表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/36

7-2 一番かも



「だからマジで滅茶苦茶すぎるって! 脳味噌終わってんのか!!」

「だとしたら?」

「帰りたいよ、マジで!!」

 雨の中、フェリシーたちは進んでいた。



 もう時間は真夜中も真夜中である。

 街から出て、迷宮地帯の森の中。黒雲は一筋の月明かりも地上に通してはくれない。真っ黒で真っ暗。フェリシーが魔術で出した誘導灯の明かりがなければ右と左どころか上も下もわからない。びゅおうびゅおうと肌に吹き付けてくる雨風はやがて触覚を麻痺させて、我が身がなお在るかどうかすらも怪しくさせる。


 夜の空の真ん中に、何も持たずに放り出されたような不安感を覚えずにはいられない。

 並の神経の持ち主であれば、家に戻るどころか一歩も進めなくなってその場に蹲ってしまっても仕方ない――しかしフェリシー一行は、ずんずかずんずかその嵐をかき分けて進んでいる。


 並の神経ではないからである。


「そうだね! 空が晴れたらみんなで大手を振って帰ろっか!」

「そういうことじゃ……あー、もう! オレなんであのとき頷いちゃったんだろ!」

「俺も自分で自分が不思議だ」

「……借金がなくなったことでフェリシーさんのあの勢いが出てしまったなら、ちょっと反省です……」


 フェリシーが私室で高らかに奇行を提案してから、一時間後のことだった。


 すなわち彼らは、移動時間を差し引くとたったの三十分。その間にフェリシーから作戦について、これによって得られるメリットについて、そして自分が現在借金から解放された立場でありつまりあなたたちと同じシチュエーションにありその上で対等な仲間としてこのギャンブルに誘っているのだ全く怪しくないこれは切羽詰まって無理なことを要求しているとかそういうことではなく純粋に勢いで無理なことをやろうという話をしているやるぞ無理なことを無理なことをやってるときが一番楽しいんだから無理なことを達成したときが一番気持ち良いんだから私に任せておけ借金から解放されて無敵になっている私と来れば万難排して勝利はそこにということについて懇切丁寧に説明を受けて、説き伏せられて。


 今は、ここにいる。


「てか、マジで上手くいくの!?」

「絶対勝てるギャンブルなんて詐欺広告にしかないでしょ」

「なんでそこだけスッと真面目に戻るわけ!? 言ってくれよ『絶対勝てる』って!!」

「微妙に嘘を吐いていないところは小賢しくて好印象だな」

「オズウェンはオズウェンでなんで乗り気なんだよ!!」

「もう開き直ってるからだよ。そして俺はどうもギャンブルの結果にしか興味がないらしい。過程はお前が代わりに楽しんでおいてくれ」


 楽しいわけあるかーっ、と。

 雨音にも掻き消されないような音量でアルマが叫ぶと同時、フェリシーの耳に届いてきた別の音がある。


 ドガドガドガガ、ゴロゴロゴロ。

 聞き慣れたその足音と、車輪の音は。


「シオくん! 大丈夫だった?」

「遅れてすまない。暗かったから道がわかりづらかった」

「全然! ……で、どうだった? 怒ってた?」

「いや、優しかった」

「シオくんシオくん、インガロットさんは何て言ってました?」

「なんでミティリスさんが前のめりなの」

「『失敗したら、這ってでも帰ってこい。しぶといんだから、そのくらいはできるだろう』と。リーダーの予想通り、『這ってでも』を言ったから『胸を張って』と返してきた」

「あらあらあらあら!」


 あらあらて、と半目になってフェリシーはミティリスを見る。清々しいくらいのにっこり笑顔。この人はこの人でちょっと変わっている、と心の中で思う。


 そして同時に、まああの人はそういうことを言うだろうな、という納得も得た。

 なんだかんだ言って、学園生活の中でも群を抜いて交流の多い相手である。何となく、こういう場面で言うことの想像はついた。あと案の定『しぶとい』も言われていた。特にあの人の前でしぶとさを発揮した覚えがないのだけれど、仲良くなってからはずっとそう評されている。


