表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/36

8-4 輝け




 馬鹿な、と叫ぶには彼は現実を受け入れすぎていた。

 だって、目の前にそれはある。


『夜の風』の真っ黒な外殻。

 それが、ほとんど無傷のままに――弾かれて体勢を崩しただけで、ただ煙を上げただけで、確かにそこに存在している。


〈開闢剣〉は、決して不発ではなかった。

 放った当人であるアルマ自身が、そのことを誰よりも深く理解している。全力全開の一撃。これまでの生涯で放ったどの一撃よりも優れた、最高の魔術剣だった。


 それが、まるで効かずに。

 魔獣の脚の、たった一本に傷を付けることすらできなかった。


 馬鹿な、と思う。

 けれど、受け入れるしかないから、声は出ない。


 負けたんだ、と瞼を閉じた、瞬間のこと。





「――――勝った!!!!」

 代わりに叫んだ、銀髪の少女がいた。





卍 卍 卍



「――――勝った!!!!」


〈開闢剣〉の放った爆熱が、そのまま瞳に燃え移ってしまったようだった。

 じゅうじゅうと、目の奥で光が赤々と燃えている――けれどそれは、現実を受け入れていないからではない。自分たちに起こったことを否定して、強がりの勝利宣言をしたのでは、決してない。


 見えたのだ。

 勝ち筋がそこに、はっきりと。


「は――?」

「アルマ、もう一発撃つよ! 準備しておいて!!」

「も、」


 もう一発って、と。

 か細い声で復唱するアルマの服の襟を引っ張って、無理やり荷台に引き戻す。この状況で立ったままでは放り出されかねない――それでは困る。もう一発だけは、どうしてもあの火力が要る。


 フェリシーは確かに見た――〈開闢剣〉が確かに発動するところを。発動して、それがまるで傷一つも付けられないで弾かれる、有り得ない光景を。


 有り得ないことには、理由がある。

 その理由に気が付いた瞬間、彼女の脳の中の、賭博を司る部分が発火した。


 そして今は、プラズマのように輝いている。


「シオくん!! 『エア・ブラスト』で援護するから――」

「張り付きか!」

「そう、お願い!!!」


 フェリシーはすぐさま詠唱に入る。この工程だけはどうしても最速で済ませなければならない――だから、説明をする時間がない。理解を取り付けるだけの余裕がない。


 けれど――、


「了解した、信じよう!」


 彼はただ、その一言だけで。

 最後の作戦工程への参加を、受け入れてくれた。


『夜の風』の真下に、五人はいた。

 荒れ狂う雨嵐は、とても体内にいた頃の穏やかさからは程遠い。右へ左へ、上へ下への大移動。小舟で大海の真ん中に放り出されて波に洗われているような大騒ぎ。フェリシーは頼りない風の魔術と落下速度減衰の魔術でその舵を取り――、


「シオくん、右から来ます!!」

 しかしそれを『夜の風』が見逃すはずもなく。

 ミティリスの警告通り、その脚が右方から、この五人に迫ってくる。


「う、お、お、オォ――!」

 けれど、それを。



 シオは、残りの四人の乗る船を、思い切り腕力でぶん回して。

 迫ってきた黒い足を蹴り飛ばすようにして、回避した。



「リーダー、こっちは問題ない! 作戦に入ってくれ!」

「――うん! ありがと!」


 ごうぅん、と巨大な鐘が空から落ちてきたような低音が響く。

 遠心力という仕組みがこの世になければ真っ逆さまに地面に墜落していたであろう一瞬の攻防――しかしもう心拍数はとっくのとうに頭打ち。これ以上速くなりようがないから、フェリシーはもう、恐怖恐慌さておいて、次の絶叫に移行する。


