4-4 ちょっと耳貸して
「よし行けアルマ! 常に魔獣から攻撃の矛先を向けられながら奥の方に立ち回るんだ!」
「ごめん、フェリシー。全然無理。見向きもしてくんない。『宝箱』の方いっちゃうわ」
「……よし! シオくん! こうなったらひとつの迷宮じゃなく複数一気に回ろう! 回りまくろう! 金箱だけ一気に回収しよ!」
「すまない、リーダー。全然迷宮の探索予約が取れないし、そもそもそれだけではとても目標金額には……」
「――要は『鍵開け』中に魔獣を抑え込めればいいんでしょ!? オズウェン先輩! ここは私に任せて今のうちに、」
「悪いな、フェリシー。ところで顔が青くなってるし魔術障壁も釣られてどどめ色になってるみたいだが、死ぬのか?」
「……――わはは! やったねミティリスさん! 自力で壁が作れないなら天井でも何でも崩落させて通行止めにすればいい! 自分以外の力を最大限使う頭があることが人間の証明ってものですよね! やーい! 悔しかったら大回りでダッシュしてきてみろ! ばーかばーか! 財布!」
「残念ながら、向こう側から土壁を食い進まれているようです。魔獣が迷宮を食べることがある、というのはこれはこれで価値のある知識かもしれませんが……あの、フェリシーさん。大丈夫で――ああっ、そんな勢いで壁を殴ったら骨が!」
卍 卍 卍
「この一週間は、」
振り返り、フェリシーは。
堂々と、宣言した。
「人生の無駄でした!!!!!!!!」
「言い切った」「可哀想だ」
「……まあ、確かに効率はな」「そ、そこまででは……」
時刻は午前一時。場所はいつものフェリアーモ家オンボロ屋敷。
頼りない蝋燭の明かりを囲んで、五人は車座。外はいつものとおり大荒れで、ひょっとすると嵐になっているのではないかと思われるが、ここのところ一行はまるで天気のことを気にする余裕がない。並の神経の持ち主であれば頼りないのは蝋燭の明かりだけではなく屋敷の窓とか屋根とか壁とかそういうものもそうだ、と怯えてしまいそうな不吉の夜だったが、不思議とこの五人はそういうことを完全に無視している。
代わりに、真剣にこれからのことを話し合っている。
それもここのところ、毎日のことで。
毎日そういうことをしているということは、これからのビジョンが全く固まっていないということだ。
「皆さんもおわかりのとおり、全然このパーティの進捗は芳しくありません」
「いや、それでも普通のパーティにいるよりは実入りいいけど……」
「ああ。僕も最近、買い物をするとき値段を見なくなってきた」
「いやちゃんと見ろ。シオの食事量だとしっかり資金管理しないと大金を持ってもすぐに崩れるぞ。……で、確かに。フェリシーの目標からすると、だいぶ厳しい位置にいるな」
「そうですね。ええと、確か作ったチャートが……」
あ、それオレ持ってる、さっき見てた、と言って。
アルマがミティリスとの間に、そのノートを敷く。
ふたり揃って、仲良くそれを覗き込んで。
ミティリスは「うーん……」と難しい顔をして、一方でアルマは逆に晴れがましい表情を浮かべて、こっちを見て、
「――それだけバイタリティがあるなら、どこ行っても大丈夫だって! 切り替えていこ!」
「まだ四十三日もあるの!!!!!!!!!!」
フェリシーは叫ぶ。
ここのところすっかり声が大きくなってきた……もはや街は深夜も深夜。しかしそれにも負けず、
「四十三日あればなんだってできるでしょ! 海に行ける山に行ける求人も十四回できる! 蝉だったら六回死んで七回目の人生が始まるところだよ!?」
そういう静けさの全てが全く無関係と言わんばかりの大きさで、彼女はオンボロ屋敷に声を轟かせた。人生は一回きりだよ、というアルマの冷静な言葉すら掻き消して。
「しかし、面白くないのは事実だな」
その意気に、同調する者もいる。
「フェリシーの自前での『精錬』と、俺たちの少人数構成に対する適性……極端な長所が上手くバラけてるこの状態は、そうない好条件だ。それがこう立ち往生じゃ、こっちとしてもやり切れん。上手くすりゃ濡れ手に粟、一生分の生活費が手に入るはずのところを……」
「そう! いいこと言った! オズウェン先輩!」
「いい男だからな」