「よし、じゃああっちの方はどうにでもなるだろうし……」

「信頼されているんですね! 私もお嬢様をお支えして、おふたりを陰ながらサポートさせていただきます!」

「いや、そのモチベーションはわかんないんだけど……」


 本当にこれだけはよくわからない、とフェリシーは思っている。

 四人の説得で一番最後まで渋っていたのがミティリスだったのだ。こちらとしても保険として一億を肩代わりしてもらう以上強くは出にくく苦戦していたところ、しかし「まあそれに、副会長の方もそうなったら楽できるだろうし」と溢した瞬間に、「あらあらあらあら!」急転換。


 ちょっと、というか。

 とても変わっている。


 が、今はそういうことは気にならないくらい、頼りになる人なので。


「それよりミティリスさん、そろそろ着くんじゃないですか?」

 ここは真面目に、仕事の話。


「あ、そうですね。上りの坂道は……こっちですね。一旦高台に登り切って様子を見てみましょう」

「助かる。僕も、せめて飛距離の確認はしておきたい」

「あー……マジで胃のあたりが痛くなってきた」

「アルマ。背中を蹴り飛ばしてやろうか。痛みが和らぐぞ」

「それ痛みの総量は増えてません? やめてあげてくださいよ」


 そうして一行は、全く緊張感のない会話をしながらずこずこ森の奥に入っていく。

 やがて勾配がきつくなっていく……ぬかるんだ足元と合わせて、進む者の気力体力脚力を根こそぎ奪い取るような地形。それをしかし、この一ヶ月少しでさらに鍛えられた五人の冒険者たちは悠々と登っていく。


