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4-3 どんまいだ



 Bランクの迷宮大主がどれほどの実力を持つのか。

 こうしてBランクの迷宮に挑戦しておきながら、実はフェリシーは、それを詳細には知らない。



 というのも、そもそも近年の接敵記録がほとんどないのだ。

 忍者によって構成された冒険パーティはとにかく魔獣との交戦を嫌うし、それを避けられるだけの技量が基本的には備わっている。特に高ランク帯の迷宮大主なんてものは大抵の場合図体がでかいかとんでもない魔力を有していて、曲がり角のその先の先の先の先にいたとしてもわかるくらいの存在感を放っていることが多く、とんでもない大ポカをやらかさない限りはまず気付く。らしい。しかもたとえ気付かずに接触してしまったとしても、今の時代なら後先考えない猛ダッシュによってとりあえず逃走することだけはできる。らしい。


 そういうわけで、通常共有されている情報の範囲では、全く以てBランク迷宮大主の強度はわからない――逃げた方がいいらしいよ、というくらいのものしかいっちょかみの子爵令嬢では掴めなかったし、何なら隣にいるオズウェンとミティリスに聞く限りでは、低ランク帯をメインに据える冒険者たちすらもその程度の認識で活動しているらしかった。


 しかし、かえってそれがよかったのかもしれない。



 正しい知識を持った大手の冒険忍者たちであれば、まずフェリシーたちの考えた作戦が採用されることなど、なかったはずだから。




卍 卍 卍



「――今だ、アルマ!」

「おうさ! いくぜ必殺――〈開闢剣・原初の火〉!!」

「――やった!?」

「や……――ったな! 全滅だ!」

「お見事です、アルマさん! シオさん!」


 一般冒険者が見れば泡を噴いてぶっ倒れて、目覚めて、もう一回ぶっ倒れて、もうぶっ倒れたままでもいいかという気持ちになるような光景だった。



 途轍もない光と音だった――しかも、Eランク迷宮でミノタウロスを相手に撃ち放されたときとはさらに段が違う。


 しゅうしゅうと、いまだに土が燃えるような熱が残っている。

 魔獣の死骸は焼け落ちて迷宮の魔力として還元されてゆき、後に残っているのは五人の冒険者たちと、そのうちの二人が迷宮中を駆け回って集めてきた夥しい『宝箱』――『鍵開け』による解放のほか、いかなる物理・魔術干渉も受け付けない特殊な構造体だけ。


 ついさっきまで、そこには強大な魔獣が存在していた。

 それを目の前にしたフェリシーが、思わず「借金とか関係なくこれ終わったな」と確信してしまうような、鮮烈な魔力の塊が。


 しかしそれも、今はバラバラになり。

 その『バラバラ』を風に散らすように、赤い髪の青年は長剣を華麗に振り回し、何度も練習した末にようやくその域に至ったに違いないと察さずにはいられない滑らかさと淀みなさで鞘の中にカチンと収め、涼やかな表情で瞼を閉じて、


 こう言う。


「――――き、も、ち、いい~~~~~!!!」

「気持ち良くなってるやつがいるな」

「まあ、あれだけ派手にやれたならそうなりますよね」

「見たあ!? 今の! 言ったじゃん、Bランクの迷宮大主も一撃だって!!」


 全く作戦通りの出来事が、そこでは起こったのだ。

 発案は至極単純。魔獣が入り口近くに纏まってしまっているなら、かえって好都合。高火力で焼き払ってしまえばむしろ一網打尽。一石百鳥千鳥一万鳥。


 詠唱のための時間を、シオが見事な機動力で魔獣の群れを攪乱し。

 そして解き放たれた魔術剣は、絵に描いた餅を見事こんがり焼き上げて、五人の目の前に給仕した。


「と…………」

 となれば、フェリシーは。


 曲がりなりにもこの冒険者グループのリーダーとして、言わなければならないことがある。


「――獲り放題だ!!!」

「ああ。ここからは俺が稼がせてやる。期待してな」


 目の前には選り取り見取り。

 質素に生きるつもりの人間では一生目にすることもないだろう大きさの魔晶が封じられた『宝箱』が、無防備に転がっているのだから。


 腕まくりをした最年長の男が、意気揚々とその『宝箱』の群れに突っ込んでいく……フェリシーはその不敵な表情を見て、作戦の完全な成功を確信した。あとは『鍵開け』成功率十割のこの忍者に任せておけばいい。始まって数秒ですでにキレ散らかして壁に『宝箱』が投げつけられているが、そんなことは気にしなくていい。忍者だと思うからダメなのだ。ラッコがお腹の石に貝をぶつけるようなものだと思えば何の違和感もない。フェリシーは目を逸らした。


