4-2 これは結構チャンスでは?
「ミスった、終わった……」
ミスって終わっていた。
作戦開始から二十分ほど経ってのことである。
フェリシーは開始時点から特に一歩も動くことはなく迷宮の少し外。オズウェンとミティリスのふたりも傍に立っていて、ドン引き、という顔で同じ方向を見つめている。
すなわち、迷宮と『外』――彼女たち三人が立っている側との、その境目。
ちょうど迷宮の魔力領域の範囲ギリギリの部分で、かつその中に入り込むために人間が六人程度は横並びで通れるような穴――一般的に人が、『入口』と呼ぶような、その場所。
ギッチギチに、魔獣が詰まっていた。
「何これ……? 天罰……?」
「異常に気味が悪いな……」
「オズウェンさん。この現象に心当たりは?」
残念ながら、と首が横に振られるのを隣で感じながら、「どうしてこうなってしまったんだろう」とフェリシーはこれまでの出来事を、ちゃんと順繰りに頭の中で再生し始めている。
まず、ミティリスの索敵。
これはかなり上手くいった。情報共有に多少の時間がかかりはしたけれど、しかし強いて言ったとしても問題はそれだけ。完璧なマップを作成してから、攻略は始まった。
突入役になったアルマとシオも、流石に慣れているらしい。
これだけ情報が貰えれば楽勝だぜ!と特に気負った風でもなく言ってのけて、どがどがが、と(主にシオが)音を立てて迷宮に入っていった。そして実際にその言葉通り、一番近い『宝箱』から始めたのだろう、数分と数えないうちにふたりは戻ってきて、ぽーいと『宝箱』を入口近くの床に放り投げて、それから仲良くガッツポーズをして見せてくれた。
二回、三回とそれは行われた。
これは順調だ、と全員が確信し始めた。
で、そこからここに至る。
どういうわけか入り口近くに魔獣がぞろぞろと群れ立ってやってきて、延々退こうとしない。
そういう悪夢みたいな情景を、親切にもご提供いただいている。
「ま、まあとりあえず、急に襲われることはないし……」
「わからんぞ。急に迷宮から飛び出してくるかもしれん」
「流石にそれはないと思いますが……」
幸いなのは、『迷宮の中にいる魔獣は、迷宮から出てくることはない』という単純なルールだった。
このルールの仕組みに関しては主にふたつの学説が存在し、ひとつは『迷宮内に生まれた魔獣は迷宮からの魔力供給が受けられる範囲を出ると消失するから』というもので、一方でもうひとつは『迷宮外にも魔獣がいる以上、そこまで迷宮という場が魔獣に致命的な影響を及ぼすとは思われない』『おそらく魔獣には弱体化を極端に嫌う性質が存在し、外的な要因ではなく内的な習性によってその密集はなされているのではないか』とかそういう感じのもので、フェリシーはテストの前だけそれをよく覚えて、今は不思議と細かい部分は霞みがかったようになって思い出せずにいる。
が、とりあえず重要なところだけははっきり覚えているので、安心しつつ。
しかしどうなっちまったんだこれは、と目の前の現実を見つめていた。
「これ、私たちがここにいるからなのかな」
「いや……そんなこともないと思うが。入り口前で準備立てをするパーティなんて珍しくも何ともないぞ」
「ええ。私も同意見です。……となると……」
あれかなあ、と言うように。
三人の視線は、自然とそこに集中していく。
『宝箱』。
アルマとシオのふたりが回収してきて、現時点で五個ほど置かれているそれに。
「……仮説とか、ある人ー……」
「まあ、普通に考えたらあれの中身は魔晶なわけだからな」
「ええ。『宝箱』が魔晶を守るように、魔獣たちも迷宮の魔力を損なわないために、防衛反応を起こしているのかもしれません」
で、それがひとつずつ散らばっているなら、そこまで気にもされないけれど。
しかし四個も五個もまとまっているなら、魔獣たちも群れを成して防衛するようになる。
でかい池のたった一箇所に餌と酸素がたんまりあれば、そこに魚が一斉に群がってくる、という話だ。
「……ということは、この作戦を続ける限り?」
「まあ、際限なくあれが集まってくるんだろうな」
「難儀な話です……と言いたいところですが。これは結構チャンスでは?」
ミティリスが、一聴すると突飛なことを言って。
「おっしこれで一気に三――うおっ! なんじゃこりゃ!」
「アルマ、離脱する」
「おぉ、抱えられるのってなんか――」
新鮮、という彼の声は「しーんーーせーーーんーーーー」と徐々に音程を低くしながら遠ざかっていく。
アルマとシオのふたりが戻ってきて、六~八個目の『宝箱』をそこにぶん投げて、魔獣の群れにぎょっと驚いて再び迷宮の奥の方へと引き返していったのだ。
で、ちょうど話題の中心になるべき人物の姿もちょっと見えて、消えたから、フェリシーはその方向を指差して言う。
「あれでしょ?」
「ええ。彼です」
「理屈はわかるが、どうやって作戦を伝えるんだ?」
それはもちろん、とミティリスはさっきからその手に持っていた弦楽器をしゃらんと構えて、
「普通に音で伝えましょう。迷宮外から索敵するのは流石に難しいですが、声くらいは伝えられますよ」
「声を伝えるのに楽器持ち出す必要ある?」
「より美しく伝わります」
そういう話かなあ、とフェリシーは思った。
が、そういう話です、とばかりにミティリスがすごく真摯な顔をしているから、「まあそういうこともあるか」と思い込まされた。
「――――La――――♪」
そして、歌声が響き始める。
離れ離れでも連絡できるなんて便利な仲間もいるものだなあ、しかも声だってすごく綺麗だし、と感心していたフェリシーは、「La――♪」の一音ではどう考えても何の作戦説明にもならないだろ、ということに気付くまでにおよそ四十秒を費やした。