\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ! ~デートしたいとは言えません編~
第11回ネット小説大賞一次通過しました! ありがとうございます!
赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ国。
その国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。
「師匠ーっ、ししょーししょーししょーししょーししょーししょーししょー、ねぇ師匠ーっ!」
「うるっせぇな! 呼ぶなら一回にしろ!」
今日も平和なカタブラ国で、怒られた一人の少女がいた。肩まで伸びた真っ黒な髪に、シンプルな黒いワンピース。黒いショートブーツを履いた身長122センチの少女。
彼女の名はピーリカ・リララ。黒の魔法使いの弟子である。
そんな弟子を怒ったのは、身長158センチの小柄な男。ボサボサな黒い髪に、ヨレた白色のケープを着ている。履いている安そうな靴から見るに、見た目へのこだわりはないらしい。
彼こそが、七人の魔法使い内一人。黒の魔法使い代表、マージジルマ・ジドラ。
一応この国では彼ら代表が最も偉い存在であるはずなのだが、マージジルマの弟子はこの世で自分が一番偉いと思っている。
ピーリカは怒られたばかりだと言うのに、師匠を鼻で笑った。
「そうカリカリしないでください。見た目も頭も悪いのに短気だなんて、ろくでなし一等賞になるですよ」
「お前がしつこいからだよ。で、何だよ」
「この度、わたしが師匠の弟子になってやってから一年が経とうとしています」
「へぇ」
「へぇ、じゃないです。祝いなさい」
「何でだよ。なってやってってのもおかしいじゃねぇか。弟子にさせてやってるんだよ」
「こんなにも愛らしい弟子がいる事を、とても光栄だと思わないなんて。恥を知りなさい」
「恥じゃねぇし。俺忙しいんだよ、さっき渡した問題集やったんだろうな?」
彼らが暮らす黒の領土の山奥にポツンと建つ、くすんだ赤色の屋根が印象的な一軒家のリビングで。ピーリカはぺたんこな胸を張って、誇らしげに答えた。
「天才には必要のなかったものだったので、全部ゴミ箱に捨ててやりました」
「勿体ない事してんじゃねぇ!」
マージジルマは部屋のゴミ箱を覗き込み、一問も解かれていない問題集を救出した。
反省していないピーリカは両手を広げてケーキを催促する。
「そんなものより祝えですよ。ケーキくらい出せです。わたしは優しいので、一緒に買いに行ってやってもいいですよ」
「何がケーキだ。俺なんか誕生日にだってそんなん貰った事ねぇぞ」
「師匠へのお祝いと一緒にしないでください。わたしの記念日ですよ。むしろ毎日祝っていいほどです」
「祝わない。紙にケーキの絵でも描いてろ」
マージジルマは怒りながら、リビングを出て自室へと行ってしまった。
リビングに残されたピーリカは部屋に残り、頬を膨らませている。
「全く、これだから師匠は。せっかく記念日こじつけて愛でさせてやる機会を与えてやったというのに。鈍い男ですね!」
実を言うと、ピーリカはどうしてもケーキを食べたかった訳ではない。マージジルマに惚れ込んでいる彼女は、ただ記念日と言い訳して師匠とお出かけしたかっただけなのである。「一緒に買いに行ってやってもいい」は素直になれない性格をした彼女なりの、デートの誘いを意味していた。伝わる訳がない。
仕方なくペンを用意したピーリカは、リビングの机でお絵描きを始める。問題集の端に描かれた、苺の乗った白いクリームの絵。下手とは言えないが、それはそれは子供らしい絵だった。勿論、問題は一問も解いていないままだ。
紙を両手に持ったピーリカは、じっとその絵を見つめる。
「うーん、素晴らしい。なんてお上手。流石わたし。天才」
彼女はかなりの自信家だった。
「そうだ、せめてわたしがケーキを用意してやるです。師匠だってケーキさえあれば、一緒に食べて祝うくらいはしてくれるでしょうからね。むしろ突然素敵なケーキが用意されて、ハッピーなサプライズになるかもしれません。魔法を使ってなんとかしましょう」
何かをやらかそうとしているピーリカの前へ、一匹のフクロウが飛んできた。マージジルマが世話をしている、白フクロウのラミパスだ。椅子の淵に座ったラミパスは、ジッとピーリカを見つめる。
