2-2 コケーーーーーッ
というフェリシーの主観的な感想は一旦置いておくとして、実際にどんなことが起こったのか、という話をする。
まず、アルマの魔術剣は完全に成功した。
これは『とりあえず発動に成功した』とかそういうことではなく、綺麗に迷宮大主に着弾し、完膚なきまでに蒸発させ、それ以外の何物に危害を加えることもなく衝撃の余波は消え失せた、ということを指している。
ただ、消え失せたのは衝撃だけで、他はその限りではなかった。
アルマの魔術剣――〈開闢剣・原初の火〉は、発動の際にものすごい勢いでビカビカ光った。それはもう途轍もないビカビカっぷりで、おそらく二百年くらい前の人々がそれを何の事前知識もなしで目撃したら、原因として『星が落ちてきた』『太陽が落ちてきた』『世界が終わった』の三つの予測のうち必ずどれかを選択してしまっただろう、というビカビカっぷりだった。
そして、とんでもない音も鳴った。
小動物の心臓程度ならその音だけで止まってしまうだろうというくらいの振動で、中動物ならとりあえず死んだふりをして一縷の望みに懸けてしまうだろうくらいの爆発で、ギリギリ大型動物の範疇に入れてもらえなくもないフェリシーもびっくりして地面から拳三つ分くらい身体が浮いた。隣にいたミティリスに肩を掴まれなかったらそのまま後頭部を地面に打ち付けて気を失い、目が覚めると同時に借金返済期限の到来を知る羽目になっていたかもしれない。
つまり、一応アルマは本人の宣言したとおりにEランクの迷宮大主を『一撃』で、『不意討ち』を使って倒したわけだけど。
それに付随して発生した光と音――その量をしっかりと、適切に考慮すれば。
「か…………」
腰を抜かして地面にへたり込んだフェリシーが、我を取り戻して口にする第一声は、次のようなものになる。
「輝くな!!!!!!!!!!!」
卍 卍 卍
ははは、と笑いながら、キン、とアルマは剣を納めて、言った。
「……やっぱダメ?」
「当たり前でしょ!!!!!」
何がはははじゃ、とフェリシーは思った。
心臓がばくんばくん、と跳ねるように、何なら吹っ飛ぶように鼓動を打っている。別に『あまりの威力に衝撃を受け、つい恋してしまったから』ではない。『あまりの威力に衝撃を受け、』までで理由は全部だ。
死ぬかと思った。
というか、本当に一瞬、自分も一緒に死んだのかと思った。
立てますか、と気遣ってくれるミティリスの手を借りて、ありがとう、と死にかけの小鹿のように足を震わせてフェリシーはようやく体勢を取り戻す。怒られる準備は完全にできています、の顔をしているアルマに向き合う。なるほど殊勝な心掛けじゃないか、こうなったら『怒って怖いタイプだったら逆に面白い』と評される自分が本気で怒るとどうなるか見せてやる――、
「いや、本当にごめん。制御は完璧だから、他に被害は出ないんだけど」
「出ないんだけどって、こんな――」
「やっている場合じゃない、リーダー」
と思ったら、横槍が入った。
リーダー、という聞きなれない響き――まあ多分自分のことだろう――を受けて、フェリシーはやけに冷静なその声の方を見る。
シオ。
彼が、先ほどの爆熱も何のその、完全に平常通りの様子で立っていた。
その手には金箱――迷宮大主を打倒することで入手可能になった、とびっきりの『宝箱』を抱えて。
「目当てのものは回収してきた。早くこの場を離れた方がいい」
いつの間に、とか。
さっきの魔術剣を見てからすぐに動き出せるなんてすごい落ち着きだ、とか。
しっかり状況を見て必要なことをしてくれる人が仲間にいてくれると心強いな、とか。
そういうことを考えるよりも先に。
フェリシーは「早くこの場を離れた方がいい」の意味に、勘付いてしまう。
「まさか……」
