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2-1 そう来なくっちゃ



 忍者とは何か。

 元来の意味としては、数百年ほど前に極東の国家で使われていた、諜報活動などを職としていた者たちを指す言葉である。


 ではなぜそれがこの非極東地域である王国で、というか国境を跨いで存在する冒険者ギルドの内部で、冒険者の特殊資格名として扱われているのか。


 これにはもちろん歴史がある――ジョブ資格試験制度の確立。開始時点で存在していたローカルバリエーション。『暗殺者』や『盗賊』と言ったジョブを初めて聞いたときに事情に詳しくない人間が当然感じる「こいつ怖……」という感情。類似した技能を要求するジョブ資格の国際基準による一本化。


 などなど。

 語ることには事欠かない。が、現代の冒険者たちが「忍者とは何か」という疑問に答えるとしたなら、だいたい次のようなことになる。



 縦横無尽、迷宮を所狭しと駆け回り。

 狡兎三窟、あらゆる危険に対処して。

 鬼出電入、宝の前に現れ、消える。


 静かな探索者。

 あるいはその名の通り、『忍び歩く者』たち。



 現代の冒険者として、まさに理想の存在。


 ではそんな人物を四人も集めて、果たしてフェリシー一行は現在どうなっているのかと言うと――――、

 



卍 卍 卍





「――――順調じゃん!」

「もしかしてオレたち、良いパーティかもな!」

 信じがたいことだが、事実だった。



 五人が子爵家のオンボロ屋敷を「よし行くぞすぐ行くぞもう行くぞ」の勢いで発ってから、すでに二時間程度が経過している。迷宮地帯に移動するまでに三十分。入場手続きに五分をかけたので、三十五分を差し引いて計八十五分。彼らはすでにひとつの冒険者パーティとして、立派に活動していた。


 何の変哲もない、いわゆるEランク迷宮である。

 国内に点在する様々な迷宮は、公式にその保有魔力量が計測・公開されている。そしてその魔力量をもとにして、非公式の等級付けがなされている。A~Fで、Fが一番下級。だから彼らがいるのは、下から数えて二番目程度の攻略難度を持つ迷宮。


 当然フェリシーも、「初回だからちょっと緩めのとこで行こ」という程度の調整はしていたし、それほど苦戦するとは思っていなかった。


 が、絶好調になるとまでもまた、思っていなかったのである。


「確かに。接敵はここまでゼロ。遭遇する『宝箱』も、全てオズウェンが開けている。『宝』の解放量次第だが、すでに二万テリオンは稼げているのでは」

「このくらいの迷宮の『宝箱』なら、そりゃ全部開けられるよ。それが取り柄だ。……それより、俺はフェリシーが意外と走れることに驚いたな。『忍者』染めのパーティじゃないから、もう少し探索速度が落ちるもんだと思ったが」

「そうですよね。フェリシーさん、これだけ走れるなら『忍者』取得試験の『高速移動』の科目は楽々合格できますよ」


 へへへそっすかね、と内心調子に乗りながら、フェリシーは「いやいやそんなことは」と謙遜しておく。そしてアルマが「じゃ、そろそろ行こうぜ」と言うのに合わせて、隠密魔術でよーいドン。


 冒険の基本はこそこそダッシュ、そして『宝箱』の開封だ。

 大気中に漂う僅かな魔力が放つ光を頼りに、地下洞窟めいた岩肌を蹴りつけて駆け巡り、ばっかんばっかん箱を開ける。それが現代のスタンダードスタイルである。


 ちなみにフェリシーは、純粋に自前の脚力でこのこそこそダッシュに付き合っている。特に理由はないが、昔からやけに足が速いのだ。体育祭のリレーでアンカーを務めては友人から口々に「全然似合ってない」「解釈違い」「自分自身それでいいって思ってるの?」と謎の文句を言われる。


 そしてその速い足を最大限生かしてこの四人の忍者の高速迷宮巡りに付き合いながら、彼女は彼らを観察し、そして気が付いた。


 このメンバー、かなり整っている。


 先行役としてアルマとシオのふたりが走っているが、アルマは特に視野が広く、魔獣を発見するのが上手い。また、シオもかなり走力に余裕を残しているらしく、アルマの動きをよく把握して後列に素早く指示をくれる。

 基本的に『忍者』パーティは先導の方が体力消費も激しく、そのため思考・判断能力も奪われるとされている(らしい。聞き齧り)が、その厳しい立ち位置に負けないだけのものを、ふたりは持っている。


 オズウェンは言うに及ばず。手に入れた『宝箱』を全て三秒以内に開封している。

 そしてミティリスも、確かに他の三人と比べて目立った特色はないけれど、荷物を多めに持ってもいまだに息切れすら見せないスタミナや、通った道を綺麗に頭の中でマッピングしていると思しき言動がいくつかあり、パーティのサポート役として一定の優秀を備えているように思われる。