 やがて森の切れ目があって、丘の切っ先に立つ。

 それでもなお、見上げる角度に――――、



「コ――――ォォォオォォォオォォォオォォォオォォォオォォォオォォォオ」

 その大魔獣の、姿は見えた。



 夜空を呑み込むように、それは大口を開けている。

 頭の底に嵌められた金の瞳は、ここからは直接見ることができない――けれど地面の一部が照らされているのを見れば、それが相変わらず爛々と光っていることだけはわかる。


 今、その七本の脚を微動だにさせず、宵闇に吼え声だけが響いている。

 しかし、それはもはや機能を停止したということでは、勿論なく。


 ただ、もう一度収穫を始めるまでの、ほんの僅かな停止に過ぎず。

 だから彼女たちは、この場所に立っていた。


「あー……いけそう。たぶん、シオくんがちゃんと速度出せれば行けると思う。頭飛び越さないように気を付けた方がいいくらいかも」

「そうだな。僕も同じような見立てだ」

「……マジでやんの? 考え直さない?」

「アルマくんの気持ち、すごくわかります……」

「だとさ、フェリシー」


 適当に音頭でも取って士気を上げてくれ、と。

 オズウェンが言うので、「了解っす」と返して。


「じゃあ個別にひとりずつ……ミティリスさん!」

「私からか……はい。何なりと、お嬢様」


 つい、と。

 整った動作で礼をする同郷の、元聖歌隊・現歌唱型忍者の、美貌の青年に。


 フェリシーは、おー、と右手を挙げるようにして、言う。


「リベンジマッチ、行きましょう! 持っていかれた分、地元の復興資金を取り返してやらなきゃ!」

「……そうですね。確かに、私も腹に据えかねています。どうせやるなら、元あったよりも多くのものを持って帰ってやりましょう。……でも、」


 ミティリスは冗談めかして微笑んで、しかし本気の声色で、


「危ないと思ったら、無理やりでも連れて帰っちゃいますからね」

「もちろん! そのときは借金のこと、甘えさせてください! 一緒に尻尾を巻いて帰りましょう!」

「あはは、そうですね。そのときは向こうでのんびりやりましょう。……ちゃんと帰ってくるのが、一番喜びますから」


 約束ですよ、と祈りを込めるように。

 彼はぎゅっとフェリシーの右の手を両手で包みこんで、それからぱっと離す。


 そして、「お次へどうぞ」の仕草をするから。

 一人目の鼓舞は終わって、二人目。


「オズウェン先輩!」

「お。俺も対象か」

「要らないですか?」

「いや、貰えるものは貰っておく。要らなきゃ後で自己判断で捨てておくよ」

「捨てるな」


 ふてぶてしく腕を組んだ、学園の先輩。

 元学園所属の魔術研究者にして、現強盗型忍者の、背の高い青年に。


「『夜の風』のあの大きさならAランク迷宮ふたつどころじゃありません! さくっとやって、時給を爆発させましょう! 爆発!」

「マズいな。賭博にハマりそうだ」

「やめた方がいいですよ」


 だろうな、とオズウェンは笑う。自分でもわかる、と言って、


「今後手を出さないで済むように、ここで稼ぎ切る。期待値だけはえらく高い賭けだからな。一発で勝たせてくれよ、『錬金術師』」

「お、おおう……畏れ多い……」

「あやかっとけ」


 お前の遠い先輩だ、と。

 彼はフェリシーの右の拳に、やたらに大きな拳を軽く、コツンとぶつけてくる。


 かえって励まされてしまったくらいだ、とフェリシーは思いながら。

 二人が終わって、次は三人目。


「シオくん!」

「頑張る」

「おっ……話が早い……」


 これからの初動の全てを担ってくれる、ちょっと天然気味の同い年。

 長い黒髪の、最速型忍者。


「でも、これが上手くいったらたぶん一生分の食費になるから! 頑張っていこー!」

「ああ、今から楽しみだ。……それに、この段階で止めることができれば失われずに済むものもある。僕は……」


 言うと、彼は遠く、ずっと遠くの地平を見つめるようにして、


「このままでは故郷の山を食い尽くしてしまうかもしれないと思って、街に出てきた」

「えっ」

「街にはたくさんの美味しいものが、食べきれないほどある。それは育む者と、運ぶ者、そして振る舞う者がいるから成立している。それなら、僕は」


 それを守る人になりたい、と。

 彼はそこで、ふと流れに気が付いたように距離を詰めてきて、それからそっと優しく、フェリシーの手を取る。


「リーダー。力を貸してくれるか」

「――もちろん! 守れるものは、どんどん守っちゃおう!」


 だからふたりは、握手して。

 それが終われば、最後の一人。


「アルマ!」

「はーい……」

「…………………………」

「…………いや、なんかないの?」


 先ほどから異論を唱えまくっている、少年の面影をいまだ残す赤髪の青年。

 若くして一流の冒険者と称されて余りある実力を持ちながら、よりにもよっての爆熱型忍者。そんな彼に。


 実はフェリシーが提示できる理由は、彼自身の持つたったひとつの動機しかない。


「庭に海があったら」

「う、」

「絶対泳ぐとか、言ってなかったっけ」


 視線が注がれるのは、その腰の両手剣。

 普通にしていれば大手の冒険者ギルドで悠々と生活できていただろう彼が、それでも振るわずには、振るってその生活を台無しにせずにはいられなかった、無敵の剣。


『庭に海があったら絶対に泳ぐ』ように力を使う、と。

 そんなたわけたことを、彼は二度目の面接で、自ら言ったのだ。


「たぶん二度とないよ。こんなにその魔術剣にハマる場面」

「……そうなんだよなあ。そうなんだけど」


 ああ、と。

 彼は頭を抱えて、それから何か、悩まし気に、嘆くように。


「…………オレさ。結構これで、無手法とか言われてきたわけ」

「だろうね」

「で、そう言われるからには実際そうなんだろうなと思ってたんだけど、全然違った。勝算とか普通に計算して割と安全な道を渡ってたらしくて……本物の無手法と会って、初めて知った。ついてけないもん」


