1-2 早速面接
『冷静に考えると冒険者ってコソコソ走り回って宝箱開けてるだけで成立しね?』
この言葉を最初に唱えたのが誰なのかは不明だが、しかしその人物が冒険者を取り巻く環境を変えたことには全く疑いがない。
二十年ほど前からのことだ。
それまで猛威を振るっていた『勇者』『剣聖』『賢者』『聖女』――これらの強力なジョブに代わり、『忍者』が冒険者の理想とされるようになったのは。
冒険者とは、すなわち様々な迷宮に潜り、その迷宮に隠された『宝箱』を開ける人々である。ここで言う『宝箱』というのは文字通りのことではないが、ひとまずそこは置いておく。
二十年前までは、その『宝箱』を開けるために迷宮内部の魔獣を正面から打倒し、征服する。それが冒険者としての主流の考え方だった。
しかし、今は違う。
『宝箱』を開けて『宝物』を手に入れるだけであれば、戦う必要はない。人々は、そのことに気が付いたのだ。
そう――人々は、理解した。
迷宮の中をこそこそダッシュして『宝箱』をバカスカ開けたら即帰宅。
これぞ一攫千金、楽して稼げる最高の仕事である、ということに!
卍 卍 卍
「皆さん、すでにお揃いだったんですね。遅れて失礼いたしました」
うひょー、という気持ちを心の中で噛み殺しながら、フェリシーは言った。
だって、嬉しかったのである。
面接官ということで、最も奥の席に座る――座る位置を調整するふりをして下を向く――その間にフェリシーは、抑えきれない笑みを他の四人から見えないように消費しておく。
だって、すごく嬉しいのである。
「いや、気にしないでくれ。むしろ俺たちの方が早く着きすぎた」
「ええ。かえって礼を欠いてしまったのではないかと四人で相談していたところです」
「とんでもない! こちらこそ今日の今日でこれだけ早く集まっていただいて……嬉しいです!」
そう、やる気。
この冒険者たちにはやる気があると、わかったのだ。
求人に三日で反応が来たと聞いたとき、そして面接をその日の午後に設定できると聞いたときも「ひょっとすると」という気持ちがあった。しかし実際に、こうしてその証拠のように全員がこんなに早く集合しているところを見せられてしまっては、とうとう喜びを抑えきれない。
正直に言って、フェリシーはこれから結構、無茶苦茶なことをやるつもりだ。
だから重要になるのは、集まってくれた冒険者たちのモチベーションだった――それがこれだけ『高そう』となれば、そりゃあ笑みだって漏れる。むしろ顔を上げた瞬間にいつもの優等生スマイルに変換できていることを褒めてほしい。誰かに。四六時中にやにやしていたって何もおかしくないし、責められないほどなのだ。誰にも。
強いて言うなら「流石に三十分前に来るのは早すぎない?」という思いがないでもなかったけれど。
「そうかい。そう言ってもらえるなら助かるよ」
「ええ、本当に。本日はよろしくお願いいたしますね」
「はいっ! こちらこそっ!」
集まった四人の中でも年長の方なのだろう、早速穏やかに話し始めてくれた灰色の髪と水色の髪のふたり、それに合わせて「よろしくお願いします」と頭を丁寧に下げてくれた残りの赤髪と黒髪のふたりを見れば、そんな不安も消えてしまう。
いける、とフェリシーは思った。
誰に占ってもらったわけでもないけど、たぶん私の今月の運勢は絶好調だ、と。
「ええと、それじゃあ折角早くお集まりいただいたので、早速面接に移らせてもらいますね。問題ありませんか? お手洗いとか、もしあれば」
大丈夫、という四人の反応を見てフェリシーは頷いて、
「それでは面接を始めさせてもらいます。……と言っても、募集の張り紙からお察しかと思いますが、急を要する求人です。他の冒険パーティの求人と違って、細かく経歴や能力を勘案したりすることはないので、よほど募集条件とのミスマッチがなければ全員採用させてもらうつもりです。気楽にお話していただければ」
ここでフェリシーは、再び四人の反応を窺った。
本来、冒険者パーティの面接というのはもう少しかっちりしたものである、と知識としては知っていたから。少しでも人手が必要な以上、ここでの選り好みは最小限にしておきたい……けれど、「おいおい、そんなに緩い条件なのかよ」「こっちは真剣にやってんだぜ!」「私は家に帰らせてもらう!」と席を立たれることだってあり得る。そう思って、慎重に。
