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8-5 最後くらい




 アルマが本来扱う意味での〈開闢剣〉は、確かに失敗した。

 彼の言う通り、すでに赤の両手剣の魔力増幅機構は焼け付いて、とても連続使用に耐える状態ではなかったのだ。


 けれど、それはあくまで本来の意味。

 その停止した増幅機構を補って余り有る燃料が、そこにはあった。


 真紅の魔力。

 フェリシーがアルマの魔力に合わせてさらなる『精錬』を施した、いわばチューニング済みの、膨大な魔力。二億テリオン分どころの話ではない。完全な親和を保ったそれは、魔晶の殻を破って解き放たれると、途端、『夜の風』のコアと彼らの間にある大気の全てを真っ赤に染めた。


 そして、発火する。


 放たれた不完全な〈開闢剣〉――それが、真っ赤な魔力を食らって成長する。アルマの驚異的な魔術剣のセンスは、それを決して手放すことなく、完全に制御したまま突き進む。


 種火は爆熱に変わり、爆熱はやがて劫火へ。発された熱は降りしきる雨の全てを蒸発させて、風に乗れば炎の竜巻に。雲という雲が焼かれて、かろうじて残った破片すら夜の果て、地平線の向こうへと消えてゆく。



 そして、真紅の竜が漆黒の花を呑み込んで。



 今は、星空がふたつある。




卍 卍 卍




「き、れい――」

 自分でもそうと知らないままに、フェリシーの唇から呟きは零れだしていた。


 宙に浮いている。全ての魔力を使い果たして――しかし飛んできた魔晶の力を元に『リ・ディ・レイ』を発動しているおかげで、まだ落下までの余裕はある。


 そんな状況で、彼女は。

 ふたつの星空の狭間に在って、ただその美しさに、茫然としていた。


 嵐は過ぎ去った。

 だから誰だって見上げれば夜空を――満天の星空を目にすることができる。それが、一つ目の星空。


 もう、一つは。


「オズウェン。あれはいくらくらいになるんだ」

「…………俺にもわからん。百億……いや、ひょっとすると……」

 もっと、と彼が呼んだもの。




『夜の風』に取り込まれていた全ての魔晶が解き放たれて、星空のように広がっている。




 迷宮の内部が淡く照らされているのと同じ原理だろう……それらは本当に、星のように輝いている。きらきらと、途方もなく、月明かりすら霞ませてしまうくらいに、光の海のように明るく揺れている。


 もしもおとぎの国があったなら、それはきっとこんな美しさをしているだろう。

 もしも夜空に果てがあったなら。

 もしも形を持つ夢があったなら――――。


 目を奪われていた。

 時間が流れていることを忘れてしまうくらいの長い、あるいは短い時間。


 波のようにゆらゆらと広がる光に、髪を、頬を照らされて。

 息をすることだって忘れて。ここが世界のどこかだなんて、そんな当たり前のことすら思い出せなくなって。



 五人は、ただその光景に瞳を輝かせていた。 



「…………あの」

 けれど、それでも。


 やはりどこかで、区切りはつくから。


「……どうして、魔晶が浮いているんでしょう」

 とうとう不安を覚えたように、ミティリスが言った。


 答えるならば自分かオズウェンのどちらかしかいない質問だ。

 そう気付いたから、ようやくはっとフェリシーも意識を取り戻した。


「あ、えっと。『リ・ディ・レイ』は連鎖しやすい魔術だから他の魔晶もうっすら反応してるんじゃないかな。ゆるいフィールド形成みたいな」


 言いながら、絶対にそうだろうなとフェリシーは思う。


 魔力自体は魔晶から補えるが、その制御に使う自分の精神力はもうふっつり糸が切れてしまって、ろくな状態じゃない。この一夜で相当『リ・ディ・レイ』を使いこなしたとは言っても、こんな風に空の上でゆったりできる時間が作れるのは、明らかに自分の魔術以外の要因が大きいはずだ。