「違います!」
が、いいことを言ったのは本当だったので、
「というわけで、何か案があったら出してください。何でもいいんで……」
「急に意気消沈した」
「リーダー、最近情緒の起伏が……大丈夫か? 疲れすぎだと思う」
「ううん、大丈夫。いつもこんなんだから……」
「余計大丈夫じゃないだろ、しっかりしろ」
「あまりオズウェンくんが言えることじゃない気もしますが……」
なんだと、あはは噓嘘いやほんと、とオズウェンとミティリスのふたりがじゃれ合っている横で、アルマとシオのふたりは真面目にうーん、と首を捻ってくれている。
「……でも、オレも思い付かないな。てかフェリシーがすごいよ。よく毎日毎日あんな作戦ばっか出てくるよね。もう……いくつやったっけ?」
「二十くらいはやったんじゃないか。僕はあれが一番驚いた。『9-9-10』作戦」
「めっちゃわかる! あれオレも真面目に感動したもん。こういうこと考える人が悪い法律とか作ってるんだろうなって」
「それ褒めてる?」
「ああ。僕もこういうことを考え付く人間が群れのリーダーになっていくんだと思った。火の発明をしたのもリーダーだと思う」
「びっくりするほど違うよ」
『9-9-10』作戦。
これはこの一週間でフェリシーが試した作戦のうちのひとつだ。『宝箱』に魔獣が集中するなら集中させておけばいい、という発想の下に組まれた案で、まず10個の『宝箱』を回収し、どこか邪魔にならないところに設置する。その間に上限を9までとして別の地点に『宝箱』を回収し、『鍵開け』を行うというものだ。
ざっくり言うと、『10個集めた方で魔獣を釣って、その間にのんびり空き巣するぞ』作戦である。
回収した『宝箱』を『報酬』のカテゴリから解放し、利用可能な『リソース』として再定義、この探索の構造を組み替えた妙案としてメンバーからは非常に高い評価を受けた。
が、その作戦を実行してなお、この状況ということは。
「でもあれ、全然意味なかったし」
「名案だと思ったんだけどなー。結局あれ、オレはよくわかんなかったんだけど『宝箱』の個数が一番大きいところに集まるわけじゃなかったってこと?」
「僕に訊かれても……。どうなんだ、リーダー」
「うーん……多分、動きのランダム性が思ったより高かったのかな。魔獣って言われてるほど単純知性じゃないのかも……わかんないけどね。結局どのくらい『宝箱』を集めれば全部釣れるかもわかんなかったし、一個と二個、二個と三個で実際どのくらい誘因力が違うのかデータも取れなかったし」
そんな時間はなかったし、そもそも迷宮の中でのんびりデータを取っている冒険者なんてこの世にいない。いても流石に死体か幽霊に転職しているだろうとフェリシーは思う。
「ていうか私的には誘導系なら『一生迷ってな……お前が!』作戦の方が出来良かったと思うんだけど」
「何なのそのネーミング」
「わかんない」
「あの頃のリーダーは突然笑い出したりしていて様子がおかしかったからな」
「オズウェン亜種じゃん」
失礼な、とフェリシーは失礼な反応をした。
するとちょうどそのタイミングで、オズウェン(本家)も会話に参入してきて、
「俺は『忍法リポップ封じ』が好きだな。地形変化のアプローチは大胆だ」
「どっちのですか?」
「どっちもだよ。蜘蛛の型はシオの走力とミティリスの音技ありきの限定性があるが、迷宮中に糸を張り巡らせて魔力振動させることで魔獣の再生成に対する弱い妨害をする……強い力の発生を持続する弱い力で掻き消そうという発想は面白い。水遁型もそうだな。迷宮の外から地形変化を起こして内部で液体を傾斜移動させる……ダイナミックで好みだ」
先輩からの大変ありがたいお褒めの言葉だ、とフェリシーは思う。
リソース不足と構造欠陥で普通に失敗しなければもっとよかったのに、とも思う。
「『9-9-10』作戦が人気みたいですが、私はその後の『はこいりおひめさま。』作戦も好きですね」
「私そんな恥ずかしいこと言ってた?」
「言ってました。ばっちり。『宝箱』の耐久性を活かして通路に上手く整列させたり嵌め込んだりすることで、バリケードとして機能させる。パズルみたいで楽しかったですし、ああして『宝箱』が並んでいるのを見ると、銀行の金庫に入ったみたいで壮観でした」
