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6-1 ここまで来て



「あ、フェリシーじゃん。あのさ、オレたちこれから迷宮の方に行くんだけど……」

「許可証は!?」

「え? 貰ってきたけど……」


 そしてフェリシーは、道中でとても有能な仲間に出くわした。


 ちょうど屋敷から街の門へと続く道でのことである。

 滑る石畳をものともせずにフェリシーら三人がだんだかだんだか走っていると、向こうからふらふらとふたりの青年が現れた。何を隠そう、このふたりこそアルマとオズウェンである。


 よっしゃ、と思わずフェリシーもガッツポーズをした。

 これほどちょうどいい展開はない、と歓喜して。


「ナイスタイミング! 一緒に行こ!」

「いいけど何? どした?」

「落ち着け、フェリシー。そっちでも何かあったのか」

「いやもうそれがもう――」


 とんでもないことがあったんですよ、と続けてから。

 ふとフェリシーは、冷静になる。


「……え? なんでふたりは許可証貰ってきたの?」

「いや、『赤』の事務所でちょっと変なこと聞いて……」

「僕たちも屋敷でさっき、すごく変なことを聞いた」

「……行く前に、すり合わせるか。こっちも独自情報だ。同じ理由で迷宮を目指したわけじゃないだろう」

「そこの路地に入りましょう。お互い情報の重要度が高そうです」


 鍛え上げられたチームワーク。

 ほんの数秒の内に五人は同意に至り、雨の中、人気のない路地裏の軒の下に移動して、それぞれの情報の開示を始めた。



卍 卍 卍



「……ということは、まとめると」

 そうして、フェリシーは言う。


「明後日には嵐が原因で迷宮は閉じるし、そもそも今日の時点でなんか変なことが起きてるから、みんな様子見で大人しくしてる、と」

「そう。で、変なことの方だけオレらは聞いたから、とりあえず今後に支障が出そうか調べるために迷宮を見に行こうと思ってて……」

「そして俺たちがいない間に屋敷に来たという公爵家嫡男の好みのタイプが気になっている。玉の輿に乗りたくてな……」

「それ☆」

「よかった、家にいたのがシオくんとミティリスさんだけで……恥かかなくて済んだ……」

「ふふん」「褒められちゃいましたね」


 後半の方はともかくとして。


 ミティリスが楽器を鳴らしながら周囲に声が洩れないように気を遣ってくれている……傘を差したら顔のあたりも半分くらい隠れて、密室にいるような不思議な感覚を覚えながら、フェリシーは続ける。


「ってことは、明後日よりも前に使用禁止令が出る可能性もあるってこと?」

「いやー、どうだろ。確かに大手だけで考えればあそこは基本リスクを嫌う……っていうか『忍者』ジョブとか今の冒険者業界で大成しやすいのってそういう慎重派で危機管理の線を浅めに敷いてる人たちだから、そんな感じだけどさ」

「ギルドで意思決定をしてるのは俺たちよりだいぶ上の世代の、バチバチに魔獣とやり合ってた世代だろ。もう少し腰は重くなるんじゃないか」


 うーん、とさらにその情報を噛み砕こうとすると、シオが、


「いや、そうとも限らない。以前ギルド幹部と話したことがあるが、ああいうのは迷宮の危機管理業務の後に就くことも多いらしい」

「ああ……。聞きますね。それに、救護機関として連携している教会一派も、おそらく意思決定に関わるでしょう。あそこは結構、判断を前倒しにしますよ。嵐の次第では人的リソースもかなり持っていかれるでしょうし。このタイミングで余計な負担は被りたくない」


 ミティリスとともに新たな情報をくれるので、口の中はパンパン。んごんご、と顎のあたりがかろうじて動くばかりで、とても呑み込めそうな気配はない。


「わかんないなあ……。なんか色々、錯綜してて」

「まあ、とりあえず行ってみるしかないんじゃない? 迷宮が消えてるっていうなら地形も変動してるかもしんないし。実際見てみた方がいいよ」

「そうしよう、リーダー。雨が酷くなってくると単なる調査でも危険を伴う。今のうちに行っておくのが吉だ」


 調査に危険が伴われるレベルで雨が酷くなったら、それはもう調査とかの段階ではなく『詰み』なのだけど。

 しかし確かに、ここにいても仕方がなくはある。


「りょーかい……。それじゃ、みんなで行ってみよっか。何かいい意見がある人は……って、」


 そっか、とそこで。


「別にみんなは、そこまで切羽詰まってるわけじゃないか」

「いや。オレは普通にもっと金欲しいよ。フェリシーが破産して何もできなくなる前に」

「僕もだ。稼げば稼ぐほど、食事が美味しくなって嬉しい」

「当然だな。こんなに収穫率の良い金の生る木をみすみす逃す手はない」

「……そうですね。お金は大事ですから。まずはやれることをやってみましょう」


 口々に、四人が言ってくれる。

 みんな……とフェリシーは感動した。自分の破産自体は大した問題として捉えられていないとか、収穫率とかいう謎の指標で樹木として評価されているとか、そういうことに対して思うところがないでもないが、お金は偉大だ。


