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エピローグ③ 元気でな



「あいつ、めちゃくちゃ正しいこと言うな……」

「正しくない!!」

「ま、まあまあ。フェリシーさん。少なくとも私は駆け付けますから……」


 迷宮都市、フェリアーモ屋敷、春の昼。

 昼食を終えて、アルマとシオのふたりは「悩むなー」「悩む」と今日も今日とて相談を重ねながら部屋に戻っていって、それからひとりでダイニングでのんびりお茶を楽しんでいたところ。


 オズウェンとミティリス。

 ふたりが、「ただいま」と帰ってきた。


 窓の外から聞こえる子どもたちの声を聞けば、そうだ今日は休日だったな、なんてことを思い出す、穏やかな日。

 昼食を摂り始めたふたりを横で見つめながら、暇そうだしそれなら最近あったことでも話して楽しくしてあげよう。そういうフェリシーの親切心は、オズウェンの辛辣な言葉にバッサリと斬り捨てられてしまった。


「いや、本当に正しい。俺はたとえ王都でお前とすれ違ったとしても、一旦『何もないよな?』と身構えてから声をかける」

「思ってたんですけど、先輩って超失礼ですよね」

「無礼なんだ。失ったわけじゃなくて元から無い」

「なんかこの人上手いこと言おうとしてる!」


 まあまあ、とさらに言ってミティリスが笑う。


「オズウェンくんも『すれ違ったら声をかける』のところだけ抽出すればいいのに、どうして余計なところまで言っちゃうんですか」

「その抽出から外れる部分に一番重要なことが眠っているからだな」

「そのまま眠らせておけばいいのに」


 ミティリスの言いぶりから、少しだけフェリシーは嫌な予感がした。ひょっとして彼もまた、様々な会話の中で一番良いところを抽出して、良くないところは眠らせているんだろうか。だとしたら…………自分もよくやるので、眠らせたままにしておこう。


 なんてことを、思っていると。


「真面目な話として、お前はもうちょっと賭博癖を抑えた方がいいぞ」

「え、」

「賭博癖。あるだろ、明らかに」


 かなり不名誉な指摘が、オズウェンから齎された。


 一体何を言うんだこの人は、とフェリシーは思う。こんな品行方正優等生を捕まえて言うに事欠いて――だから、すぐさま反論しようとして、


「……………」

 何も言えない、ということに気が付いた。


 気持ちとしてはこう言いたい――「誰が賭博癖ですか! そんなのありませんよ! 今回は不可抗力です!」――しかしフェリシーの中の理性を司る部分が「どの口で言う気だ?」と気持ちを押し留めて、外に出してはくれない。


 だって、自分で散々言っていたのだから。


 これはギャンブルですとか、死ぬほど気持ちの良いギャンブルですとか、もう借金とか関係ないやつですとか、趣味ですとか、勝つまでやりましょうとか。それはもう、誰がどう聞いても典型みたいなことを。


「……ありますよね、確かに。フェリシーさんには賭博癖。隣にいて感じました。一度カーッとなったらそのまま止まらないというか」

「お前、妙に博打に強いからかえってよく気を付けた方がいいぞ。身を助ける特技もあれば、滅ぼす特技もある」


 真面目に勉学に取り組み、清らかな生活を心掛けろ、と。

 青春を謳歌して、健やかに暮らしていきましょう、と。


 右から左からぐうの音も出ないようなことを語りかけられれば、もう「ぐう」が言えないので「はい……」と答えるほかない。


「真面目に勉強して、真面目に銀行員になります……」

「そうしろ。俺はお前が勤める銀行には絶対に金を預けたくないが」

「なんでですか」

「毎日来るだろ。強盗が」

「先輩のことですか?」


 睨み合い。

 それを仲裁するように、ミティリスが、


「そういえばフェリシーさん。前からそのお話で気になっていたんですが、フェリアーモ領を継ぐご予定はないんですか?」

「あー、うん」


 訊ねてくるので、フェリシーも睨みを解いて、


「そうですね。お父さんがまだ元気だっていうのもそうだけど、今のところ私が子爵になるって道はあんまり考えてないかな。しばらく世襲が続いてたけど、私だとたぶん領地のためにならないし」