「オズウェン先輩!!!」

「お、おぉ!?」



「『夜の風』を――開けてください(・・・・・・・)!!」



 ほんの短い、一言の指示。

 多くを語らなかったのは、信頼の現れでもある。


 自分が一目見て気付いた勝ち筋であるならば、同じ教育を受けてきた学園の先輩であるならば気付くはず――もし仮に、よしんば彼が、自分では気付けなかったとしても。




「――――そうか。こいつも『宝箱』か」


 今までの冒険を踏まえて考えるならば。

 自分に振られる仕事なんてひとつしかないと、不敵に笑って理解してくれるだろう、と。




「ミティリス! 大型構造の把握と広域魔力干渉だ! 俺に付き合え!!」

「構わない――けど、なんですかそれ!」


 一体何をするんですか、とミティリスがしかし素直に楽器を掻き鳴らしながら従う横で、同じ疑問を浮かべる青年がいる。


「いや、ちょ――無理だって!」


 アルマ。

 他ならぬ彼が、最も理解できない様子で。


「さっきの見ただろ!? 〈開闢剣〉が全然――」

「通じないのがおかしいの!!」


 そして彼の疑問を、フェリシーはバッサリと斬り捨てる。

 は、と息を呑んでしまえば、もう勢いは止まらない。


「あんな威力が直撃して、ただの魔獣が死なないわけないじゃん!!」

「わけないじゃんって、実際なってるだろ!!」

「だから、ただの魔獣じゃないってこと! 『宝箱化』してるの、あれは!!」


 宝箱、というフレーズに。

 思うところがあったのか、さらにアルマの言葉は止まって、


「どういう仕組みか知らないけど、それ以外ない! 魔術剣の直撃とシオくんのキックで同じリアクションが出るわけない――攻撃的な干渉を拒絶する魔術的封印構造体! 『迷宮化』だけじゃなく『宝箱化』もして、だから攻撃が通らなかったの!」

「――それ、って……」


「ミティリス、聞いての通りだ! 俺がお前を通じて構造体を解析する! とにかく音を隅々まで行き渡らせろ!!」

「そこから先は!?」

「お前の音を使って構造体の『鍵開け』をするんだよ! 『忍法』で慣れてるだろ、巨大構造物に対する魔力干渉は! ――――がぁあああっッッッ苛ついてきた! なんだこの意味のわかんねえ構造は!!!!」