 ありがとう、としっかり口にして。

 それじゃあ、とフェリシーは方針を決める。


「とにかく、実際に行って確かめてみよう!」




卍 卍 卍



「これチャンスじゃない? こことか完全に地下だからこのままなら水没するもん。中で泳げさえすれば魔獣が溺死してるところを余裕で探索できるよ」

「頭やば」

 率直な感想がアルマから齎されたのは、それから四十五分後のことである。


 雨はどんどんと強さを増している……明後日以降、とインガロットは言っていたけれど、この分だとひょっとして明日にも使用禁止令が出てしまうのではないか、というくらいの勢いで、迷宮入退を管理している小屋番のギルド職員も「こんな日に潜ろうとしてんのあんたらくらいだよ」と苦笑いをしていた。別に面識のある相手ではなかったが、「夜勤のやつらがいっつもあんたらの話してるから覚えちゃったよ」「サーカスみたいだって」とのことである。


 そして実際に足を運んでみて、フェリシーたちもはっきり、改めて認識したことがある。


 ここの造りは、大雨になると本当にマズい、と。


「うーわ……どぼどぼ水が迷宮の中に流れ込んでる。……なんで?」

「迷宮は地下方向に広がりやすいから……というだけではないな。草木の根が地下深くまで張れないから、保水の力が弱まっているように思う」

「シオくん、こういうの詳しい?」

「いや。生まれが山の方だから、感覚でわかるだけだ」


 このあたりは、と言ってシオは地面を軽く踏む。それだけで表面が引き剥がれるようにして、ずるり、と彼の靴の裏が滑った。


「いわゆる『魔の縄張り』だ。普通の生き物が生態系を構築していない分、それ以外の自然の影響が明け透けに出る」

「普段は私も大して周囲を気にしていませんでしたが……確かにこれは、かなり影響が出そうですね。迷宮の使用以前に、ここに来るまでの道のりが使えなくなるかもしれません」


 迷宮都市の周辺にある、この迷宮地帯。

 これは確かに、シオが言ったとおり『魔の縄張り』と称されるような領域である。


 魔獣がそこらじゅうを闊歩しているとか、そういう話ではない――が、シオの言ったとおり。迷宮まで続く道こそ冒険者たちのために整備されていて、普段はフェリシーたちもその道をずんどこずんどこ歩いているだけだから気が付かなかったが。


「こうして見ると、迷宮周りって鬱蒼としてそうで、そうでもないんだね。なんか寂しい……」

「アネクメネだな。水平限界、垂直限界、魔力限界……一帯の魔力総量が高くなると、周辺環境が人間の居住を許さなくなる」

「なんすかそれ」

「お前、地理の授業真面目に受けてないだろ」


 受けてますよ、とフェリシーは唐突に謎の呪文を唱えだしたオズウェンに唇を尖らせて反論した。ただ選択科目を歴史にした瞬間にこれまでの学習記録を消し飛ばしただけです。


 しかし、オズウェンの言う通りだともフェリシーは思う。

 とても人が住めそうにない、荒れた環境だ。前々から「なんで迷宮のもっと近くに街を作らないんだろう、そっちの方が移動が楽だし、どうせ魔獣は入り口から出てこないのに」というようなことを思っていたけれど、そもそも切り開いたところで人が住むには様々な支障が生じてしまうというのが理由だったのだろう……ここで突然脳裏に中等科二年のときに受けた地理の記憶が蘇り、本当にちゃんと真面目に授業を受けていたことをフェリシーは自分で自分に証明した。


 うん、とひとつ頷いて、受け入れる。


「ミティリスさんの言う通りかな。これじゃ使用禁止にされなくても、そもそも物理的にここまで来られなくなるかも。道だけならともかく、周りの環境がかなりきついし」

「あんまオレも気にしたことなかったな……。こんな感じなんだ。迷宮の周りって」

「ではリーダー。どうする。他の手段を考えるのか」


 ちょっと待ってね、とフェリシーは目線を傘の裏の方にやって、


「…………道が使えなくなるなら、そもそも使わない。今からここにテントを張って泊まり込む、とか」

「ほら変なこと言い出した。シオ。ダメじゃん、フェリシーに思い付きを喋らせる隙を見せたら」

「すまない」

「一応俺も命が惜しいから反論しておくが、ここにテントを張って寝たら二度と目覚めることはないぞ」

「あと、そもそも入退管理を小屋番の方がしているので……。帰ってこなかったら捜索隊を出されてしまうかもしれませんし、ちゃんと迷惑ですよ」


 だよね、とフェリシーはそれ以上反論しない。

 まさか本気でそれができるとは思っていない。入退管理の方は法を犯すことさえ厭わなければ何とかできそうだが(そして法を犯すことを厭うがためにこの時点で実行不可能な案なのだが)、流されてお終い、というのは如何ともしがたい。テントではなく屋根のあるボートを持ち込んで、錨を下ろして……改善策も流石に大味すぎるし命の危険がありすぎるし、メンバーに「よしやるぞ」とは言い難い。総ツッコミを受けて当然の発言だった。


