死人の夢
気怠い頭痛の中で見るのは、決まって死体が側にある夢だ。精神的に追い詰められて、起き上がることすらできない体に、ぼんやりと情けなさを感じながら夢と現の境界を彷徨い、同じ人の葬式に何度も何度も参列する。
「この度はご愁傷さまです」
斎場の外で、喪主と思しき若い男性に声をかけた。何度めだろう。私はこの人を知っている。周りの人の顔など誰も覚えていないのに。
「ええ、なんだか慌ただしく葬儀を出すことになって、僕も混乱しているのですよ」
彼は微笑む。幾度も見た疲れた笑顔で。
この夢の中で私がどういう立場の人間なのかは全くわからない。故人に縁があって、喪主ともそれなりに親しい。現実の私と姿が変わらないのか、同じような年頃の声をしている。ただ、先程の彼の発言が嘘だということははっきりわかっている。この葬式の遺族は、故人が亡くなったのを“隠し通そうとしていた”ことを知っているからだ。この葬式は故人の死後数週間経ってやっと行われている。棺桶の中にはなにも無い。
遺族でもない私が何故それを知っているのか。それは―――
「弔辞は何度も読みましたからね、今回から『前回に同じ』として、早く終わらせようと思っているのですが、どうでしょう」
「そうですね、旦那様も聞き飽きているでしょう」
私と彼は顔を見合わせて笑う。
「……何度目の告別式でしょうね」
「やはり棺桶が空なのがいけないのでしょうか」
「旦那様のご遺体はもう燃やそうと思っても、無いのでしょう?」
「まあ、一族の墓に入るのも拒んでいたようですから、これで良いのだと思っていましたが」
彼は話しながら、上着のポケットから煙草を取り出して咥える。私の嫌いな銘柄、煙の匂いが頭を締め付ける。
「葬儀屋と話をつけるのは骨が折れましたよ。こんな思いをするのはこれで最後だといいなあ……」
「いっそ宗派を変えたお葬式なら良いのかもしれません」
「いや、そんなことはあの爺には関係ありません。神も仏も信じない、自分が神だとでも言うような」
「そうですか……」
「死んでくれて清々したと思っている者も、少なからず身内には居りますから、うちのお袋なんか、あんな顔しますけど」
「奥様が?……そうは見えませんでしたね」
私はさも意外そうな声を出したが、そんなことは参列者全員が知っていた。私ですら、やっと死んだか。と思っているのだから、遺族はみんな内心喜んでいるのだろう。
「お袋は女優ですからね、どう見られているかなんて計算尽くなんですよ」
彼の声色には皮肉が色濃く滲んでいる。身内に好きな人など誰もいないと言わんばかりの顔で。
ここで場面が切り替わり、下を向いて読経を聞いている。宗派などはわからない、そこまで詳しくないというのもあるが、僧侶の声にエコーがかかったように聞こえる、何重にも声が響いて、頭が痛い。持っている水晶の数珠を握りしめ、糸が切れるのではないかと冷静にそう思っている。
なんとなく遺影を見ようと顔を上げるが、モザイクがかかったようにぼやけて見えない。『ああ、憎まれて死んだ人は遺影を見ようと思う者もいないから、自然と靄がかかるのだ』と考える。
いつまで経っても焼香の順番が来ないのを、不安に思いながら、頭痛に耐えつつ、読経を聞いている。
そして短い覚醒を経て、また、斎場の外で喪主に「ご愁傷さまです」と声をかける。
しっかり覚醒してしまうと、何度も読むから弔辞は省略する、という会話で笑いあっていたことにゾッとしてしまう。何故同じ人間の告別式に参列し続けるのか、何度も何度も葬式を出さねばならないのか、そこはハッキリしない。それから、故人の死因もはっきりと言及されない。遺族のうちの誰かに殺されたのかもしれない。遺族でもない私が何故葬式の裏事情を知っているのかは結局全くわからない。ただ、『あれだけ隠していた人の死を、何度も何度も世間に知らせる必要があるのだろう』と、馬鹿なのか?と思っている。
夢の中では、喪主は何度も葬式をしていることに気付いており、疲れている。そして故人はなにか人に憎まれるような大悪人だという認識がされている。そのときは、〜〜された、〜もされた、〜〜もしたと聞くぞ、といろいろあげられるのだが、後になるとひとつも思い出せない。
ひとつだけよく覚えていることはといえば、斎場のパイプ椅子の、座面の異常な冷たさであろうか。
過去にも死人の夢は見ている。
私は薄暗い半地下の、四畳半ほどの和室の隅に正座をしている。部屋の天井は異常に低い。状態としては完全に地下空間なのかもしれないが、半地下という認識でいる。部屋の中央にはベッドのようなものが置かれていて、そこには死に装束を着せられて、老婆の遺体が横たわっている。ベッドの横に線香立てと、蝋燭と、水の入ったコップと、作り物の金の蓮が立っている。
私は気味が悪いと思いながら、見ず知らずの老婆の側でなにかを待ちながら正座をしている。
しばらくすると、突然老婆が上半身を起こす。瞳孔の開いた目で私をジッと見据えるのだ。ゾクッとして息が止まるのだが、私はまさにこれを待っていて、手元に転がしておいた能面を手に取り、寝台ににじり寄る。生きている人にするように、首の後ろと肩に手を回し、静かに寝かせると、瞼を閉じさせ、小面の能面を顔に被せる。これでもう起き上がることもないだろうと、安堵して部屋を後にする。
これだけの夢だが、鮮烈に脳裏に残り続ける。どこかにそういう風習でもあるのかと思うほど、リアルな感覚の夢であった。私が調べた範囲ではなかったが、もしかしたらどこかに、遺体に能面を被せる風習があるのかもしれない。
他にも、妹たちの死体と目が合う夢や、山中で遭難者の死体に遭遇し狼狽えるだけの夢、または知人を殺してしまう夢など、少し精神的に調子の悪いときは、決まって死の匂いが濃い夢ばかり見る。
そして起き抜けの調子も頗る悪い。
「この度はご愁傷さまです」
と、私以外の声が耳元で聴こえるのだ。