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夢日記  作者: 長尾
3/7

空中飛行

 目が覚めると、わたしは女子高生だった。どうやら時間に追われているらしい。手近に転がっていたフラットファイルと、筆箱とルーズリーフとケータイをトートバッグに入れて、ジャージを履いたままスカートを履き、ブレザーを羽織ってローファーで外に飛び出した。


「やばいやばい!!」


 わたしのでない声が耳元で聞こえる。どうやらこの女子高生に取り憑いてしまい、彼女の視点でものをみているようだった。なかなかに愉快である。


 わたしは高校を半年でドロップアウトしたのでここ10年近く通学というものをしていない。通学は自転車だったし、いま取り憑いている彼女のように時間に追われるまでジャージのまま床に転がることもしていなかった。荷物もこんなに少なくて大丈夫か。昨日の課題は? 山のように出ないのか? わたしは自称進学校に通っていたため、押しつぶされそうなほど課題が出たものだ。分厚い問題集が数学、生物、化学、英語、とあって、古典の現代語訳は毎日やっていたような気がするし、ほぼ毎朝英語のミニテストがあったような気がしなくもない。電子辞書も持たずになにをしにいくのか。


 ぼんやり考えながら走っているとバス停が見えてきた。ローファーで走るとは頑丈なかかとを持っている女だ。バスはもうすぐ来るようである。


「えーっとえーっと……」


 なにを探している? トートバッグを探っていると、トートの底にICカードがあった。よかった、というか、お前財布も弁当も持ってないじゃないか。「おはようございますさようなら」をやる気なのか? 辞める間際のわたしじゃないか。


 バスに乗り込むと、彼女はだらけきって席に座り込んだ。だらしない女だ。見渡すと周りには似た制服の女子高生が乗っていた、ちらほらと。田舎の路線バスといった風情だ。


「〜センター前、学校に行く方はこちらでは降りないでください」


 ご丁寧に学生をターゲットにこのバスが運行しているのを示してくれている。しかしこの女は、


【ピンポーン 次止まります】


 おい、学校に行くんじゃないのかお前。きっと彼女は慌てている、勘違いしたこともわからないで平然としている。運賃は890円。


 ここでわたしは、夢なのではないかと気付き始めた。この女の意識もたぶん操れる。なんでもできるぞ、空だって飛べる!


 バスを降りると、田舎の割に栄えていた。交差点の角にはデパート、焼肉屋、謎のポップな店、なんとかセンター。そして近距離に置かれた幼稚園と保育園。学校は見当たらない。デパートがやっているので、もう昼近いのではないだろうか。やばいどころの話ではなかった。この女、課題だけ提出して帰ろうとしている。単位取れないぞお前。バスに乗っていたJKもどういうことだ。


 課題というのも、フラットファイルがそれらしいことは初めからなんとなくわかっていた。こわごわとフラットファイルを取り出して表紙を見ると


『やだなぁ……料理下手だって家庭科の先生に言われてから独自で料理のレポート出すハメになったけど正直全然やりたくないよ……。野菜炒め、生姜焼き、食べるのも嫌いになりそう。表紙すら見たくない…… (太字で) 開け!!!』


とシャーペンで細かく書かれていた。この女どこまでもだらしないらしい。野菜炒めすらレポート出せと言われるとはどの程度の料理苦手人間なのか……?


 開くと、生姜焼きのレポートがWordで作成されたのを印刷したらしい見やすい明朝体で書き連ねられていた。意外と真面目だった。わたしの興味はここで終わったのであとはこれを学校に行って家庭科の先生に出すだけだ。


 とはいえ学校の方角がわからない。闇雲に歩いていると突然空を飛べた。空に足を踏み出すとふわりふわりと空気の階段を登るように浮けるのだが相当頑張らないと空を飛べない。つかれるぞこれ……と思いながら空を飛んでいると、集中が切れたらしくどこぞの屋敷に落ちた。


 落ちたのは中庭だったらしい。誰にも気付かれずに済んでいるが、中庭から見渡すと使用人たちが忙しく駆け回っている。


「降りる場所間違えたな……」


おっとダブルミーニング。バスも間違えたし空中飛行も間違えたね。いま気づくか? というのもあって呆れていると、使用人に見つかったらしい。


「あんた、何してるの?」


「ああ、降りる場所間違えちゃって」


「もしかして空飛ぶ子? ここらで有名よね」


「女子校に行きたいんですけど、方角わかんなくて」


「もっと保育園の近くだよ」


「そうですか」


 待て。お前学校に通っているんじゃないのか? おまけに空が飛べる特異体質なのだろ? なぜ学校の方角がわからない?


 もしかして、わたしの意識が流入しているという可能性も考えられる。いま、わたしは学校の方角がわからないといった。するとこの女も学校の方角がわからないらしい。これはあくまで仮説だが、この女の意識はがらんどうで、わたしが乗っ取っているけれどもそれにわたしが気づいていないとしたら。


 闇雲に走ってみた。走れる。やはりか。


 先程の使用人が閉めた窓を開けて、JKの体力と若い体を使って窓から中に滑り込んだ。自分の身体より便利だぞ。廊下を走って、玄関を探した。しかし奥へ奥へと入り込んでいたらしく、いつの間にか厨房にいた。板前さんにシッシッとされたのでムカついてお玉でカーンと額を強かに殴ってから勝手口から外に出た。雨だ……。


「うわ最悪……」


そういうときの意識はあるんだ。なんだかわからない。まあいい、空を歩いていこう。



 空を歩く夢は何度も見ている。バタ足のようにしないと空を飛べなかったり、一生懸命助走をつけないと空を走れなかったり、かと思えば、念じるだけで身体を動かすことなく空を飛べたり、いくつかパターンがある中で、今回の夢は助走をつけるタイプだった。


 助走をつけて、空に走り出す。浮いたときの感覚は筆舌に尽くしがたい。謎の全能感はどこからくるのだろう。いつもわたしは低空飛行だ。スカートを履く前にジャージを履いておいてよかった。


 

 ここでハッと目が覚めた。こたつで寝落ちていたわたし。書きかけの小説と、ネイルの剥げた爪と、いけ好かない眼鏡。正真正銘わたしだ。


 こたつで寝落ちする前、少し高校生に戻りたいなんて考えていた。まだうつ病になる前の自分。正確に言えばうつ病であると気づく前の自分。世間知らずで無謀だった。まるでそれは空を生身で飛ぶような。


 夢の中で憑依した生姜焼きガールが無事に学校に着いたのかは知らない。 

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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。  今作は「笑える」という意味でも面白かったです。  女の子がボケで、「私」がツッコミの漫才みたいでした(笑) 女の子が微笑ましい。  今回もイメージしやすく、読みながら…
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