「当たり前の話だが、あんなものをぶっ放せば勘付かれる。もうすぐ……」
シオが途中で言葉を切る。
ひょい、と彼は首を傾けて、フェリシーを避けるようにして彼女の後ろ、ずっと続く通路の方に目を向ける。
ぎぎぎ、とフェリシーは彼と同じ場所を見るべく、ゆっくりと振り向いていく。
その途中で、すでに答え合わせのようにその音は彼女の耳に届いている。
ずどどどどどどど。
「来るはず……というか、」
「全部来てる!!!!!!!!!」
魔獣の群れ。
このEランク迷宮にいるのが全部大挙してきたのではないか、というくらいに膨大な数の。
「みんな走れ!! オレが殿をやる!!」
アルマに言われなくても、フェリシーは当然、他の忍者たちと同じように走り出していた。あんな状況で棒立ちしていたらものすごい馬鹿だ。
「ちょ、ちょっと……本当にやばいって!! どうすんのアレ!」
「『どうするつもり』より『どうなっちまうのか』を気にした方がいいかもな、後輩」
「何こんな状況で小洒落た言い回ししようとしてるんですか!! しっかりしろ!!!」
オズウェンの軽口に大声で叫び返しながら、フェリシーはちらちらと後ろを振り返る。そして再認識する。
多い。
本当に多い。
マジで、常軌を逸して、多い。
いくら安全マージンを取って潜った低級迷宮とはいえ、あの量に飲み込まれたらマジで死ぬ、迷宮大主に追われた方がまだマシだった――そこでふと、
「――あ、アルマ!」
「はい! なんすかリーダー!」
「あれ、さっきのあれ、もっかいやって!!」
「〈開闢剣・原初の火〉?」
「せ、正式名称はどうでもいいから! さっきのバーンってやればバーンってなるでしょ! やって!」
走れば走るほど体力も思考能力も削られるというのはまさにその通りで、七歳児みたいな表現能力で、しかし必死になってフェリシーは言う。
が、
「ごめん、一日一発しか使えない☆」
両手を合わせて、ウインクしながらアルマは言った。
「――こ、こっ、こッ……」
「どうした、鶏みたいになってるぞ後輩」
「コケーーーーーッ!!!!!!」
「ミティリス、まずい。道を見失った」
「未探索領域に入り込んでいます! 袋小路に入れば詰んでしまう……ルート復帰を優先してナビゲートします!」
人間が鶏になっている一方で、真面目なふたりは真面目にやっている。
シオ。オズウェンに金箱をパスした彼は、アルマに代わって一行の先導を担う。
そしてミティリスはそのすぐ後ろについて、脳内にある地図と現在位置を照合しているのだろう、右やら左やら真っ直ぐやら、その都度適切なタイミングで彼に指示を出している。
走る走る、五人は大いに走り回る。街から街へと行く馬車馬でもこれほど懸命には走らないだろうという勢いで、しかし忍者らしく足音なんて全くひとつも立てないまま、火にかけた油鍋を引っ繰り返したような大騒ぎの迷宮を、西へ東へ駆け巡る。
もしもこれが平原であったなら、彼らは全く余裕で魔獣を突き放せたに違いない。
そのくらいに、見事な疾走だったけれど。
「しまった、別のグループが――、」
「ミティリス、右からも来てる。これで三方塞がった」
ここは迷宮。
逃げられるのは精々が四方。平原のように四方八方三十二方に逃げ道が存在しているわけではないのだ。
ミティリスのナビゲートのとおり、彼らは既探索領域まで辿り着くことができた――しかし、それで行き止まり。
待っていたのは別の魔獣の群れ。
前方・右方からじわじわと、後方からはずどどどど、と全てが五人に迫りつつ、しかし左方にあるのはただ岩壁のみ。
詰んだ、とフェリシーが認識するのにそう時間はかからず。
「――仕方ない。僕が囮になるから、その隙に抜けろ」
「――え?」
シオが服の袖を捲ってそう宣言したのは、それとほとんど同時のことだった。