 そんなことは、とミティリスが反射のように言う間に。

 フェリシーは、自分のことを指差している。


「だって、経営とかできそうに見える?」

「…………」「…………」

「見える?」

「……毎日楽しい領地になりそうだな」

「……まだ先の話ですし、秘書とか、そういうのもありますから」


 楽しい領地と言えば、といつものようにミティリスが話を逸らし始めて、


「やっぱりしばらく、私とオズウェンはフェリアーモ領に住むことにしました」

「あ、そうなんだ! どう? 気に入った?」

「ええ。久しぶりの故郷ですし」

「長閑なとこだな。フェリシーとミティリスの故郷ってことに説得力がある。……あれで図書館があれば、家を建ててもいいかと思ったんだが」


 逸らされた先は、ふたりがしばらく留守にしていた理由のこと。

 フェリアーモ領への下見。それは、この屋敷を出た後にどこに住むか、引っ越し先を見定めるために。


「図書館かあ……。強いて言うなら、うちの書庫がそうですけど」

「必要なのは研究用の資料だからな。流石にこればっかりは王都に出ないとどうにもならん。ま、王都での家探しが落ち着くまでの短い間にするつもりだが、お邪魔させてもらうぞ。お嬢様」

「私も聖歌隊を抜けてどの道に進もうか迷っていたところだったので……少し落ち着いて、作曲の道を探ってみようと思っています。幸いお金に苦労することはありませんし。そこからはまた、自分の人生との相談ですね」


 それから、と彼は不意にテーブルの下を探り始めて。

 どん、と布の袋を取り出して、置いた。


「これ、領民からの差し入れです」

「え、でもこの間、コンちゃんの家から帰るとき……」

「ええ。子爵への報告に戻ってきたフェリシーさんに直接渡したじゃないですか、とは言ったんですけどね。借金返済おめでとうの他に、そのときに貰った特製肥料のお礼をということで」

「すごい勢いだったな。よっぽど気に入られてるらしい」


 そしてすごい量でもある、とフェリシーはそれを見る。

 シオが屋敷にいるときで助かった。これだけの量になると、自分ひとりではジャムにするなり何なりしなければとても消化しきれない。


「……ちなみに、どうでした? 肥料の評判」

「合法か心配してました」

「お前本気で実力あるな。正直ビビった。高等科一年の終わりに出せるクオリティじゃないぞ」


 そうですかそうですか、と胸を撫で下ろしてから、そうでしょうそうでしょう、と胸を張る。

 出過ぎた真似かと思いつつ『精錬』の合間合間に進めてきたものだったけれど、どうやら役に立ってくれたらしい。


「必要なものは全部揃えてもらいましたから。あとは気長にやっていきます。こちらはご心配なく、お嬢様」

「…………うん! 何かあったら、いつでも呼び戻してくださいね!」

「はい。そのときはまた、頼りにさせてもらいます」

「借金を塩漬けにして返済期限ギリギリまで隠したりしないでくださいね!」

「…………はい!」


 怪しい動きを見つけ次第もう報告しちゃいます、とミティリスが苦笑して。

 本物の忍者の誕生だな、とオズウェンもまた、力を抜いて笑う。


 それで、一旦フェリアーモ領の話題は一段落して。

 残るはやはり、彼女自身の話。


「で、春休みもそろそろ終わりか」

「そうですね。長かったような、短かった……短くはないな。短くなかったです」

「あはは……。やったことに比べると、随分短かったような気もしますが」


 でも、とミティリスはそこで不思議そうに。


「学園の春休みって、随分長いんですね。二ヶ月以上ありませんでしたか?」

「高等科は結構年によってスケジュールが変わるんですよね。中等科は普通に今月の二週目から始まってるんじゃないかな」

「へえ……。なんだか意外ですね。決まった流れがあるものかと」


 案外そうでもない、とフェリシーはオズウェンと一緒になって説明する。

 学園は国内の魔術シーンの中核でもある。それだけに運営陣がその他国際関係イベントの影響を受けやすく、中等科はともかくとして高等科はそのあたりを考慮して講義日程が組まれている、と。