 その幸運が、どこかに逃げ出さないうちに、と。


「ちょっとずつ下げていくね。フィールドがなくなったらちょっと私も危ないから」

「補助に入るぞ。魔力の方はだいぶ余ってるしな」


 ありがとうございます、とオズウェンに礼を伝えながら、少しずつフェリシーは『リ・ディ・レイ』の力を弱めて、高度を下げていく。とりあえずこっち来ちゃって大丈夫だよ、と伝えればシオも一緒に荷台に乗り込んでくる。


 もう、どこかに進む必要はない。


 あとはただ、家に帰るだけだ。


「……ところでこれ、全部持って帰れるかな」

「持って帰れるだけでいいだろ。あれだけ派手にやって空も晴れたんだ。どうせすぐにギルドが確認に来る。回収させてやればいい」

「え、」


 一番言いそうにない人が、口にした台詞だったので。


「いいんですか、先輩」

「この半分の半分だって一生食うには困らん。持って帰れるだけを適当に拾ったって利息だけで食っていけるだろ。俺は一軒家でも買って、そこで暴れながら研究してられるならそれでいいんだよ。どうせ貧乏性だし、貰いすぎればそれはそれで別の厄介がある」

「僕も同意見だ。これだけ貰っても、使い道がわからない」

「あー……お前の場合は食費があるだろ。その分を上乗せで算定するから、俺と同じだけ貰っとけ。そうすりゃ一生働かないで食べ歩き放題だ」


 ありがとう、楽しみだ、とシオが両手をぐっと掲げて目を輝かせるから。

 今度はフェリシーは、ミティリスを見て。


「…………」

「…………」

 じっ、と無言で、ぱっちり目を開けて見つめ合って。


「……ふふっ」

 先に笑ったのは、彼の方だった。


「これだけ取り込んでいたとすると、他のところでも被害は出ていそうですよね」

「…………やっぱり、そんな感じしちゃうよね」

「ええ。それに、今後こういうことが起こらないとも限りませんし」

「そうだよね。ここで回収した分はこういう大型魔獣の対策とか、復興費用に回されると思うし。今まで結構ギルドにフリーライドしてたのも気になってたから……」


 じゃあ、と息を合わせて。


「頑張った分、『ちょっと多めに』貰って、ってことで」

「ええ。『ちょっと多めに』」


 そうしてくすくすと、小さな子どものように笑い合った。


 最後になるのは、アルマだから。

 フェリシーは目を向ける――すると彼は、いまだぼんやりと荷台の縁に両手をかけて、瞳に星空を映し取っていた。


「アルマはどう? やっぱりこれだけ頑張ったし、全部持って帰りたい派?」


 だったら何とか持ち帰り方考えるけど、と。

 フェリシーは、ちゃんとそのつもりを持ちながら、問いかける。


 何となく緩く、『このくらいでいいか』という意識は共有されているけれど、冒険者が魔獣を、迷宮を、『宝箱』を、正面から攻略した成果がこれなのだ。

 全部持ち帰りたい、と誰かひとりでも言うのなら、このパーティのリーダーとしてそれを叶えるつもりはある。


 だから、彼の心からの言葉を待って、フェリシーは訊ねかけた。

 すると、彼は。


「…………オレ、別にいいかも」

「え?」


「金とか、何も要らないかも」

 彼は、とんでもないことを言った。


 聞き間違いかとフェリシーは思った……が、彼の星空に照らされた顔、澄んだ瞳、そして何か憑き物が落ちてしまったような、聖人めいた横顔を見て、フェリシーは理解する。



 こいつ、本気で言っとる。



「なあ、アルマ」

「オズウェン。オレさ、何か金とかよりも……」


 その肩を叩いたのは、最年長。

 オズウェンは、理解者のような顔をしてうんうん、と頷いて、アルマの顔をやたらに大きな手のひらで包み込んで。


「馬鹿言ってんじゃねえぞガキ」

「あ゛だだだだだだだっっっ!!!!!」


 こめかみのあたりを、ギリギリ押し込んだ。


「お前……お前らな。達成感に誤魔化されすぎだ」

「痛い痛いいったい!! 頭蓋骨変形する!!!!」

「疲れに効くツボを押してるだけだよ。……気が変わった。控えめに貰うつもりだだったが、お前らがそういう態度を取るんだったらもっと多めにぶん取ってやる」

「いや、オレは別に――」

「敬意の問題だ。五人でやって、五人で等分。そういう約束でやったんだから、最後までそれは守る。一人だけ低くはならん。諦めろ」


 大体な、と彼は。

 ぐるり、と他の四人を見回すようにして、


「俺は考えた上での『このくらいでいい』だが、お前らは大金を前にした混乱と疲労感と達成感とで適当に言ってるだけだろ。聞いてりゃわかる。考えるのがめんどくさくなってるだけだ」

