3-1 真の面接
夕方からの雨の降りっぷりと来たら、それはもうとんでもないものだった。
まるで容赦など空に置き忘れてきたとばかりにドバドバ降る。屋根を叩く音は石が床板に落ちるように重く、しかもその量と言ったらその何の変哲もない石を売るだけでも借金も返済できるのではないか、というくらいに多い。尋常ではない。
強烈な湿気は屋敷の中の建材という建材を調子乗りのポルターガイストのように軋ませるし、窓を伝って流れる雨はもはや雨の粒を通り越して雨の波で、何なら窓ガラス自体が液体になってどろどろに流れ出てしまっているようにすら思える。
当然、日も傾くころになってそんな空模様ともなれば、部屋も相応に暗くなる。
だからフェリシーは燭台に火を点けようとして……やっぱり勿体ないなと思ったから、倉庫から見つけてきた去年の蚊取り線香に火を点けて、少しばかり部屋を明るくしてから。
「――それじゃあ、真の面接を始めます」
そんな風に、告げた。
部屋の中には、地べたに正座した四人の男と、椅子に座った一人の少女がいる。
で、その一人の少女であるところのフェリシーは、視線をその四人の男のうちの一番端――一番厄介そうな男に、まずは向けることにした。
「アルマ死刑囚」
「裁判長。裁判に呼ばれてないうちに刑が確定してます」
「始まる前から法廷侮辱罪で追放しておきました。では、前のパーティを追放されてきた理由から真の自己紹介をどうぞ」
うす、と特に死刑に処されることに文句はないのか、アルマは素直に頷いて。
「前のパーティはマジで四大の『赤』です。で、四ヶ月に一回くらいのペースで『いけるっしょ!』ってタイミングで〈開闢剣・原初の火〉……あの技をぶっ放してたら『ジョブが忍者の癖にやかましすぎるだろ……』ってことで追放されました」
「だろうね」
あまりにも予想通りの答えだったので、フェリシーも素直に頷き返してしまった。
もうどう考えてもそうだと思った。前のパーティを追放されたかどうかというのもあてずっぽうの鎌かけだったのだけど、案の定だった。
そして、それを聞くと一点、めちゃくちゃどうでもいいことが気になった。
「四ヶ月に一回ってことは……?」
「ああ、うん。所属期間が十六ヶ月だから、四回使った」
「一回目で学習できなかったの?」
「スリーアウトでも追放されなかったから、『もう一回いけるっしょ!』と思ってぶっ放したら普通にキレられて終わった」
「うん。終わってるのは君の性格の方だね」
フェリシーは手元のメモ帳に『性格:×』と書き込む。
一個だけじゃ足りなかった気もしたので、さらに三つ付け足す。『性格:××××』。フォーアウト。
何らかの言い訳を始めようとしたアルマを「お黙り」と手で制する。
言い訳タイムは始まるとどうせ醜い泥仕合になるので、一旦置いておきたい。
「次、シオくん。追放されてきた理由から自己紹介をどうぞ」
「僕も前は本当に四大の『青』にいた。が、先ほども言ったとおり僕は人の十倍の体重があるし、一定以上の速度で移動すると足音が響く。色々な条件を試しつつしばらく活動していたが、最終的には『ジョブが忍者の癖にやかましすぎるだろ……』ということで追放された」
はいはい、とフェリシーは軽く頷いてメモに『体重:×10』と書き込む。彼についてはさっきほとんどその理由まで聞けていたから、確認以上の意味はない。
これで全ては語り終えた、とばかりに満足げな顔をしているシオを「それでいいのか」「どちらかと言うと追放の原因はそういう感じのところなんじゃないか」とフェリシーは半目で見つつ……しかしいつまでもこんなことをしていたら朝になってしまう、とさらに隣にスライドする。
「えー……あの。何かその、あの、何かありましたら」
「……なんか俺だけビビられてないか?」
怖い人。
『宝箱』を開けていると思ったら突如絶叫し、突如壁に箱を叩きつけ、この世の憎悪の限りを尽くす、みたいな異常行動を起こした人――オズウェン。
ちょっと腰が引けつつそう訊ねれば、しかし彼は普通の調子で語り始めた。
「俺は別に、冒険者パーティを追放されたことはないぞ」
「え、そうなんですか?」
フェリシーが「そんなんなのに?」という気持ちを込めて訊くと、オズウェンは「こんなんなのに」と言いたげに頷いて、
「元々の性質だから、ある程度はコントロールできてる。俺は一つの思考に三秒以上の時間を費やす羽目になると、イライラしてそのへんにあるものを破壊し始めるんだ」
怪獣の自己紹介みたいだ、とフェリシーは思った。手元のメモには『こわい』と書き込まれている。
「せっかちってわけじゃないんだが、『わからない』って状態がストレスでな……。普段は低ランク帯で細々と活動してる。それならそこまでイライラも出ない」
「さっきみたいに金箱が出た場合は?」
「……まあ、『ジョブが忍者の癖にやかましすぎるだろ……』ってことで契約更新はなくなる。だけど一応、契約期間満了まではちゃんと続いてるぞ」
期間短縮になることもたまにあるが、とオズウェンが言うのを聞いて「それはいきなり追放すると何をされるかわからなくて怖いから、円満を装われているのでは?」とフェリシーは思ったが、しかし触らぬ何とかに何とやらというやつで、黙して語らぬこととした。
そして最後、と。
さっきから何が楽しいのか穏やかに微笑んでいる美形の男に、視線を向ける。
「では、ミティリスさん」
「良かれと思ったんですが、『ジョブが忍者の癖にやかましすぎるだろ……』とのことでした」
「はい了解」