「おやラミパスちゃん。何です? もしや黒の魔法は人を幸せに出来ない呪いの魔法だからケーキなんて出せないと言いたいのですか? 大丈夫ですよ。だってわたし天才ですから」
天才だから何とか出来るという全く根拠のない自信を胸に、ピーリカはケーキを用意しようとする。
両腕を前に伸ばし、手のひらを広げ。黒の魔法を発動させるための、呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・レレーラ!」
三日月模様に円と線を羅列させた形の魔法陣が、白い光を放った。だが光っただけで、何も起きない。ラミパスはすぐさま呪文を間違えてるなぁと思ったが、それを言葉にしてピーリカに教える事は出来なかった。
ピーリカも魔法が失敗したと気づいたようで、大きくため息を吐いた。
「魔法がわたしに意地悪している」
そんな訳がない。ラミパスはそう言いたかった。
自分に自信がありすぎて失敗を認めないピーリカは、問題集とペンを片付け始める。
「仕方ない、ここは普通にケーキを作る準備をするとしましょう」
勉強を始める気は一切ないようだ。
キッチンの前に立ったピーリカは、なんとなくケーキに使いそうな材料を集めようとする。場所が分からないものに関しては、師匠に聞きに向かった。螺旋階段を降りて、地下にある師匠の部屋を覗き込む。
「師匠、お砂糖どこにあるですか」
「戸棚の中」
散らかった部屋の奥で、マージジルマは高級そうな椅子に座りながら仕事の書き物をしていた。彼は弟子に目を向ける事なく答える。
ピーリカは「少しくらいこっちを見てくれても良いのに」と小さく呟きながらもキッチンに戻り、お砂糖を用意。他にもどこにあるか分からないものがでてきて、再び師匠の部屋へと向かう。
「師匠、水計るのどこにあるですか」
「食器棚の下」
相変わらず師匠は弟子に顔を向けない。ピーリカは再び不満な気持ちを抱きながらキッチンへ戻る。
シンクの上に材料と調理器具を並べて、師匠の元へ行ったり来たりを繰り返す。
「師匠、生地伸ばすやつどこにあるですか」
「お前さっきから何してんだ?」
勉強もしないでウロウロしている弟子に、マージジルマも顔を上げざるを得なくなった。
ピーリカは師匠がようやく自分の方を見た事に喜んだ。だが素直に嬉しいとは言えずに。
「何もしてません。仮に何かしてたとしても、サプライズがバレちゃうので教えません」
「何でまだバレてないと思えるんだお前。ったく、そこまでしてケーキが食いたいのか。しょうがねぇ奴だな」
「しょうがねぇ奴じゃないです。師匠にケーキを食べさせてもらえない世界一不幸な美少女です」
やっぱりケーキ作る気なんじゃねぇか、と断定したマージジルマはため息を吐きながら立ち上がり。色々なものがとっ散らかっている足元に気をつけながら、ピーリカのいる方へ近づいて来る。
「よし、じゃあ勉強ついでに作るか」
自分のためにケーキを作ろうとしてくれる師匠を前にして、ピーリカは顔を明るくさせた。だが素直に喜びを表す事は出来ない。彼女は師匠を鼻で笑った。
「全く、最初からやればいいものを。仕事の遅い男はモテませんよ」
「仕事じゃねぇっての。そうだな、ピーリカお前、フルーツタルトは好きか?」
ピーリカは瑞々しいフルーツがふんだんに使われた、サクサク生地のタルトをイメージした。
「好きですよ。正直お祝いだから苺のケーキをイメージしてたですけど、フルーツタルトもおいしいですからね。良いでしょう、作らせてやります」
「偉そうなんだよなぁ……まぁいい。じゃあ作るからちょっと待ってろ」
「ふむ。わたしは優しいので手伝ってやってもいいですよ」
「そうか。じゃあフルーツ洗ってくれ」
螺旋階段を上った師弟は、キッチンに立ち横に並んだ。最初はデートを企んでいたピーリカだが、これはこれでアリ、と大人しく師匠の言う事を聞く。
ピーリカは師匠が用意した色とりどりなフルーツを洗い、お皿の上にスタンバイさせた。平たい皿の上に赤、紫、黄色、緑、オレンジ色が並べられていく。
「果物を切るのは師匠の役目です。万が一わたしのかわいいおててが切れたら可哀そうなので」
「じゃあ代わりに混ぜてろ」
ピーリカは銀色のボウルの中に入った、粉と牛乳、鳥の卵をかき混ぜる。白と黄色が交じり合って、粘り気が出てきた。
その間にマージジルマはフルーツをカットしていく。食べやすい大きさに切られ、皮もむかれたフルーツは食べようと思えばすぐ食べられる形になった。ピーリカは生地をかき混ぜながら横目でフルーツを見るが、今は食べたい気持ちをグッと堪える。