「別に、講義日数が足りなくなれば夏季休暇やら次の春期休暇から詰めてくればいいだけの話だしな。……にしても、今年は遅いな。俺の頃は遅くても四月の中旬には始まってたぞ」

「ですよね。でも今年はほら、大型魔獣の関係でてんやわんやで。元々遅めだったのがさらに二週間くらい遅れてるみたいです。早めに寮に戻って来ちゃった子たちも待ちぼうけになってるらしいですよ」


 なるほどな、とオズウェンが頷き。

 そうなんですね、とミティリスも頷き。


 ん、と同時に。


「フェリシーさん、それ、返済期限との兼ね合いは……」

「大型魔獣のことがなかったら、どうするつもりだったんだ……?」

「……一週目はガイダンスだけだし、二週目の出席点一回分くらいなら期末の出来で取り戻せるかなーって……」


 あはは、と笑いつつ、目を逸らせば。

 はぁああああ、とオズウェンが盛大な溜息を吐く。


「フェリシー」

「な、なんすか」

「元気でな」

「なんか見放されてませんか!?」


 まあまあまあ、とまたミティリスが間に入る。

 過ぎたことは言っても仕方ありませんし、と。


「それより、色々片付いてからの学園生活なんですから、そちらを楽しみにしましょうよ。フェリシーさん、生徒会は今年も続けることになるんですか?」

「あ、うん。多分そうなるかな。副会長もとりあえず前期は続投するって言ってたし」

「あらあらあらあら」


 あらあらて、とフェリシーが半目で見れば、しかしミティリスはそれを気にした様子もなく、


「じゃあまた、ふたりで楽しく生徒会活動なんですね!」

「いや、別にふたりだけじゃないけど……。最高学年だから抜けるって人がいなければ、基本的には前年後期がそのまま引き継ぎだし」


 そうですよねそうですよね、とミティリスは笑顔で頷いて。

 急にどうしたんだこいつは、という表情でオズウェンは彼の顔を見ていて。


「ちなみに、他に生徒会にはどんな方がいらっしゃるんですか? 公爵家のインガロットさんが副会長ということは……」

「会長はもっと偉いよ。第一王女だもん。私と同学年」


 ぱっ、とミティリスの目が驚きに丸くなる。

 それで、さっきまでの少し変な勢いは収まったようになって、


「それは……なんというか、豪華な生徒会ですね」

「ねー」

「貴族で頭が回るのは大抵学園に来るから、そういう年もあることにはあるが……フェリシー。お前よくその生徒会に入れたな」

「入ろうとしたわけじゃないんですけどね。なんか入ってました」


 なんだそりゃ、とオズウェンが呆れる。

 なんなんでしょうね、と冷静に我が身を振り返って、フェリシーも思う。


 それからは、何となくの会話があった。

 今年はどういう講義を取るつもりなんだとか、普段のフェリシーさんはどんな風に過ごしているんですかとか、オズウェン先輩は学生の頃どういう感じだったんですかとか、そういえばミティリスさんはいつ副会長の前で歌ったんですかとか。


 生徒会の皆さんは仲良しなんですか、とか。

 そういう流れの中で。


「ちなみに、ちょっと気になったんですが」


 ミティリスが純粋な好奇心から、というように。

 さらり、と訊ねてくる。



「第一王女様は、今回のことを知っているんですか?」


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