 これなら、とフェリシーは思う。

 自分が探索に加わらない方が効率的かもしれない。初日だからとりあえず心配してついてきたけれど、そう、むしろ自分の本領発揮は探索終了後――これが終わったら一度説明して、いや一応念には念を入れて明日もう一度Cランクあたりで感触を確かめて、ていうかこの四人の適正ランク帯ってどのくらいなんだろう直接どこまで対応できそうか訊いてみるのがいいのかな――



「――――全員、止まれ」

 なんて、考えていると。

 シオが合図して、そのパーティの進行を止めた。


 急停止だったから、オーバーランしそうになる。が、ミティリスがそれを「お気を付けて」と掴んで止めてくれたので、「ありがとう」と大人しくフェリシーは彼とふたり、オズウェンのでっかい身体の陰に入るようにして、周囲の様子を窺う。


 シオの目線の先には、壁際に張り付くアルマがいる。

 そしてそのアルマは、無言のまま親指をくい、と立てて、その角を曲がった先を見るように手振りをした。


 だからフェリシーは、他の四人と身長順に縦並びになって、ひょっこり壁の端から向こうを覗き込む。


 すると、そこにいた。



「――――迷宮大主?」

 今まで見た中でも、一際大きな魔獣だった。



 迷宮大主、というのも一応は非公式の呼び名である。が、これは学園の授業でも聞かされているから、フェリシーも独学に頼らない、くっきりとした知識を持っている。


 迷宮というのはそもそも、魔力の油田みたいなものだ。

 魔力は世界中に溢れている……けれど、大気のように薄く広がることはない。ある程度の粘性を持っているというのが定説で、だからその分布は偏り、その偏りが迷宮と呼ばれる特異な構造地帯を作る。


 そして、魔獣と呼ばれる自律した魔力生成体――それらは、その強度に比例してその粘性のある魔力を『より多く吸収する』性質を持つとされている。そして迷宮内で最も強度の高い個体は、その迷宮のサイズに応じて頭打ちになるまで成長する。そうしたものを、迷宮大主と人は呼ぶ。


 ざっくり言うと、水槽の中で一番強い魚が、餌を食いまくって水槽の中で生きられる限界くらいまででかくなる。その一番でかいのを指して、迷宮大主と呼ぶ、ということだ。


 でっけえ魚こと迷宮大主。

 この迷宮のそれは、オーソドックスなことに二足歩行する牛の魔獣――ミノタウロスと呼ばれる形態を取っていた。


「あちゃー……。じゃあ、ここでルート変更ですね」

 ひっそりと、フェリシーは言った。


 Eランク迷宮と言っても、迷宮大主を甘く見てはいけない。B~Aランクの通常魔獣と同じくらいの強度がある。初パーティでいきなり相手にする、というには荷が勝つし、そもそも迷宮大主を倒すなんて現代迷宮攻略理論からすれば――



「――――いや、ここで倒そう」

 しかし、アルマはきっぱりと宣言した。



「え?」

「あれ見てよ」

 アルマが指を差す。

 だから、他の四人はその場所へ揃って目を凝らす。


 すると、見えた。


「……金箱?」

「そ。Eランクだから大したことはないと思うけど、折角だから取っておきたいだろ?」


 迷宮大主のような強力な魔獣がいるのと同じように、『宝箱』にも中には特別上等なものがある。それが、金箱。

 いまアルマが指さしたのは、まさにそれだった。他の『宝箱』とは異なる、うっすらと魔力の輝きを放つ、黄金色の箱。


 確かに、アルマの言う通りだとフェリシーは思った。

 肩慣らしのEランク迷宮……しかし困窮している以上、取れるものは取っておきたい。それが本音だ。


 けれど――、


「だが、どうやるつもりだ?」

 疑問は、代わりにオズウェンが訊いてくれた。


「どうやってもあの金箱までのルートだと迷宮大主の視界に入るだろう。無理矢理押し通る……のはアルマとシオのふたりならできそうだが」

「ああ。僕の足なら問題なく強行突破が可能だ。だが……」

「ええ。間違いなく迷宮大主の追跡が始まるでしょう。そうなるともうこれ以上の探索は不可能です。打倒手段がなければ、出口までのデッドヒートになりますね。勝てないことはないと思いますが……」