「さぁ師匠、出来ましたよ。わたしが一生懸命混ぜたお陰です」
「あーはいはい。じゃあ焼くから気をつけろよ」
粉っけがなくなった生地が入ったボウルを弟子から受け取ったマージジルマは、温めたフライパンの上に流し込む。ピーリカは「かわいいわたしが火傷したら可哀そう」という理由で火元から少し離れた。
キッチンに甘い香りが広がる。丸い形をした生地の表面に、ポツポツと穴が空き始める。生地をひっくり返すと、茶色い焼き目がついていた。
「ほらよ、完成」
皿の上に乗せられたケーキの形を見て、ピーリカは疑問を抱いた。
なんかこれ違くないか? と。
「あの、師匠? どう見てもホットケーキなんですけど? 師匠はタルトとホットケーキの区別もつかないくらいバカだったんですか? しかもフルーツが手つかずですよ」
マージジルマは優しく笑った。うっかりトキめいたピーリカは、ほんのりと頬を赤くさせる。
「区別ならついてる。俺は最初からホットケーキを作ってた」
「……タルトは!?」
師匠の答えを聞き、トキめいてる場合じゃないなと思ったピーリカはすぐさま質問をした。
マージジルマの優し気な笑みは一転。見下すようなバカにした笑みに変わる。
「誰がタルトを作るって言ったんだよバァーーカ!」
騙されていたと気づいたピーリカはショックのあまりよろめき、ぺたりと床上に座り込む。
「なっ、なんて酷い嘘を! 勉強するなんて嘘までついて、タルトを楽しみにしていた美少女から希望を奪うとは。この不届き者、恥を知れ!」
「一度も嘘はついてねぇよ。勉強するのは俺じゃない、ピーリカだ」
「わたしに果物を洗う勉強をさせるために……?」
「そんな勉強必要ないだろ。魔法の勉強だっての」
「魔法なんて使ってないじゃないですか」
「お前、タルト作ってもらえると思ってたのにホットケーキが出て来てガッカリしたろ?」
「そりゃそうですよ」
「それだよ」
師匠の言う事が理解出来ずに、ピーリカはため息を吐いた。
「人間の言葉で説明してくれませんか?」
「してるっての。俺達が使う黒の魔法は、人を不幸にする呪いの魔法だ。怪我させたり、病気にさせたり、紛失や失踪でガッカリさせたりな。でもただ呪文を唱えりゃ良いって訳じゃない。相手の不幸をイメージしながら呪文を唱えないと、魔法は正しく発動しないんだよ。どうすれば人がガッカリするのか、身をもって体験したろ?」
師匠の説明は理解出来たピーリカだが、だからといって幸せになる訳でもない。
「なんてクソな魔法なんでしょう。師匠がモテない理由がよく分かりました」
こんな事を言っているピーリカだが、師匠がモテたら自分に目を向けてもらえないのでモテないままで良いと思っている。
「そうガッカリすんなよ。確かに人から嫌われる魔法ではあるが」
「いや師匠が人から嫌われるのは、魔法じゃなくて頭と顔と性格が悪いせいですよ」
「口の減らない奴だな、聞け。仮に俺らも黒の魔法をかけられたとする。でも、工夫次第では幸せになれるんだよ」
「工夫?」
マージジルマはフルーツの乗った皿を手に取った。
「ここにフルーツがあるだろ?」
皿に乗ったフルーツの欠片を手に取ったマージジルマは、ホットケーキの上に次々と乗せていく。デコレーションされていくホットケーキは、まるでドレスを身にまとったお姫様のようで。
立ち上がったピーリカは、魔法にかかるように姿を変えていくホットケーキに顔を近づける。
「そ、そんな。ただのホットケーキがとっても豪華でおしゃれな姿になるなんて」
「ピーリカもやるか?」
「い……いいでしょう! わたしのセンスの良さを見せつけてやるです!」
偉そうな態度のピーリカだが、目はキラキラと輝かせている。
子供ってこーゆーの大好きだよね。部屋の隅で二人の様子を見ていたラミパスは、言葉にこそ出せないがそう思っていた。
師弟は楽しそうにホットケーキを飾り付けていく。
「ここにアイスも乗せよう」
「あ、アイスまでーー!?」
「ほら、飴砕いてやったから適当にかけろ」
「うわぁキラキラだぁ……!」
色とりどりにデコレーションされたホットケーキが二枚の皿に乗せられる。
完成したホットケーキを前に、マージジルマは楽しそうに二ッと笑って解説した。
