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夢日記  作者: 長尾
7/7

戦闘機乗り

終戦記念日に。


※実在の国や事件などとは一切関係のないことを強調しておきます。あくまでもわたしが睡眠時に見た夢を整理しただけのものであることを念頭にお読みください。

 わたしは“役立たず大尉”と呼ばれる海軍の軍人だった。与えられた任務はそれなりにこなすが、決して自分から進んで国のためになる作戦を練ることはない。ただ、海上での戦闘機の操縦士としての腕だけで士官に昇格しただけのことだった。もとより戦争が嫌いで、自国の侵略的な戦い方を好きにはなれなかった。


 今度の任務はいつにも増して気は進まないが、決して失態の許されない厄介なものだ。国の内陸部にある、由緒正しい寄宿学校の海上旅行の護衛だ。この大戦のさなかに子供たちの慰安旅行とは、大国の余裕を周囲に見せつけている。ある種の挑発行為ともとれる洋行だった。

 とはいえ、必ずしも敵襲がないとは言えないために、子供たちを海軍の小型空母に乗せ、あくまで軍事行動に見えるようにしている。当の子供たちは、普段立ち入ることのできない空母の中で、実戦に使われる戦闘機や、若い兵士たちが働いているさまを、興奮しつつも引率の教師に連れられ行儀よく見つめていた。


 今回の洋行の任務がわたしに回ってきたのは、その学校にわたしの娘が在籍しているためであった。いくら役立たずであろうとも、自分の娘のためならば必死に働くであろう、と。


 ――弱みにつけこまれた。


 わたしは奥歯を噛み締めつつ了解の電報を打ったのであった。



「大尉、本国指令室から入電、至急応答せよとのことです」


「了解、すぐに無線室へ向かう」



 本国の上官たちとはあまり気が合わない。自国の戦略に疑問を抱き、やる気がなくなったわたしを、彼らはあらゆる言葉で詰った。しかし皮肉にも、空母に積まれた艦上戦闘機乗りの腕は誰もわたしに及ばず、戦闘時の冷静な判断と部下をいたわる態度から、下っ端の兵士からも熱烈な支持を得ているわたしを無下にはできないのも事実であった。



「サリンジャー、調子はどうだね」


「いつも通りですな」


 上官の機嫌はいつもより良かった。それが少し引っかかったが、特に注意もせず通常通りの素っ気ない返答をした。


「単刀直入にいうが、君の空母は囮だ」


「……意味をつかみかねますが」


「この大戦下に呑気な子供の旅行などありえるはずがないだろう。敵の小国は追い詰められて殺気立っている。見境なく攻撃をしかけてくるのは必定。君は子供たちに被害が及ばぬように全機の撃墜を想定しているのだろうが、……わざと子供を殺させろ」


「国民の命を守るのが軍人の役目と心得ますが、それをみすみす放棄しろと? それは本当に本部の指令ですか? 少佐の独断ではなく?」


「ああサリンジャー、君はそんなだから役立たずだと言われるのだ。わからんかね、我々は敵国を滅ぼすためなら手段を問わん。子供を殺させることで国民の憎悪を扇動し、“全国民の意思で”かの国を滅ぼすのだ。鬼の所業を平然と為す民族をこの世界から消すのは正当な行為なのだと。

 子供の数人など、些末なものではないか」


上官は高く笑った。


「……子供を殺してまで戦争に勝ちたいか? 子供を殺してまで領土を広げたいか?

あんたらは冷酷な人殺しだ!! お前らが殺すのと同じじゃないか!!!!」


「落ち着けサリンジャー。お前が大尉になるまでに何人殺したか考えろ。お前とて人殺しには変わらぬではないか。我々を否定する権利がお前にあるか?」


「……」


「では、作戦の成功を祈るぞ。……吉報をよろしくな」


 上官は鼻を鳴らし、勢いよく無線を切った。


 わたしも叩きつけるように無線機を置いた。深くため息をついて頭を抱える。過去最低の劣悪な作戦に参加させられてしまった。もうたくさんだ。

 これまでも多くの罪なき敵兵を海に沈め、両手はとっくに血で汚れている。これが戦争の本質なら、争いはなんのためにある? 意見の食い違いは首長同士の問題で、その争いのために血を流し命を落とすのは、いつだって民間人だ。殺し合いは人間の本能だという言説ももちろん知っているが、本能のままに生きていくのは、文明人が嫌う野蛮なことではないのか?


 もう目の前で血が流れるのを見るのは嫌だ。今回の航行が終わったら、軍人など辞めて、聖職者にでもなろう。血に汚れた手で神に祈ることが許されるのなら、この手で殺めたすべての生物の死後の幸福を願おう。