 すると逸らした先では、満面の笑みのアルマと、ほのかに微笑んでいるシオのふたりが、並んで立っている。


 ここはリーダーとして、一言申してやらねばなるまい。


「アルマ!」

「はい!」

「ナイス!!」


 言って、ビンタするように右手を振り上げれば。

 それにカウンターを打つように、アルマも同じく右の手を振り上げて。


「いえーい!」

「いえーす! 名誉挽回!」


 勝手な挽回宣言すら、あえてフェリシーは否定しない。

 そのくらいのことは、もうしてもらったと思っているから。


「めっちゃすごいじゃん、その剣! 頼りになるぅ!」

「………………」

「……え、どしたの。急に黙って」

「……いや、なんか感動して……」


 そして人との対話中にやや年上のこの青年が急に黙って感動し始めたことに対しても、「まあ追放されるような人なんだし色々あるんだろう」とあえてフェリシーは否定しない。


 代わりに、もうひとりの功労者の方を向いて、


「シオくんも! どうだった? 走ってて。危なくなかった?」

「全く問題ない。アルマもかなり速かった。気持ち良く走ることができて、すごく楽しかった」


 むふー、と本当に満足げに息を吐いて、平坦な感情表現の中にも抑え切れない嬉しさを滲ませてくる、黒髪の少年。

 それを「そっかあ、よかったねえ」という気持ちで、フェリシーも優しく微笑んで受け入れる。


「いやー、でも。最初はさ」

 その間にアルマは再起動を果たしたらしく。


「ぶっちゃけこんな作戦上手くいくわけないだろと思ってたんだけど」

「おいこら」

「いや、最初はね! 最初の話だから! ……でもなんか、やってみればできるものなんだなあって。シオもそう思わなかった?」


 振られてシオは、頷いて。


「同意見だ。長所が活かされ、短所は上手くカバーされている。『宝箱』が集中することで、こちらを追う魔獣も後半は数を減らしていたし」

「あ、そうだったんだ」

「ああ。かなり楽になった。これならよほどのことがない限り事故は起こらない」


 それに、と彼は。

 ラッコが大暴れしているこの空間に敷き詰められた『宝箱』を見下ろして。


「これだけの収穫だ。繰り返していけばリーダーの……パーティの目標の十五億にもかなり余裕を持って届くだろう」

「うん! ほんっとーーーにありがとう!」

「こちらにも大きな利益のある話だ。構わない。今から何を食べるか楽しみだ」

「ただフェリシー、この手法ってたぶん、他のパーティとバッティングしちゃうと……」


 アルマの心配に、そうなんだよね、とフェリシーは応じる。


「めっちゃくちゃ迷惑だよね、これ……」

「うん……」「殺されても文句は言えないと思う」

「今回は何とかこの時間帯なら貸切が効いたんだけど、これからはどうかな……。毎回結構酷い時間にお願いする感じになっちゃうかもしれないんだけど、大丈夫?」

「大丈夫。もう酷いのに耐えてるし」

「おい」


 シオまで一緒になってうんうんと頷くので、またどうせオズウェンとミティリスのふたりにも確認を取らねばならず、そして突っぱねられたら押し切らなければならないことなので、フェリシーは一旦その話をこの場で詰めることは諦めて、