 とうとう理解して、彼は言う。


「か――解体するってことか!? 『夜の風』を!」

「そう!! シオくん、右から乗れるよ!!」

「了解! 上でいいのか!」

「オッケー! もう一回登っちゃって!!」


 どかん、と音を立ててシオは着地する。

 それは勿論地上ではない――地上と、『夜の風』の頭部との間。ちょうど中ほど。


 真っ黒な脚の側面。

 壁を走るのにすっかり慣れた黒髪の少年が、四人を乗せた車輪ごと引っ張って、垂直に駆け上がっていく。


 アルマは、無防備な状態になっているオズウェンとミティリスのふたりが落ちないように、荷台に身体で蓋をしながら、さらに問いかける。


「いや、でも――もう、射程が!」

「落ちたらもう一回登ればいいでしょ!! 人生と同じ!!」

「――〈開闢剣〉の威力だって!!」

「当てれば通る! そうじゃなかったら、わざわざ脚を出してきて崩落した場所を庇ったりしない!!」


 止まるための理由を、フェリシーは次々打ち砕く。

 完全に火がついている。尻尾じゃない。目の奥。瞳のずっと向こう。脳のありとあらゆる箇所に引火して、焼き切れて、もうたったひとつのことしか考えられない。


 勝てる。


「無理なんだよ!」

 それに、アルマが叫び返す。


「剣の魔術機構が焼けてる――〈開闢剣〉は一日一回が限度だって言っただろ! 増幅機能が働かないから、もう一度同じ威力は――」

「焼けてるのは増幅用の機構だけでしょ!?」

「そうだよ!!!」

「じゃあいいでしょ!!!」


 こっちには、と。

 彼女は、懐に手を入れて。




「これがあるんだから! ――魔晶、五千万テリオン分!!」

 賭け金を、さらに跳ね上げた。




 今までの行程の中で散々消費してきたAランク迷宮産・『精錬』済み・換金前の高級魔晶。その残り。


 純粋な魔力の塊として、それを取り出した。


「これさえあれば――ごめん、ミティリスさん! これ全部使っちゃう!!」

「構いません! 初めから、あなたに賭けているんです!!」


 ありがとう、と叫び返すと同時。

 ミティリスの横から、さらに別の袋が飛んできた。


「うわっ! 何――先輩!?」

「俺もベットだ! こいつ、封印構造体の奥にさらに馬鹿みたいな量を溜め込んでやがる――賭け金に五千万追加だ! シオ、お前はどうする!」

「なら、僕も賭けよう。そっちの方が景気が良い」

「あいよ! フェリシー、合わせて一億だ!」


 投げつけられたのは、未換金分の魔晶たち。

 この作戦を始める前に――万が一のことがあってもいいようにと、金庫から取り出してメンバー各自に分配していたそのままの魔晶たち。


 それが、フェリシーの手元に返ってきて。

 今は、一億五千万の軍資金。


「一億五千万の魔力――それも精錬済み! 原石そのままじゃないんだから、これだけあれば全然可能性は――」

「…………フェリシー」


 それを、アルマが。

 まじまじと、見つめている。


「あるでしょ!! 『精錬』のチューニングと『解放』を合わせれば全然必要なリソースの確保は――」


「君ってさ」


 彼は、不思議な表情をしていた。

 荷台の端で……他の三人を守りながら、両手剣の柄に手をかけながら。


 雨に濡れて、呆れたような、泣き笑いのような顔で。


「ほんっっっっっとに、どうかしてるんだな」

「は――!?」 

「キリよく二億」


 ぽん、と。

 無造作に渡されたのは、とても無造作に渡してはいけないもの。


 ベット、五千万。

 今のこの五人が出せるありったけの額、二億。合わせて揃えるための、最後のピース。


 彼は立ち上がって、赤い髪を雨の中に掻き上げて。


 こう、言う。




「やるよ。

 ――――確かに。失敗したなら、もう一回やればいいだけの話だ」




 そしてそこからの全ては、走馬灯のように、あるいは幼年期の遠い一日のように、鮮やかに、高速で過ぎ去っていった。


「話は決まったか! こっちもそろそろ登り切るぞ!」

「いいえ! シオくん、もっと上まで登ってください!」

「もっと上!?」

「『夜の風』が開く方向が上側なんです! 上から撃ち込んだ方が勝率が高い! タイミングはこっちで指示を――」

「――ミティリス、こっちは完全に理解した! 干渉ルートのイメージも終わってる! 後はお前待ちだ!」

「ああもう、どっちもこっちも忙しい――!」


『夜の風』の黒脚を、その車はものすごい速度で駆け上がってゆく。

 とてもそれを人の脚力が成しているとは思えない――滝を登っていく竜のような勢いで、それは進む。食い止めようとする脚があれば右へ左へ飛び移り、もはや車輪が用を成さない場面も多々あって、しかしそれでも止まらない。


 辿り着くべき場所へと、真っ直ぐに。

 遮るものはどこにもないとばかりに、最速で。


「二十次元以上の構造体のイメージ保持は俺も長くは続かん――手早くいくぞ! 導線魔力は俺が引く、後は合わせろ!」

「了解――言っておきますが、失敗のカバーは期待しないでくださいね!」

「問題ない! 俺の『鍵開け』成功率は十割だ!」


 ギィン、と軋む音がした。

 金属の壊れる音――あるいは、あまりにも巨大な機構がその組み換えを始めた音。ギィギギギギギギと聞く者全てを竦ませるような音がする。その隙間を斬り裂くように、ミティリスの指と喉から放たれる大音声が『夜の風』の形を変えていく。