ああ、と言われて思い出す。
確かあれは……、
「体当たりで迷宮の方の壁が壊れて終わったやつ……」
「ま、まあそうなんですが……。でも、魔力親和性のせいで『宝箱』の衝突は簡単に迷宮を破壊してしまうなんて、きっと大発見ですよ!」
オズウェンと額を突き合わせてものすごく時間をかけて計算して構造を作ったのに力業で突破されて、ショックで記憶が吹っ飛んでいた。
そしてそんな大発見をしたところで金輪際他の誰も使わないと思う。そこから発想した『土遁の術』――地面や壁に『宝箱』を埋め込む作戦も、魔獣が迷宮を食べる性質を事前に知っていたからやる前から失敗が見えてしまったし。というかオズウェンが『鍵開け』中に『宝箱』越しに迷宮の壁を破壊していたのを目にした時点で、この性質については気付いておきたかった。魔術職が素手で壁を破壊しまくるのは変だ。変に見えなかったのも変だ。
「こう考えると、マジでフェリシー頑張ってんね」
「申し訳ないが、この場に出せそうな新しい発想は僕には……」
「俺もできれば力になりたいし、金も欲しいんだがな」
「そういえばフェリシーさんは、どうやってそういう発想を出しているんですか?」
「え?」
どうやって、と訊かれても。
「普通に……」
「普通に?」「普通ではないと思う」
「いや、結構普通だよ。単純にプロセスを区切って、そこで何か弄れないかなってバリエーションを考えて」
たとえば、とフェリシーは言いながら、全員に見えるようにノートを置いて、そこに書きつけ始める。
一番最初の攻略では、
①『宝箱』を集める
② 魔獣が寄ってくる
③ 魔獣を一掃する
④ 魔獣が再出現する
⑤ 魔獣が寄ってくる
の五つの工程を踏んで、最終的に対処不能に陥った。
「だから①~⑤のうちどこかを切って別の流れにできればいいって考える。『忍法リポップ封じ』が一番わかりやすいけど、あれは④を弄って別のルートに……とか、そんな感じ」
「へえ」「ほう」
「興味なさそうじゃん」
「いや、なんか思ったよりレベル高くて」「ついていけそうになかった」
年少組は『お手上げ』のポーズ。
ついでにアルマは「⑥まであったらサイコロでも振って決めたら、とか言えたんだけどね」とたわけたことまで言うから。
仕方ない、とフェリシーはまた自分で考え始める。
こうして文字にしてみると、②と⑤のプロセスは被っている。違うのは位置だけ……と見せかけて前提条件が違う。②ではアルマの必殺技が使用可能な状態で、一方⑤では使用不能になっている。
ということは、とフェリシーは気が付いた。
「アルマが必殺技を連発できれば④から②に戻って無限ループが出来る……」
「死んじゃうよ。てか無理だし」
それができれば苦労はしない、ということ。
アルマが言うには、例の〈開闢剣〉は一度の発動で彼の魔力の八割を持っていく。さらに仮にその八割の魔力を誰かが肩代わりしたとしても、剣自体が連続稼働に耐えない。〈開闢剣〉は使い手の魔力を剣が独自の魔術機構によって増幅して破壊力に変換するため、機構自体が焼き付いている間は不発に終わるとのことらしい。
そして〈開闢剣〉に頼らない限りは、魔獣の一掃なんて夢のまた夢だ。誰でも簡単にそんなことができたら、今頃もっと冒険者は人気職になっているだろうし、報酬も下がっているに違いない。
「まあ正直、連発できればって自分でも思うけどね。オズウェンの言う通り、今が儲けるチャンスだってことは間違いないし。こんなに気持ち良く〈開闢剣〉を撃てる機会もそうないし」
「儲けに関しては僕も同意見だ。出来ることがあるなら何でもする。何でも言ってくれ」
「右に同じ」
「私もできれば、目標額に届くくらいには稼ぎたいですね。折角ですから」
「ありがとうみんな……! お金の亡者フレンズ!」
このあたりは、度重なる冒険の中でしっかり意識共有できていた。
一週間の失敗続きにも関わらずメンバーのモチベーションが落ちていないのはフェリシーにとって大変ありがたいことだった……単に、すでにいくらか前払いできている分を堪能して良い気分になっているからかもしれないが。