「――まあとにかく、ふたりともお疲れさま! あとは余裕があったら、『鍵開け』を手伝ってくれると嬉しいかな! 私も見よう見まねでやってみるし!」

「オッケー。オズウェンには及ばないけど、オレも大手忍者の平均ちょい上くらいにはできるから、簡単そうなのは片付けてみるよ」

「了解した。あまり得意な方ではないが、できるだけやってみよう」


 というわけで、合流することに決める。

 すでにオズウェンの大暴れっぷりは怪獣の領域に達していたが、フェリシーはそれを横目に、座り込んで先に取り掛かってくれていたミティリスのすぐ傍に腰を下ろす。


「ごめんなさい。話し込んじゃって」

「いえいえ。私もさっきからやってみてはいるんですが、ポーズだけです。やはりBランクは難しくて……まだ一個しか」

「あ、でもすごいじゃないですか! もう開けられて!」

「ふふ、そう言ってもらえると……。あとでオズウェンさんが開けた分とまとめることになると思いますが、先に渡してしまいますね」


 はいどうぞ、と歌うように。

 ミティリスはポケットから青色の魔晶を取り出して、こちらに手渡してくれる。


 恐るべきことに、それだってEランク迷宮の金箱から入手したものの七割程度の大きさがある……もちろんこれを持ち帰った後はきっちり自分が『精錬』をしなければならないし、巨大な魔力を有していればいるほど手間もかかるようになるので、気が遠くなる一面もある。


 けれど、金に目が眩むというのも悪いことばかりではない。

 くらくら眩んだ視界では、目の前に悠然と横たわるこれからの作業量など、なんか薄ぼんやりしていてどうでもいいものに過ぎないのである。


 というわけで、フェリシーはそれを受け取ろうとする。


「ありが、……と、う……?」

 が、その受け渡しはスムーズにはいかなかった。


「…………? あの、ミティリスさん、手……」

「………………」

 差し出した当人が、なぜかそれを渡してくれなかったからである。


 ミティリスは、自身の手のひらの上に置くようにして、魔晶を差し出してきた。

 だからフェリシーはさらにその魔晶の上にぽん、と自分の手のひらを重ねるようにして、それから掴んで持ち上げようとした。


 が、ミティリスはがっしりとそれを掴んだまま、離さなかった。


 なんなんだろう、とフェリシーは思った。何の目的があるのだろう、と。

 が、ここまで来るともう慣れたもので、「また『実は私は魔晶が大の好物で他人には死んでも渡したくないんです、すみません』とか言い出されるのかな」「じゃあ次の対策を考えないとな」という気になっていた。普段からアクの強い人間に囲まれて過ごしている彼女は、奇人変人がわーっと押し寄せて百面相を披露してくるこの二日間に、早くも適応を見せ始めていたのである。


 だから、かなり余裕を持って彼女は、「次はなんですか、もう」という感じの半笑いで、ミティリスに語り掛けようとした。




「――オズウェン! 金箱を先にやれ、今すぐに!」

 それよりも、ミティリスがこれまでの丁寧語を廃した大声を出す方が早かった。




 フェリシーは当然その変貌に驚く――ついさっきまでがっしり握りこんでいたミティリスの手が急に離れた勢いで、ごろんと地面に転がってしまったりもする。見上げれば彼はすでに立ち上がっていて、さらにはあの大暴れする恐怖の魔術師にずんずかずんずん、と大股で近付いてもいる。


 そして、驚くべきことに。

 我を忘れて『宝箱』を開け続けるオズウェンを後方からどついて、振り向かせることまでした。


「アァ!? ガルルルルル!!!」

「いいから早く!! 間に合わなくなる!」


 当然のように野性の言語で返してきたオズウェンを相手に、全く怯みもしない。

 有無を言わせず金箱を押し付ける。取り掛からせる。それからすぐにその足で、こちらまで歩いてくる。真上まで来る。そこまでされるとこちらは怯み、その隙に、


「失礼します」

「へ、」


 本当に失礼される。

 がしっ、と服の後ろ首の方を掴まれて。



 ぽいっ、と迷宮の出口の方に投げ捨てられたのだ。



 ほああ、と叫び声を上げる暇もない。そんな腕力があったのか、と意外に驚く隙間もない。隣でアルマも同じことをされて宙を舞っていることなんて、まさかまさか。


「――っと。大丈夫か、ふたりとも」

「あ、びっ、」「っくりしたー。サンキュ、シオ」

「気にするな」


 こちらが着地する前に回り込んでキャッチしてくれた、彼に。

 シオに声をかけられてから、ようやくわかることだ。


 転ばないように、とシオから声をかけられつつ、お礼を言って着地。

 気を取り直して、此度の謀反は一体いかなる料簡じゃ、とミティリスに詰め寄るべくして、フェリシーは歩き出そうとする。


 が、やはりそれよりも先に、今度はオズウェンの長身が宙を舞って、こちらにやってきた。


 うぎゃあ、と思わず声を上げたのも仕方のないことだとフェリシーは自分で思う。その巨体もシオがキャッチして正しく地面に下ろしてくれたけれど、当然こんなものが降ってくれば誰だって驚く。