「な? タルト作ってたらこんなスペシャルホットケーキは食えなかったんだ。呪いをかけられても工夫次第でそこそこ幸せに出来るんだよ。最も、どうあがいても幸せになれない時もあるけどな。好きな人を生き返らせるとか」
「なるほど。考え方次第という事ですね。天才の力の見せ所です」
「まぁそういう事だ。お前はしょっちゅう呪文言い間違えるから、まずは基礎固めるのが先だけどな」
「天才のわたしが間違えた事なんてないですよ」
「お前はまず自分の失敗を認めるって所が課題だよな。ま、とりあえず食うか。コーヒーも入れよう」
「おやつタイムですね。わたし牛乳がいいです」
ピーリカは牛乳を入れるためのマグカップを用意する。
マージジルマも温かいコーヒーも用意し、キッチンからリビングへ向かおうとしていた。だが窓の外で花が光っている事に気づき、カップを持ったまま玄関へ向かう。
この国では遠くの者と会話する際は、緑の魔法が使われた花を通して会話していた。外へ出たマージジルマは、カップを持っていない方の手で地面に咲いた茎の長い一輪の花を掴む。花びらの部分を自身の耳元へ近づけると、花の中から男の声が聞こえてきた。
『おぉマージジルマ、ちょいと確認したい事があってなぁ』
「何だよパンプル。コーヒー冷めるから早くしろよ」
声の主はパンプル・ピエロ。彼はマージジルマと同じ魔法使い代表の一人である。
パンプルは黄の領土に暮らす者の特徴である、独特な言葉遣いで悲しそうに問う。
『んなコーヒー飲んどる場合ちゃうんよ。お前……うちの領土呪ったか?』
「そんな依頼は来てない。金も出ないのにそんな事しない」
『せやろなぁ。じゃあお前の弟子、なんか失敗しとらん?』
「は?」
『黄の領土、めっちゃ粉塗れになってん』
「あー……」
マージジルマは思わず目を閉じた。安易に弟子の失敗を想像出来たからだ。現実を受け入れたくなくて、コーヒーを飲んでみる。苦い、苦すぎる。胃に穴も開きそうだ。
『オトン、これ分かった。ホットケーキミックスや。キレイな部分使ってホットケーキ食べよぉ』
『やめろリリカル、落ちたもん食うたらあかん教えとるやろ!』
耳元の花から聞こえてくるそんな会話も、何だか遠く感じた。
目を開けて現実を受け入れたマージジルマは、空になったカップの底を見ながら、深いため息を吐いた。花を放り投げ家の中へと戻り。空になったカップを流しに置いて、ピーリカの元へ向かう。
ピーリカはリビングにあるテーブルの上にホットケーキの皿を置き、フォークとナイフを並べていた。弟子の頭を掴んだマージジルマは、一応確認を取った。
「ピーリカ、俺が見てない時に魔法使ったか?」
「使いましたよ。魔法に意地悪されて何も起こりませんでしたけどね。それより早く食べましょう、アイス溶けちゃいます。離せ下さいですよ」
ピーリカから手を離したマージジルマはホットケーキの皿を両手に持ち、黙って再び外へ飛び出した。
「ちょっ、師匠!? どこ行くんですか!」
ホットケーキを連れて行かれたピーリカは、慌てて師匠を追いかける。白フクロウのラミパスは、いってらっしゃいと言う代わりに「ホー」と鳴いた。
右頬に黒い三日月印が描かれている小太りの男、パンプルは三人の息子達と共に広場を掃除していた。
彼らが暮らす黄の領土は、土の上も屋根の上も真っ白な粉で覆われていた。雪であれば溶けただろうが、ただの粉は溶ける事なく。粉を掃いたほうきの先端は、白色に染まってしまっている。中には水で流して掃除しようとしていた者もいたが、その粉はベトベトに固まってしまい後始末に苦戦していた。
そんなパンプル達の前にやって来たマージジルマは、スペシャルホットケーキの皿を両手に持ったまま頭を九十度まで下げた。
「これで勘弁してくれ」
「食いずらいなぁ……」
ピーリカはパンプルの足元で「泥棒ー! ケーキ泥棒ー! わたしのおやつを返せー!」と騒いでいる。
だがピーリカの元にホットケーキが返って来る事はなく。それどころか師弟共々散らかった粉の掃除をさせられる事になった。
結果的に師匠とお出かけ出来たとはいえ、こんなの嬉しくもなんともない。デートですらない。
ピーリカの頬はまるで膨らんだホットケーキのようにパンパンになったが、誰も哀れんだりはしない。自業自得だった。
「こんなはずじゃなかったですのに……!」
結局その日、ピーリカがケーキを食べられる事はなかった。
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