夢見る御嬢様
「ブリジスト王子がいつ来ても良いようにお掃除を徹底して頂戴」
「はいミスリル御嬢様」
呼びつけられて何かと思えば掃除しろとの御命令。そんなものはもうとっくに終わってるし、悲しいかな王子は絶対来ないと皆分かっている。だが毎日来るかもと思って一生懸命掃除をしていた。
もう陽も真上に来そうな日差しを受けながら、窓際の椅子に背筋を伸ばして座っているのはこの屋敷の御嬢様。長い金髪に拘りのある縦ロール、濃いピンクを基調とした豪華なドレスを着ているミスリル・ファーム。
年齢は華の二十代中盤(本人談(聞いて無いが教えて来た))らしい。この世界では大体十八くらいで嫁いでいると聞くが、御嬢様は未婚で王女候補に名を連ねている。父親曰く王女候補歴十五年の大ベテランだそうだ。
◇
初めて挨拶した際に一緒に居た御嬢様の父親に娘は美人だろうと言われたので、お世辞ではなく美人だと思いますと言うと、他に美人は居る口説こうとしているのか!? と激昂され父親と共に治まるまで謝罪し続けた。思い出したくも無い思い出である。
事実容姿端麗なので求婚の申し出も多いが、顔の良い同じような富豪の息子には見向きもしない。何故王女にこだわっているのか尋ねても、王子様としか結婚しないの一点張り。誰に聞いてもその理由は分からない。この国の王子様とかと聞いても無視される。
王族側も御嬢様の父親が経済を牛耳っているから無下にも出来ず、四苦八苦していると俺に言って来た。どうにかしろって言いたいのだろうが出来るならやってる訳で。
一応王子様に拘ってる旨を伝えたところ、ならばと王族側は伝手を頼りに他国の若い王子を紹介したが会って即お断り。それでやっと一つ謎が解明されたのだ。王子様と言う肩書が好きなのではない。この国、ラナルーナの王子様が好きなのだ。
ラナルーナの王子は数名居るが、誰がと聞いても無視。正直ここまで来たら未来の為に嫁がせて欲しい、でないと永遠に誰のゴールも見えないっ! と感情を込めて語り涙ながらに訴えてみた。が、それ以降相談に来なくなってしまったのでやり過ぎたかと反省している。
ゴールが見えないのは本当なんだよな……助けて欲しいし皆で助かろうよ! ……あ、こっちの方が良かったかな。
◇
「何をしているの? さっさと行きなさいな」
色々思い出してしまい立ち尽くしていると、御嬢様は邪魔くさそうに言い追い払うように手を振った。集中し直すべく頭を振り今日の予定を振り返り告げる。
「御嬢様、本日はオゾノ先生宅で歌の御稽古が御座います」
「もう良いわそれ。私天才だからもう教えてもらうこと無いし」
「承知しました。先方にはお伝えしておきます。お料理教室の方は」
「それも飽きたわ」
この会話、何も知らない他人が聞いたら引くかもしれないし、本人は冗談で言っているが冗談ではないのだ。暇があるのに任せて足しげく通い熱心に勉強するまでは良家の御嬢様なら普通にある。
だがミスリル御嬢様は短期で集中して行いマスターする上に、先生側から自分に教えて欲しいとか新しい物を作り出そうとか言い出して来る始末。
本当にラナルーナの王子様が好きで結婚したいという点に固執しなければ、何にでもなれるだろうにと毎日思っている。
ただ王女に相応しい人物になりたいと言う想いがあるからこそ頑張っているのだろう。そう考えれば懸命な姿に心打たれるし、可愛らしい女性だと思うそれで終われば。
「ならば何かご希望は御座いますか?」
「無いから下がりなさいな目障りよ」
「そうは参りません。予定を決めて頂かなければお父上に叱られますので」
「知らないわそんなの」
「でしたらここに居続けさせて頂きます」
「貴方執事の分際で生意気よ? 主人に対する態度じゃないわ」
「御嬢様を危険に晒す訳には参りませんので」
「何の話かしら?」
「先日隙を突いて屋敷を抜け出し山で熊をミンチにしましたよね?」
俺の問いに表情がバレないよう窓側へギュン! と高速で顔を背ける御嬢様。山で熊を倒すのも勿論ヤバいが、その熊を倒しに行った理由が何よりヤバい。
その日は山へ熊狩りに王族の一行が赴いていて、この御嬢様はアピールするべく大剣担いで山へ突貫。スプラッタ宜しくミンチにした熊を一行に献上しドン引きされた。
正直張り倒したいのを堪えて連れ戻したが、ホント富豪の娘でなきゃ熊から御嬢様に討伐対象は変更されていたのは間違いない。本当に心労が絶えず、前の執事が辞めて以降何人も変わった理由が分かる。だが俺は止める訳には行かない。
◇
元々劇団員で確か始発まで皆で居酒屋で酒を飲んでいたのだが、気が付くと御嬢様が熊をミンチにした山の麓で目を覚した。明らかに見覚えの無い格好をしていたが近くの水たまりを覗くと顔は自分の顔だった。
何が起こってるのか困惑していると、少し離れた場所で汚い格好で剣を持ってる連中に襲われてる明らかに金持ちって格好のおっさんを見掛けた。状況は把握出来ないが見逃すと夢見が悪そうだし、夢だったら良い行いの一つもしとこうと考え助けようと言う結論に至る。
だが武器が無いのでどうしようかと考え、徐に近くに会った石を投手のフォームを真似て放り投げてみる。するとそれが汚い格好をした連中の一人に命中。
胸元に当たりそのまま吹き飛んで行くのを見た他の連中は一目散に逃げて行った。変な世界に紛れ込んだ上に凄い力を手に入れたんだと思い喜んだが、元の世界で俳優になる夢があるので帰りたい。
助けた金持ちそうなおっさんに色々聞いてみるも何一つ分からない、君は錯乱しているようだと可哀想な目で見られてしまった。これは帰るにもそこらの人に聞いたところで分からないだろう、ならばこの力を使って金を稼ぎ帰る方法を探そう。
決意を固め去ろうとしたが、おっさんからお礼がしたいと言われた。正直どんな方法を使ってでも金を稼いでやると思っていたので、巻き込んでも悪いから断ったがこのおっさん押しが強い。
後で考えれば執事が辞めて困っていたし俺の力なら御嬢様を抑え込めると藁にも縋る思いだったからだろうなと分かる。
腹も減っていたので飯くらいは良いかと屋敷まで付いて行き、ご飯を御馳走してもらった。食事中の会話で記憶喪失では身分も無くそれでは働けない、うちで働くなら十分な給料と部屋を用意する三食出すと言われる。
直ぐにでも受けたいが、内容がヤバければ自分で稼いだ方が早いので尋ねる。すると仕事は自分の娘の面倒を見る事だと言われ、それなら鼻歌交じりに出来るし楽で良いと思い受けることにした。
◇
貧乏劇団員で毎月切り詰めて生活していたガリガリが、片手で石像を持ち上げられる程の怪力を得られ更に持久力も動物並。これが世に聞く無双状態かと思ったら……御嬢様が化け物だった。
俺自身のパワーアップはこの化け物を抑える為にあり、この御嬢様を嫁がせたら元の世界に帰れるんじゃないかと言う気がして未だに執事を続けている。
どうにかしなければと先の稽古事を進めてみたが悉くマスターし、前任の執事の頃からしていた王族ストーカーをする始末。
それが王女候補止まりの原因だというと荒れ狂うのであまり言わない様にしている。だが打開策が無い。どうしたらこのモンスターを王女に出来るのか。