 大地が初めて生まれた日のようだった。

 凄まじい音を立てて、凄まじいスケールでそれは変わっていく。地表が捲れ上がるように黒脚の表面が剥がれていく。海から大陸が生まれるように、その剥離の奥から別の魔力構造体が現れてくる。


 次々に、目まぐるしく。

 崩壊し、再構築されていく黒の大地を、彼らは行く。


 やがて脚から頭へと、その行く道は変わり――、




「『汝、偶然と奇跡の狭間に眠る者』――」

「〈其は黄金にして赤熱する灼火の剣〉――」


 銀の髪の少女と赤の髪の青年は、同時に唱え始めた。




 少女の手には真っ白な、しかし途方もないほど高純度の魔晶が。

 一方で青年の手には、すでに赤熱の力を失った両手剣が握られている。


 そしてその失われた赤熱を補うように、少女の手の内で、それは真っ赤に輝き始めている。


「『我は旅人――求めるは遥か彼方の空と海』」

「〈汝は求める――荒涼、寂寞、不変の地〉」


「ミティリス! もう頂上に――」

「シオ! 中央までだ! その方が狙いが付けやすい!」

「了解――!」


 コォオオオ、と『夜の風』が声を上げている。

 抵抗なのか、それとも『鍵開け』による変形からただ自動的に発されている声なのか、誰にもわからない。大気という大気を震わせる。雨も風も強烈に吹き付ける。雷もまた忙しなく光り、五人の声だっていつ聞こえなくなるかわからない。


 それでも、彼らは行く。



「『蒼と碧の狭間の白――在り得べき完全なる調和』」

「〈然れども我は掲げよう――此は光彩〉」


「――ジャスト! 『鍵開け』は終わった! 後は開き切るのを待つだけだ!」

「シオ、くん! ナビゲーションします! 音の進む方に滑走路ができる!」

「了解――もう一度、飛翔しよう」


 それは、巨大な花が咲くようだった。


 漆黒の蜘蛛のように映った『夜の風』が、完全に開いていく。脚は根と茎に、瞳ある頭部の底は萼に。そして大口開いた顎門は花弁へ――幾層も複雑に折り重なって、壊れて、組み変わって、嵐の真夜中に浮かぶ花として、咲いていく。


 その真ん中を、彼らの車は駆け抜けて。

 バン、と大きな音を立てて、最後の変形が、彼らを跳ね上げた。



「お、ォ、オォオオオ――!!」

 シオが、叫んだ。



 眼下には、全てを呑み込むような黒花の顎門。

 信じがたい脚力が、その場所の遥か上空に、彼ら五人を連れてきて。


「行け、リーダー! アルマ!!」

「コアが露出してる、ミティリス!」

「誘導魔力を引きます――アルマくん!! お嬢様! 決めてください!」


 その上空からの位置取りが。

 彼らにそれを、視認させる。



『夜の風』の、真の核。

 禍々しいその威容を目掛けて、か細い魔力は糸のように結ばれて。



「『開け、開け、開け!

  指先触れれば決して離さぬ――我は旅人、一心愚行の探究者!』」


 銀髪の少女はその糸に添うようにして、赤く光る魔晶を向ける。


「〈平伏する勿れ――汝が双眸開きて篤と視よ!

  此は抗刃――死王を討ちて戴冠する、最も新しき理の刃!〉」


 赤髪の青年は、その光を信じて、その剣を振り被る。


 そして、


「か、が、や、けぇええええ!!」

「輝けェ!!」


 最期の時が、やって来る。




「――『リ・ファイン・リース』!!」

「――〈開闢剣・原初の火〉!!」




 拮抗は、ほんの一瞬で決着した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
何回山場を作って、何回泣かせれば気が済むんだ 最高です
[良い点] 全話との対比がいい。 [一言] 冒険小説はやっぱいいな。ギャンブル小説ともいうけど。いい・・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