が、モチベーションだけでやっていけるほど、十五億の目標は低いものではなく。
④から②へのループだって、気合と根性だけでは――、
「――ん?」
「お、なんか気付いた?」
「いや、なんか……」
ふとそのとき、フェリシーは不思議に思った。
「④から②へのループって、なんで①は無視されるんだろう……」
「え、そりゃあ……」「すでに集まっているからだろう、『宝箱』が」
アルマとシオが、すぐさま返してくれる。
確かにその通りだ。自分でも何をどう疑問に思っているのか、よくわからない。
けれど何か、違和感が……。
「ああ。②と⑤の厳密な違いを気にしてるのか」
すると、オズウェンが差し込んでくれた。
「え?」
「こういうことだろ。②と⑤の違いはアルマの必殺残弾の問題、つまり後ろに③を置けるかどうかにかかってるように見える。が、よくよく考えれば前置されている工程も違う。そこが引っかかってるんだろ。今の言い方だと」
ああ、とそれでミティリスも頷いて、
「それはそうですよね。②の事前準備として行うべきだった①……『宝箱』の回収が要らないから、私たちの別行動を挿入する余地がある。『はこいりおひめさま。』や『忍法リポップ封じ』はこの時間的余裕がないとできない大掛かりな作戦ですし」
「とは言っても、実際には①を行うタイミングもこっち次第だから、それほど大きな違いでもないがな。『9-9-10』は実際そこに、」
「――――違う」
ふっつりと。
オズウェンの言葉の途中で、フェリシーは呟いた。
遮られたオズウェンはフェリシーを見ている……けれど、彼女はそれに気が付いていない。翡翠色の瞳は誰も知らない場所に吸い込まれてしまったかのように煌めいて、目の前にあるものを映していなかった。
ただ淡々と、彼女の思考は声になって抜け出てきて、
「前提条件の違いの本質は時間的余裕じゃない。……重要なのは『宝箱』の全部をこっちが握ってること、④の発生プロセスに介入できること、……迷宮のコントロールを、実質こっちが掌握してること……。そっか、始まる前に敗れた発想も、本当は……」
ここにあったんだ、と。
フェリシーは、ノートに書き足した。
それは、『⑥』番目の記号。
「あのさ、」
そして四人に見守られる中で、フェリシーは顔を上げた。
「シオくん、ちょっと耳貸して」
「む」
なんだ、と言って、シオは疑いもせず顔を寄せてくれる。
フェリシーも同じように顔を寄せて、ごにょごにょごにょ、と耳元で囁いて、
「できそう?」
すると、彼は。
「…………実は僕は、全力で走ったことがない」
真剣な態度で、答えてくれた。
「本気で走ると、推進力を体重が抑えきれない……らしい。以前見ていた人から言われた。踏み込んでから次に着地するまでの時間が長くなりすぎて、地面を蹴る回数が減り、結果的にトップスピードに乗り切らないそうだ」
どういうことなの、とアルマがごく当然の反応を返すが。
しかし、シオは。
「だから――」
ゆったりと、微笑んで。
「それができたら、すごく楽しいと思う」
「――――よし、決まり!」
だから、フェリシーは立ち上がった。
立ち上がった分、雨の音が近くなる。雷がじりじりと燻る気配も髪の先まで伝わってくる。時刻は午前一時半。ソロ攻略の予約が取りやすいのは大抵午前三時からだから、すっかりいつもの時間。残りは九十分。
夜明けまでには、十分な猶予。
「今日の分の作戦を、説明します」
フェリシーはそうして、言葉を尽くし始めた。
四人の反応は、やはり様々だった。
呆れ、困惑、茫然、半信半疑……けれど、アルマが「ふへっ」と洩らしたのを機に、そしてフェリシー自身も釣られて「ふふっ」と噴き出したのをきっかけに全ての反応は、ひとつに収束していく。
真夜中の。
嵐を掻き消すような、大笑い。
それが静まると、不思議とシオとオズウェン、それからミティリスの視線はアルマに集中する。え、オレなの、というようにアルマは自分を指差して、頷かれて。
きっと、それだから彼は。
こちらをじっと見つめて、少しだけ素面に戻ったような、しかしまだどこかあの笑いの中に身を置いているような、不思議な温度の表情をして。
こう訊いてくる。
「正気で言ってる?」
勿論、本気で言っているに決まっていた。