、その掲示板には世界各国から億単位の野次馬が集まっていた。1年で最も閲覧者が多くなる日だった。
そんな中、掲示板に1枚の画像が投稿された。
それは、風呂場で血だらけになって死んでいる若い女性の写真だった。
「なんですかお前!」
「せっかくのお正月になんてことしてくれるんです!」
スレ住人たちは激怒し、画像を貼ったユーザーに猛反発した。
彼らの団結の甲斐あってか、それからは画像が貼られることもなく、例年通り平和な時間を過ごすことが出来た。
しかし翌日、あるユーザーの発言により事態は急変する。
そのユーザーは例の画像をPCに保存していたのだが、スレが終わった頃に画像検索してみたところ、1件もヒットしなかったのだという。
当時は画像生成AIもなかったため、すぐに「事件だ」と騒ぎになった。
画像から場所を特定しようとするユーザーや女性の身元を調べるユーザー、死亡者名簿を確認するユーザーなど、彼らはまた団結して捜査を進めた。
が、どれだけ経っても画像以外の情報は一切出てこなかった。
一部では「フェイク画像なのではないか」とも言われていたが、画像に不自然な点もなく、画質も良かったため、本物だとする意見のほうが圧倒的に多く見られた。
それから時は過ぎ、事件から3ヶ月後。4月1日に立てられた「ちんちんスレ」にて次の事件は起こった。
ちんちんスレは、毎年エイプリルフールに立てられる、住人たちが「オレのは世界一でかい」「俺のは靴下が履ける」「俺のは五本指の靴下履けるぞ」などと嘘のちんちんの話をするスレだった。
10時68分、あるユーザーの「おれのちんちん、ペンギンのちんちんなんだぜ」という書き込みの後にその画像は貼られた。
やや濁った川に力なく浮いている、男児とみられる遺体の写真だった。
その際、「趣味わりーな」「荒らしはタヒね!」「これ、あけおめスレと同じ奴なんじゃね?」と住人が声を上げる中、1人だけ「ありがとうございます」と書き込んだユーザーがおり、気味が悪いと話題になった。
案の定画像を調べるも情報は出て来ず、またしても真相は闇の中かと思われたところに、「この川、○○じゃね?」との書き込みがなされた。
が、直後に私が「チガイマスヨ!」と投稿したことにより、やはり真相は闇の中となった。
次にそういった画像が投稿されたのは翌年のあけおめスレだった。
2010年と言えば人口爆発が発生した年であり、2009年に比べて全世界の人口が100%増加した年だ。ゆえに野次馬も前年のちょうど倍だった。
恐らくそこは樹海の中、男性と思われる首吊り死体が写っていた。
しかし、今回の画像はこれまでのものと比べて明らかに異質なものであった。
顔がないのだ。
顔のパーツが、どこかへ引っ越してしまっているのだ。
スレは騒然となったが、例によってあるユーザーの一言で事態は急変した。
「顔がないというより、肌色の粘土を盛られて隠されているように見えません?」
確かによく見てみると体型の割に頭部が大きく、耳の下あたりの顎部分には真っ白にお化粧をした人のような境目があった。
また、この主張に対し異を唱えたユーザーがいた。
「この色を『肌色』って言っちゃうのはよくないですよ」という意見だったがスレ民たちはもはやそれどころではなく、「今それどころじゃないですよ」「そうそう、そんな場合じゃないです」「そうですよ、そんなこと言ってる場合じゃないですよ」と1人が言えばいいものを全員が1回ずつ書き込んだためあけおめスレは終了した。
そして、正月が明けた頃から警察が本格的に捜査を開始することとなった。
捜査開始から34分後、1人の男が逮捕され、その20秒後、その男がちんちんスレにて男児の溺死体の写真が投稿され際に「ありがとうございます」と書き込みをした人物だったことが判明した。
幸先の良いスタートかと思われたが、護送中に男は舌を噛んで自殺を図り、搬送先の病院で先生に口に手を入れられた際に指を噛んでしまい、激怒した先生にビンタされて死亡した。
犯人死亡後の捜査は難航を極めた。他の2枚の写真の捜査もなされたものの、事件解決に繋がる証拠は終ぞ見つかることはなかった。
それからも「あけおめスレ」と「ちんちんスレ」には毎年新しい遺体の写真が投稿され続けているが、写真以外の情報は一切見つかっていない。
また、この一連の事件は3枚目の写真のインパクトからか「顔無し縊死体事件」と呼ばれている。
世紀の大事件だというのにまったく、難しい漢字は遣って欲しくないものだ。
ちなみに私は嘘つきである。
そして、正義の味方のつもり⋯⋯である。