「思い付かないなら、オレらの方の情報を確認してからでもいいんじゃない? ほら、運良くAランク迷宮が消えたあたりに『宝箱』が残ってて、滅茶苦茶簡単に目標が達成できるかもしれないし」

「いや、そんなことないでしょ……」

「フェリシー後輩。夢を見ることを諦めるな」

「夢っていうかだいぶ浅瀬の欲望じゃないですか、それ」


 まあしかし、アルマとオズウェンふたりの提案を退ける理由も、今のところフェリシーにはない。

 なにせ何も思い付いていないのだ。それなら確かに、このあたりでうろうろ地面を削っているよりも、運良く『宝箱』を発見し、ハイエナのように群がり、めでたく全てを解決できる……そんな夢のある選択肢が本当に夢に過ぎず、人は現実と戦わなければならないということを再確認しに行った方が幾分か有意義な時間の使い方というものだ。


「……うん、じゃあ了解っす……。どうせAランクも行けそうなところがないか見ておくつもりだったし、とりあえずそっち行ってみようか。消えた迷宮の場所ってわかってる?」

「もち。ばっちり調べといた。あ、でも一応ミティリスも一緒に見てよ。そっちのが安心する」

「いいですよ。……っと、傘が重なっちゃいますね。地図、濡れないように気を付けてください」


 言って、アルマとミティリスは肩を寄せ合うようにして、地図に向き合った……らしい。傘の陰になっているから、フェリシーの目には映らない。


 それを見ていても仕方がないから、フェリシーは改めて空を見た。

 黒雲から、ぼろぼろと零れ落ちてくる雨の粒。思うのは、一番簡単な解決法。


「雨、そんな降らないといいなあ……。それが一番なんだけど」

「まあ、望み薄だろうな」


 答えたのは、天気予報が得意なシオではなく、オズウェン。


 シオの方が「言いにくいので言いたくない」という顔で口を噤んでいるのはわかる……空模様を見て、大体の予想がついてしまっているのだろう。

 でも、オズウェンが「淡々と事実を述べています」という表情でいるのは不思議だったので、


「えー……迷宮跡地に『宝箱』が大量にあるとかよりは全然あり得ると思いますけど」

「しかしイングレディオ公爵家の……面倒だな。副会長殿は未来省から出てる公文書を持ってきたんだろ」

「ですけど」

「なら、外れるわけがない」


 言っていることがよくわからない。

 というこちらの表情を読み取ってくれたのか、オズウェンは続けてくれる。


「なんだ、知らないのか。未来視が使えるタイプの魔術師が身近にいないのか?」

「いや……そもそも、未来視ってそんなに信用できるものじゃなくないですか。知り合いレベルならいますけど、その子、普通にジャンケン負けてゴミ捨て行かされてましたよ」

「ジャンケンレベルで未来視を使う魔術師がいるわけないだろ。それに、未来視の本領はそういうゲームでは発揮されない。……そうだな、」


 たとえば、と彼は言う。


「観測中の星が一ヶ月後に消えるかどうかとか、そういうことにかけては未来視は絶対に外れない。外すのは『まだ決まっていない』『まだ誰か未来を意識して行動を変更できる者の手が影響する余地がある』ものだけだ。ごく条件を絞った実験環境と、介入可能な存在がほぼいない巨大なものに対しては、未来視はほぼ絶対的に働く。ジャンケンみたいな些細なスイッチで結果が変わるものとは相性最悪だが、直近まで迫った天候――巨大なものに対する予測は、むしろ本領だ。だから普通は外れない」


 ははあ、とご高説賜って。

 しかし、フェリシーはわかりやすい反論の札を持っている。


「でも私の実家、未来省の天気予報が外れてめちゃくちゃ借金できましたけど」

「……――何?」

「予測されてなかった強風が続いて、収穫時期の果物が壊滅したんです。やや風が強い、くらいで出てた予報だったのに、そのときは領地の人たちも誰も外に出られないくらい天気が酷かったらしくて。もー……ここまで来てまた天気に苦しめられるのかって感じですけど」


 でも、だから逆も有り得るんじゃ、と。

 言い添えたくなったけれど、しかしフェリシーは立ち止まる。


「…………それは、何かがおかしいぞ」

 オズウェンが。

 真剣な顔で、自分の渡した情報を受け止めていたから。


「……あの、天候予測ってもしかして、本当にそんな――」

「リーダー。さっきから僕も気になっていたんだが」

 そして、シオまでもが。

 そういうことなら、というように、割り込んでまで口を開く。


「先ほど屋敷で見せてもらった予報図と、雨の降りが違う気がする」

「……それは、弱いってわけじゃなく?」

「強い。残念ながら。この調子で行くと、明らかにあの予報図に書かれていたのよりも多く降る。……オズウェンの言うことと、食い違っている。だから、」


 妙だ、と。

 シオが言った瞬間のことだった。




 とてつもない地響きが、フェリシーたちを襲った。



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