 順にオズウェン、シオ、ミティリス。

 彼らが考えを述べる――そしておおむねそれは、フェリシーが考えていた『これから起こるであろうことの予想』と重なっている。


 けれど、さらに気になったことが、ひとつだけ。


「でも今、アルマさん、『倒す』って――」

「ああ」


 すらり、と。

 アルマが腰から、剣を抜いた。


 初めに見たときから不思議に思っていた――アルマは、この迷宮の入口に再集合したときから、両手で使うような長物の剣を携えていたのだ。


 現代迷宮攻略には通常、重すぎる装備は適さない。とにかく速く動くことが優先されるから、物理的な鎧すら着用しない場合がほとんどだ。持っても短剣が精々。四大の大手冒険者パーティに一年いたアルマが、この程度のことを理解していないはずがない。


 ということは、それを持つに足る理由があるわけで。



「言ったろ? 『不意討ち』が一番得意だって。

 オレは少なくともBランクまでの迷宮大主なら、確実に一撃で討ち取れる」


 

 んなバカな、と。

 言いたくなるような気持ちと、いかにもそういうことを言いたそうな顔で、フェリシーはアルマを見た。


 Bランクの迷宮大主を一撃。

 そんなの現代迷宮攻略理論からしてバカげてる――というか『忍者』台頭以前の冒険者界隈にだって、そんなことができた人間がいたのかわからない。


 普通に考えて、有り得ない。

 けれど――、


「ま、マジで言ってます? それ」

「マジで言ってるよ。嘘だったら解雇してくれていい。全財産賭けたっていいよ」


 それを告げるアルマの表情は、あまりにも堂々としていて。

 だから、フェリシーは少し悩んでから、


「…………わかりました。それじゃあここは、アルマさんにお任せします」

 失敗しても全財産貰えるならいいか、ミノタウロスって二足歩行だからちょっと移動速度遅いらしいし、と彼を信じることに決めた。


 すると一瞬、アルマは意外そうな顔をしてから、にっ、と笑って、


「――そう来なくっちゃ。ちょっと離れててくれよ!」

 その剣を胸の前に、横一文字に掲げるようにして構えた。


 言われた通り、フェリシーたちはアルマから距離を取る――シオとオズウェンのふたりが、やや体力・筋力に劣るフェリシーとミティリスを庇うようにして前に立つ。


 そして静かに、アルマは唱え始めた。



「〈其は黄金にして赤熱する灼火の剣〉――」



「……魔術剣だったのか」

 感心するような溜息とともに、シオが言った。そしてその見立ては、全く以て正しい。


 学園で習ったこともあるから、フェリシーもしっかり理解できる。

 魔術剣。特殊な武器と魔術を組み合わせて放たれる、超高威力の攻撃技法。ただし武器には独自の魔術的な機構を備え付ける必要があり、またその魔術効果は機構を通して著しく増幅されることから制御が難しく、まず使い手がいないとされている。



「〈汝は求める――荒涼、寂寞、不変の地。

  暗き淵より這い出でて、黒き底へと還り行く。

  乱れることなき永遠の、悠久不変の理を。〉」



 なるほど、これが使えるならBランクまでというのはともかくとして、『不意討ち』が大の得意という彼の言にも頷ける――冷静に、フェリシーは判断するけれど。


 少しだけ、思うところがある。

 詠唱が――、

「……古代言語でしょうか。私にはちょっとよく意味が――フェリシーさんやオズウェンさんならわかりますか?」

「いや、私もちょっと……」



「〈然れども我は掲げよう――此は光彩。

  運命の末子にして、最もか細きもの。

  約束された終焉の、約束破りの理を。〉」



 ミティリスの言う通り、古代言語だとは思う。会話に使う人なんていないからスピーキングとリスニングは全く練習したことがないけれど、前に初級講座でちょっとだけ齧ったから、幾つか単語を拾うことができる。


 で、その拾った単語やら、そもそもの詠唱のサイズを聞く限り、どうも、


「――オズウェンさん、この魔術剣って、」

 なんかすごい感じのやつじゃないですか、と。


 学園の先輩に同意を求めようとしたところ、フェリシーは学園修士卒の魔術師が、目の前のこれに対してどんな感情を抱いているのか、その顔色から知ることになる。



 真っ青。



「〈平伏する勿れ――汝が双眸開きて篤と視よ!

  此は抗刃――死王を討ちて戴冠する、最も新しき理の刃!〉」



 ちょっと待って、と言いたかった。

 が、言えなかった――だって明らかにアルマのテンションがおかしい。声がでっかい。通路に姿を出している。ミノタウロスはこっちに気付いている。今更止めたところでどうにもならない。もう遅い。ここまで来たら撃っちゃった方が絶対に良い。


 後になって思うことだけれど。

 本当は、この時点で止めた方が、まだマシだったのかもしれない。




「輝けェ!!

 ――――〈開闢剣・原初の火〉!」




 何もかも木っ端微塵になった。




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