しかしやはり、四人はただ頷くだけだった。
よし、とフェリシーは思う。
求人に書いた【急募】【短期間で稼ぎ切りたい方向け】の文字。あのあたりでうまい具合に了解が取れていたのかもしれない。幸先が良いどころか、話の頭から尻尾まで全て『幸』で埋まっている可能性が出てきた。
そう思って、彼女は。
残念ながらそこで違和感を覚えずに、話を進めてしまった。
「それでは順番に……」
「お。じゃあオレからでいいかな」
ちょうど端っこだし、と手を挙げたのは赤髪の少年。
どちらから指名しよう、と悩む手間が省けた。では、とフェリシーはそれを受け入れて、
「お名前と経歴、それから得意なことと志望動機ですね。簡単にお話しいただければ」
「はい! 名前はアルマで、年は十七。経歴は……前は四大の『赤』に、一年くらいいた」
「四大、」
うええ、と内心は大層驚きつつ、しかし冷静を装いながら、フェリシーは手元に用意しておいたメモに書き留めた。
アルマ。十七歳だから、自分の一つ上。赤色の髪に、金色の瞳。どことなく少年めいた雰囲気が残る青年。
話し方は冒険者としては標準的だ、とフェリシーは判断する。丁寧語でのやり取りは業界ではそこまで一般的ではない……これも知識としては知っている。そのうち自分も、もっと砕けた話し方をするようになるだろう。
で、そのあたりの基礎的な情報はのちのち掘り下げていけばいいとして。
今はそれよりも、はっきり目立つ情報のこと。
「……失礼ですが、この求人よりもそちらの方が全面的に条件がよろしいのでは」
彼が口にしたのは、並大抵のことではないのだ。
四大というのは、この国で最大手の冒険者パーティのことだ。『赤』というのはそのうちのひとつの略称。求人倍率は『忍者』のジョブ資格取得試験合格倍率の二十倍、かつて全盛期だった頃の『勇者』『剣聖』『賢者』『聖女』取得試験のそれにすら匹敵するとも言われている。
どう考えても、こんな場末の冒険者面接に来ていい人材ではない。
ほんのりとフェリシーの心の中に怪しみの気持ちが生まれたところで、しかし、
「いやあ、なんか合わなくて」
アルマはあっけらかんとして言った。
「オレが求めるものと向こうが求めるものが上手く合致しなかった、って感じかな。あ、その流れで言うと得意なのは不意討ち。『忍者』のジョブ持ちだから、当然基本的なことはできるけど、一番輝くのはそれかな」
「は、はあ。なるほど……」
なんだか経歴の部分は軽く流されてしまった。
ちょっと面食らいつつ、しかしフェリシーはしつこくその掘り下げをすることを選ばなかった。年若いとはいえ四大出身の忍者なんて、逃す手はない。ここはひとまず、無難に加入まで持っていかなくては。
「では、志望動機としては――」
「自分の能力を最大限活かせるところを探してる。大手から出ると意外と業界の全体図とかわかんないし、短期契約のところを幾つか回って感触を掴もうと思って」
ふんふん、とフェリシーはさらにメモを取る。
話を聞く限りで、彼の言わんとすることは把握できた。
彼の得意とする『不意討ち』――これは少し聞きかじった限り、四大レベルの冒険者パーティではそれほど重視されない技能のひとつだ。忍者の資格取得試験の選択項目には含まれているが、大手では本人の嗜好を活かす余地がなく、中小でより好条件のところがないか探している、というところだろう。
だいたいわかった、というつもりになって。
はい、ありがとうございました、とフェリシーは話を切り上げにかかる。
が、そこで不意にアルマは、
「あ! で、好きなタイプはふわふわの銀髪の女の子かな!」
「……え? あ、はい……」
全然訊いていない情報を、唐突に開陳してきた。
どうしてそんなことを言ったのか、を考える前にまずフェリシーは自分が『ふわふわの銀髪の女の子』であるという事実を再認識する(よって自動的に彼女は寝起きに雨だと「うわっ」と思う)。そしてその事実とアルマの言動から考えられる簡単な推測が、彼女の頭の中に浮かぶ。
今、ナンパされてる?
まさかあ。
「そうなんですね」
「ああ!」
フェリシーがにっこり笑いかけると、彼も爽やかに笑い返してきた。