でしょうね、とフェリシーはメモに書き込む。『善悪の判断:×』。流石に一個だけでいいだろう、と思うくらいには、この親切な青年に対する一日の恩があった。
全ての尋問を終えて、フェリシーは頭痛を堪えるように机に肘を突き、頭を抱えた。
思うのは当然、「どうしたもんかなこいつら……」ということなのだけど。
よくよく考えてみれば、自分も大概の事情があるわけで。
色々なことに目を瞑れば、能力自体は非常に高いメンバーだということは間違いがない――そう、その能力に付随しているのだか独立しているのだかわからない気質体質に目を瞑ってさえしまえば――そして、たとえここで投げ出したとして、自分に次のカードが来てくれるかすらも定かではない。そういうことを、心の中で何度も何度も考えて。
だから、フェリシーは訊ねることにした。
「……志望動機の明け透けなやつ、順番に話してもらっていいですか。右から……私から見て右からで」
「オレから?」
そう、と頷けば「了解」とアルマは頷いて、しかし数秒ほど彼は自分の口元を手で押さえるようにして、視線を逸らして、言葉を選ぶようにしてから、
「……たとえばの話なんだけどさ。庭に海があったとするじゃん?」
「うん?」
「そうしたら泳ぐでしょ。その海で。絶対」
今の「うん」は『了解』の意味ではなく『何言ってんだ?』の「うん」だったのだけど、アルマの話は進む。
「まあそんな感じで……力があるならそれをちゃんと使いたいから、その場を探してる。Eランク帯なら別にラッシュに巻き込まれてもパーティメンバーを守り切れる自信があったし、『青』のシオ――『最速』がいるなら保険も十分だと思ったから、早めにここがその場所なのか確認したくて使った」
「……なるほど。力が使えるなら、どんな場所でも構わない?」
「え?」
訊ねれば、アルマは驚いたように目を丸くする。
それから、やや半信半疑、という調子で、
「まあ……このパーティで使ってくれるっていうなら――技も使っていいって言ってくれるんだったら、そりゃあもちろん。大歓迎だけど。……でも、もしかして知らない? 初回攻略は慣例で仮契約期間だから、普通にノーペナで解雇できるよ」
「……了解しました。それじゃあ次、シオくん」
もちろんそのことは知っている。が、知っていてあえて、フェリシーは次の面接者に視線を移す。
すると黒髪の、ちょっと不思議な感じの性格をしている少年は、しかし意外にもきっぱりした調子でこう言った。
「食費がない」
「…………ええと、もしかして、普通の食事量じゃない?」
「ああ。十倍食べる」
だから十倍重いのだと思うが、とシオは言う。
そういう問題だろうか、とフェリシーは思うが、一旦口は挟まない。
「走ることと眠ることと食べることが好きだ。眠ることは金がなくてもできるが、食べることは金がないとできないし、走ることは食べないとできない。そういうわけで、金が必要になる。できればたくさん」
「……お金が稼げるなら、どんな場所でも構わない?」
「ああ。人を傷付けたりしないなら」
構わない、とシオは頷くから。
だから、彼に関する質問は、ここで終わり。
「それじゃあ、オズウェン先輩」
「……俺は、最初に話した内容とそこまで変わらん。時間当たりの単価が高い仕事がしたいんだ。空いた時間は研究活動に注ぎたいからな」
「研究がしたいなら、学園に残ってもよかったんじゃないですか?」
「三秒以内に問題が解決できないと暴れ始めるやつが学園の博士課程でやっていけると思うか?」
そのときふとフェリシーは、さっきオズウェンが「『冒険者パーティを』追放されたことはない」と告げたことの真意に気付きそうになった。
が、あまりその気付きによって幸せが齎される気がしなかったので、一旦さておいた。
「……ということは、時間当たりの単価が高ければ高いほどいいんですね?」
「ああ、そうなるが……?」
「高ければ後は何も要らないということですね」
いや、とオズウェンが言いかけたのを無視して、最後はミティリス。
彼はこちらの意図を汲んだように、綺麗にオズウェンの機先を制して話し始めた。
「お恥ずかしい話なんですが、この年まであちこちをふらふらしていまして。孝行をしたいころには親はいないと言いますし、そろそろ少しくらいはと。そういうわけで、まずは一番儲かると噂の忍者になりました」
「えらい!!!!!!!!!」
「恐縮です」
にっこりと笑うミティリスに、フェリシーは強く共感を覚えている。
だいたい自分と似たような境遇みたいだ。メモにもしっかり書いておく。『えらい』。そしてそういう人間であるなら、訊ねるべきことはたったひとつ。
「親孝行するために手っ取り早くお金が欲しいということであれば、もう手段なんか選んでられませんよね!!!!!!!!!」
「はい!! もちろんです!」
残りの三人が一瞬硬直したのが、フェリシーには見えた。
が、もはや彼女の中に『止まる』という選択肢は残っていなかった。
なぜなら、立ち止まっていたところで誰も何も自分を迎えに来てはくれない、ということが彼女にはわかっていたから。
だから、思い切って彼女は告げる。
お近づきの印に、自分の本当の自己紹介。そして、本当の求人動機を。
「実は私の家にも、来月末が返済期限の三億テリオンの借金があります。
というわけで、改めて全員採用です! 初回解雇なし!
文無しの終わった人間同士、一緒に頑張っていきましょう!!」
そして人の表情が凍り付く瞬間というものを、フェリシーは生まれて初めて目撃した。