「十時の方向に敵機発見。大尉、出撃許可願います」


「全機出撃を許可する。子供たちの安全を確保することが第一前提だ。この艦に一発も被弾を許さん。一機わたしに使わせろ」


「た、大尉それは……、あなたになにかあったら我々は!!」


「大丈夫だ。わたしの戦闘機は無敵であると、皆知っているはずだ。少々腹の虫がおさまらんのでな。……これが最後の戦闘だ」


「最後の? 大尉、どういうおつもりで……」


「なに、戦争はもうたくさんだと思っただけさ。この発言は内密にな。

 では、子供たちを頼むぞ」



 わたしは怒りに震える拳を固めて、愛機に歩み寄った。戦争への怒りのエネルギーを戦争のために使う矛盾に気付いていないわけではない。改めて軍人という職業を呪う。


 操縦席に身体をすべりこませ、ほとんど無意識に離陸準備をこなす。艦内の責任者ということも忘れ、わたしはただの戦闘機乗りとして先陣をきった。

 子供たちを守るべく、いや、本当に大切なのは愛娘ひとりなのかもしれないが、本国の冷酷な軍事作戦に未来ある子供たちを犠牲にするのは腹立たしいことだった。


 怒りにまかせて機銃を使うのは危険だ。その激情の矛先は本国の上層部に向けるべきであって、飛来した敵のパイロットたちは、こちらに子供たちがいるのを知らない。彼らは彼らに与えられた任務をこなしているだけだ。

 さすがにこちらも小さな空母なので、艦上戦闘機の数も少ない。敵はそれを見越して八機の戦闘機を投入してきた。対するこちらは五機。たとえわたしが撃墜数で圧倒しようとも、少しでも隙ができれば艦に被弾する可能性もある。とにかく空母から敵機を遠ざけるよう部下たちに指示したが、ふと気が付いた。今回の任務で配属されたパイロットたちは、経験の浅いものばかりだ。ひとりで一機墜とせるかも怪しい。――ああ。まんまとはめられた。上官たちは初めからこのつもりで任務をわたしに与えたのだ。そこには、あわよくばわたし自身をも戦死という簡潔な方法で処分してしまおうという意図もうかがえた。


 こうなってしまえば、仕方ない。どこまでもわたしは本国に意思に逆らう。部下たちがひらりひらりと敵機の死角をとり撃墜しようとしているのを確認し、必死に我々の空母に近付こうと隙を伺っている機体をマークし、確実に墜としにかかった。味方も敵も一緒くたにもみあっている。――そんな中、空母から無線が入った。


「艦上に一機飛来! 至急戻って迎撃を願います!!」


 悲痛な無線士の叫びに心が凍りついた。一機撃墜する隙に別の一機が空母を攻撃しにかかったのだ。想定していた動きなだけに阻止できなかったのが悔やまれる。


 そこからはもうがむしゃらに、アクロバット飛行も交え、空母の上の戦闘機を叩きのめした。もうパイロットが被弾して絶命しているのを確認しながら、さらに銃を撃った。




 やっと着艦すると、子供たちの泣き叫ぶ声が艦内に響き渡っていた。兵士たちも十数名死傷していた。あの短時間であの戦闘機は空母に向けて執拗に機銃掃射を浴びせかけたらしかった。

 こちらの戦闘機はわたしを含め、二機が帰艦したのみだった。沈痛な思いになるのは毎度のことだが、今回は嫌な胸騒ぎがした。そんなことは考えたくないが、足は子供たちの避難室に向かっていた。



「シスター・メアリ! フレデリック・サリンジャーです、子供たちに怖い思いをさせ――」


 部屋の扉を開けると、言葉を失った。


「……イリーナのパパ…………」


 シスター・メアリの膝に横たえられた少女を、子供たちが泣きながら囲んでいた。

 信じたくない。信じられない。


「……イリーナ」


 わたしの声は掠れていた。手足が冷たくなり、身体中が震えだす。


 ブラウスを血で染め、血の気を失いぐったりしているのは、まぎれもなくわたしの娘、イリーナ・サリンジャーだった。


「大尉……なんと申し上げればよいのか…………。

 イリーナは、外に銃声が響くなか、トイレに行きたいと言い始めました……、どんなに危ないと説明しても、納得してくれなくて………。少し目を離してしまった隙に外に出てしまって、廊下の小さな窓から入ってきた銃弾が脇腹に………」



 廊下に血まみれで倒れていたのを衛生兵がここまで運んできて、熱心に手当てをしてくれたのだが、大人と子供とでは出血量のデッドラインが違うために、必要な手当てが受けられる施設までは、まずもたないだろうと判断された。


「……イリーナは、腎臓の病気を患っていて、幼い時分からずっと、トイレはなるべく我慢してはいけないと、医者に言い含められてきた。

 もう十歳になるのだから、臨機応変に対応できるかと思ったが……そうか……そうか…」


 わたしはそれきり、顔をおおってしゃがみこんでしまった。命を助けるための言いつけが、命を落とすきっかけになってしまった。


「大尉、イリーナは……約束の守れる良い子なのです。

 その心根を美しく思し召された神様が、きっとお側に招かれたのでしょう……」


 シスター・メアリは涙をこぼしながら、震える声でわたしにそう言って、十字をきった。


 わたしは人目もはばからず、嗚咽をもらしてむせび泣いた。



 冷たくなっていくイリーナを抱き締めて、この世の争いがもたらす不条理のすべてを、深く呪っていた。


この夢をみたときの恐怖は忘れません。

原稿用紙に書きとめながら、筋のとおった話としての完成度に、ほんとうにただの夢だったのかを現在にいたるまで疑っています。ですが、ただの夢であることを強く願っています。

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― 新着の感想 ―
[一言]  読ませて頂きました。  戦争は今も無くならず、続いてますね。  物事には必ずいい面と悪い面があると言いますが、戦争のいい面って何なんでしょうね(悪い面は今更触れませんが)。  私は殺す…
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