 オズウェン自身も「…………?」と全く事態を把握できていない様子で――いやさっきのはしゃぎようから見ると単に我を失っていた時間が長すぎてすぐには自分が何者か思い出せずにいただけなのかもしれないけど――もう、何もかもが唐突で、理由がわからなくて。


 けれど、最後のミティリスが迷宮から出てきて一秒もしないうちに、フェリシーのみならず一行は、彼の奇行の意図を知ることになる。


「えっ」

「うわあ」「……なんだ。これは」

「……は?」「あ、危なかった……」




 どばっ、と一気に。

 ついさっきまで彼らのいた場所に、魔獣が押し寄せてきたがために。




 しばし、沈黙だけが漂った。

 ミティリスだけが息を整えている……他は全員、茫然としている。ついさっきまで自分たちの思うがままだった『宝箱』の全てが、再び魔獣の手の中に戻ってしまったという現実の認識を、脳が拒否している。


 リーダーとしての自負か、それともこの状況で一番追い詰められた人間だからなのか、フェリシーが一番最初に口を開いた。


「…………何? どういうこと?」

「すみません。私にもさっぱり……。突然魔獣の群れる音が聞こえたので、咄嗟に」

「……『再出現リポップ』したのか?」


 ぼそり、と呟いたのは、ようやく自我を取り戻したらしいオズウェン。

 他の四人の視線が集中すれば、与太話の範疇だが、と前置きしてから彼は話し始めた。


「低ランク帯の忍者は技量不足で接敵する場合がしばしばある。それなりの筋力や魔力があれば問題なく打倒できる範囲の魔獣が相手だから、大した危険はないんだが……」


 それはこの場では、低ランク帯を主な活動範囲としていた彼だけが語ることのできる知識……あるいは、迷宮風説。


「たまに言うんだよ。そういう『ちまちま倒しちまった魔獣』が結構な数いる割に、どうして迷宮の中で見かける敵影の数に変わりがないんだ、って」

「……『再出現』してるから?」

「魔獣も魔力生成体の一種だからな。全く確証のないただの想像レベルの話だが、迷宮内で何らかの管理規則――たとえば固有魔獣徘徊数が定められていて、それに従って増減が調節されてるのかもしれない」


 だとするなら、と。

 目の前にうじゃうじゃ溜まった魔獣を見ながら、フェリシーは。


「アルマが全滅させたから、それを埋めるために『再出現』した……?」

「え、オレのせい!?」

「そうはならん。が、こいつの詳しい仕組みは俺にもわからん。いま確かに言えることは……」


 はぁああ、と大きく溜息を吐いて、オズウェンは。


「少なくとも目の前の『宝箱』を手に入れる手段はなく、今回のこのスタイルはそもそもの構造的な欠陥を持っていた可能性がある……。俺たちの完敗だな」

「にしても、弱りましたね。これでは次のパーティが……」

「いや。ランダムに押し込んでバラすだけならそれなりに手段はある。ミティリス、地図を見せてくれ。俺とフェリシーが魔術を使って上手くこのあたりの『宝箱』を移動させる。『宝箱』が散れば魔獣も掃けるだろ」


 言って、年長組が打ち合わせを始める。

 アルマも少し遅れて、オレもちょっとでいいなら魔術使えるぜ、と会話に混じり始める。


 で、残されたのはふたりで。


「…………」

「…………リーダー。その、上手く言えないが」


 ぽん、と。

 シオがまさに慰めのそれとして、フェリシーの肩を叩くから。


「どんまいだ」


 フェリシーは、強く。


「ま――」

 本当に強く、こう思っている。




「負けてたまるかあ!!!!!!!!!!」


 声にも出た。



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