「うん。僕は疲れた」


 代表して、シオが答えてくれたから。

 はああぁ、とオズウェンは溜息を吐いて、


「折角これだけのことをやったんだ。『あのときもっと貰っておけば……』とか、余計な後悔を持ち帰るな。……フェリシー」

「はいっ」

「持ち帰りの配分は俺も嘴を突っ込むぞ。お前とミティリスも、『地元の復興資金だけ持ち帰れば自分の分はいいや』とか思ってそうだからな」

「う」

「ははは……そんなにわかりやすいですか?」


 顔に書いてある、と彼が言うので。

 どうぞよろしくお願いします先輩、とフェリシーは頭を下げる。


 そして、うむ、と彼が頷けば会話は止まり、不思議なくらいの静寂が訪れた。


 ついさっきまであれほどの戦いがあったとは、あれほどの音が鳴っていたとはとても思えない。夜空の向こうの、一番遠い星。そこで湖の鳴る音が、ここまで届いてきそうなくらいの夜だった。


 そしてきっと。

 もうすぐ、朝が来る。


「……じゃあ、分配が終わったら三々五々……見つからないように解散。あとは折を見てうちに集合ってことで」

 ぽつり、フェリシーはリーダーとしてそう言ってから。


 さっきのオズウェンの言葉を受けて、もう一度確認しておきたくもなった。


「みんなそれで大丈夫? ちゃんと公表したら、すごい褒められると思うけど」

「オレは……今はそういうの、興味ないかな」


 すかさず答えたアルマに、真剣に考えろ、とオズウェンの手が伸びる。

 彼はそれを拒否して、フェリシーを盾にするように回り込んで、


「わかったわかった……わかったって! ……まあ、ぶっちゃけ興味がないわけじゃないけどさ。英雄の称号とか」

「あ、じゃあアルマはここに残る? いいよ別に、他の人の名前だけ出さなければ」

「俺も金以外の分配はどうでもいいからな。名誉はいくらでも持って行っていいぞ」


 いや、と彼は首を横に振って、


「前、フェリシーが言ってたじゃん。そういうのから逃げる理由」

「うん」


 確かに言った。

 そして、それは嫌だということで、満場一致でこれからの流れが決まった。


「『そういうのができるってなったら、二回目も三回目もあるかもしれない』って」


 アルマはもう一度、星空に視線を移す。

 もうだいぶ下の方までやってきたから、今度は視線は上。首を後ろに倒して、耐え切れない、というように口の端を上げて。


 心から、という声色で言う。



「一回やれば十分だよ、こんなの」



 だよねえ、とフェリシーも返して。

 ミティリスは苦笑い。オズウェンも肩を竦めて。「僕も疲れた」ともう一度言ったシオは、うとうとしているのか俯き気味で、目を擦っている。


 静かな真夜中、ふたつの星空に囲まれて。

 風だって全然なくて――けれど明日が来ることも、それほど待たずにまた朝日が昇ってくることも、間違いなく確かで。


 そんなのは、誰にだってわかる、当たり前のことで。


 地上まで、あと十数秒。

 だから、フェリシーは。



「じゃあ、みんなでこっそり帰ろっか。最後くらい、それっぽく」



 右手と左手を組んで、人差し指を立てて。

 最後はこんな風に、笑って合図をする。





 にんにん。



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― 新着の感想 ―
美しすぎる いままで忍者らしくないからと弾かれてきた人間たちが集まって世界を救うバカデカ花火ブチ上げて、最後はドロン! これがワビサビですか?ジャパニーズ ニンジャ?ミトコーモン!?
[良い点] 今は、星空がふたつある。 この表現、狂おしいほど好き
[一言] 完結まで上がってから読もうと思っていたのに、うっかり1話読んだら止まれませんでした。 ニンニン!!
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