 本物の無手法、のところで彼はしっかりこっちを見つめながら。

 オズウェンからの「人生は発見の連続だな」という合いの手に、「らしいね」と返しながら。


「オレは別に、戦う理由とかないわけ」

 どうやら本音らしいことを、淡々と。


「フェリシーとミティリスはリベンジマッチと地元の復興資金だろ? で、シオとオズウェンは一生分の金……。でもオレは、別にあの魔獣と因縁とかないし。大金の使い道もない。シオみたいに食費で何十万も飛ばすわけじゃないし、オズウェンみたいにここで全部済ませて二度と働かないで過ごしたいってほど打ち込んでるものがあるわけでもない」


 そうなると、と彼は。


「…………戦うのに勇気が要るって、こういうことかって感じ」


 そっか、とフェリシーは頷いて、剣柄の上で小さく震えるアルマの手を、決して無視せず、しかし必要以上に気にかけることもなく、


「で、どう? 勇気ありそう?」

 率直に、そう訊ねれば。


「残念ながら、」

 アルマは大袈裟に肩を竦めて、それから。


 右手を挙げて、こう言った。




「有り余ってるみたい。

 割とこの街も、パーティも好きだから」




「――――よし! じゃあ、皆で行こう!」

 彼の手を迎え入れるように叩き、そしてフェリシーは何度目かの宣言をした。


 この一ヶ月半の間、このメンバーをまとめてきた言葉。

 行こう、の一言だけで、彼らはすっかり突入の準備を始める。


 まず、登った丘から、来た道を戻るようにして全員が降りていく。

 時折フェリシーとオズウェンの二人は、地形変化の魔術を使って整地していく……疎らな木々を端に寄せて、凹凸の多い道は平らにする。全てをそうしているわけではなく、必要な幅の分だけを。


「どう? シオくん、このあたりは」

「問題ない。助走の距離も、これだけあれば足りる」


 そうシオが答えれば、とうとう彼らは再び振り返って、丘の頂上の方に視線をやる。するとそこに、出来上がった物が目に映る。


 平らで、障害物のない上り坂。

 それはいわゆる、滑走路。


「よし。では、全員乗ってくれ」

「あいよ。……高所恐怖症ってわけじゃないが、流石に多少は不安になるな」

「しっかり掴まってないと流石に危なそうですね。お互いカバーし合いましょう」


 うんうん、と頷き合いながら、シオ以外の四人が乗り込む。

 それは当然、もうすっかり見慣れてしまったリアカーに。


 フェリシーとアルマ。比較的小柄なふたりが、奥の方に。

 それに蓋をするように、オズウェンとミティリスのふたりも乗り込んでくる。


「そういえば、フェリシーはさ」

「ん?」

 その少しの間に、アルマが訊ねかけてきた。


「訊いてなかったけど、どれが一番の理由なわけ?」

「? ……ああ、討伐の?」

「そう。大金とか、リベンジとか、街を守るとか。色々オレらのこと説得してたけど、フェリシー自身はなんでなのかなって」


 オーケー全員乗ったぞ、とオズウェンが言う。

 了解した、と言ってシオが頭を振って髪から水を飛ばす。服の袖を捲って、靴先をトントンと叩いて整える。


「ああ……まあ、別にどれがどうってこともないけど」

「全部合わせてって感じ?」

「うん。まあ、全部あるかな。複合。できればミティリスさんに頼らないで借金は返したいし、元凶はとっちめてやりたいし。放っておいても誰かがやってくれるかもしれないけど、そうなったらたぶん……まあ、無事なばっかりじゃないと思うし。でも、そうだね。全部ではあるんだけど、強いて言うなら……」

「言うなら?」


 シオが持ち手を握る。

 では行くぞしっかり掴まっていろ、と彼が言うのに、全員で「頼んだぞ」と応える。


 で、車輪が回り出した瞬間に。

 話の続きということで、フェリシーは口にした。





「一旦借金のことが片付いて、テンションが上がったからっていうのが一番かも」





 やべ、というアルマの言葉は。

 とてもではないが、車輪を止められるようなタイミングに発されたものではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
うっかり泣いちゃったよ 最高です 脳内映画化待ったナシ
[良い点] それぞれ皆が良いキャラだなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