4-1 効率的ですね
「お金が好きかーっ!」
「おーっ!!」「おー」「おぉおおおおおおおお!!!!!」「お~♪」
いまだに天気はぐずぐず悪いし、よく考えると何も解決はしていないが、すこぶるフェリシー一行は元気だった!
時は驚くべきことに午前三時だった。春。まだ太陽すら上っていない。たまに小雨を降らせる夜の雲は地獄のように暗く、昼行性のあらゆる生き物に罪と罰の概念を植え付けようとしているかのごとき不気味さをたたえている。が、完全に一行はそれを無視している。
さらに驚くべきことに、その午前三時というのは『真の面接を終えて、次の日の朝日が昇って、落ちて、それからまた昇るまでの』午前三時ではない。『真の面接を終えて、その日が落ちて、次の日の朝日が昇るまでの』午前三時である。つまりEランク迷宮でアホみたいな目に遭ってから十二時間程度で再び舞い戻ってきたことになる。こんなスケジュールを組んだと聞けば現代冒険者の九割は泡を噴いてぶっ倒れる。が、偶然にも一行は残りの一割に属しているので、全然気にしていない。
目の前には、これから彼女らを呑み込む暗い穴。
が、今の一行には、それは全く別のものに見えているらしい。
たぶん、財布とか。
「というわけで、作戦会議をします」
高らかに、フェリシーは宣言した。
目の前にあるのは、昨日のEランク迷宮からかなり格が上がってBランク迷宮だ。
並の冒険者であれば――日々を質素に暮らしていくだけで満足できる人々であれば、まず近寄りもしない。『こっちの方が断然報酬がいいから』なんて生半可な覚悟で乗り込んで行っても、散々酷い目に遭った挙句に恐怖の思い出と徒労感だけをお土産に帰還することになる、そんな場所。……今の忍者型冒険者なら大抵の危難からはまず走って逃げ切れるからとその程度の認識で済んでいるだけの、本物の危険地帯。
そこに今、彼女たちは『こっちの方が断然報酬がいいから』という強い覚悟を以て、乗り込もうとしていた。
「あのあとよく考えたんだけど、皆さんが……非常に独特なので、」
「お、言葉を濁されてる」
「追放されて当然の終わった人たちばかりなので、」
「透き通った」
「透き通ればいいってもんじゃないな。川とか人間社会と同じで」
「前回の反省を活かして、しっかり攻略計画を立ててから行きたいと思います!」
素晴らしいご提案です、とミティリスが拍手した。
どうもどうも、とフェリシーは頭を下げて。
まずは考えた中で一番単純な作戦から、口にする。
「普通にやるのはどうですか?」
「オレはいいけど」
「すまない、Bランク帯では速度超過で音が出る」
「俺も厳しい側だ。前に試したが、高頻度で憤る」
「私は……まあ、対応できないことはないと思います。引きの部分を度外視すれば」
ほほう、とフェリシーは持ち込んだメモに書き込みながら、それぞれの意見をまとめていく。
意外にも、最も性格に問題がありそうな――いや金銭交渉の場面で本性が見えたオズウェンが今はトップだから――ありそうだったアルマが、一番安定した返事をくれた。
「アルマは結構余裕?」
「まあ。Aランク帯も普通に潜ってたし。『赤』でもトップグループだったよ。追放されたけど」
「じゃあアルマがひとりで突っ込んでいって『宝箱』を回収する作戦でいこっか」
「追放の方がまだマシなんだけど!」
もしかして死刑判決まだ生きてるの、とアルマが言う。
別にこれから予想される波瀾万丈と比べれば些細なことに思えてきたのでもう昨日のことは怒っていないのだけど、それはそれとして死刑なのに生きているとはこれ如何に、と思いながらさらにフェリシーは続ける。
「やっぱりソロ攻略って無理? アルマでも?」
「まあ……緊急脱出用の〈開闢剣〉もあるし、Bランク帯ならやれなくもないけど。どう考えても効率悪いよ。その場で『鍵開け』できるのって、一割ちょっとくらいだし。持ち運べる『宝箱』だって限りがあるから、そんなに一度に何個も回収できるわけじゃないし」
「リアカー引いたら?」
「独創的な脳だね」
無理、とアルマは言った。
無理なのか、とフェリシーはそれを大人しく受け入れた。一応有り得るかな、と思って訊いたことだけれど、無理と言われれば無理だと思う。コーナリングとか、特に。
「そうなると、オズウェン先輩も一緒に放り込んだ方がいいのかな……」
「放り込まれるのは構わんが、その場その場で俺がしっかり『宝箱』を開けるだけで済むと思ったら大間違いだぞ」
「間違ってるのは先輩の方ですけど」
なぜか自信満々で胸を張るオズウェンに、そもそも、とフェリシーは問いかける。
「なんなんですか。三秒以上考える時間が必要になると沸騰するって……。しかも沸騰しながら開けてるし」
「ああ、あれは俺の研究の応用でな。実は『宝箱』というのは一定ランク以上になると四以上の次元で構成される魔力構造体を取り、しかもその中に一以上の個数の結び目を持つ場合があるんだこの結び目を解く作業がいわゆる『鍵開け』に相当するわけだが当然こんな複雑な構造を理解した上で解かれているわけではなく多くは経験や優れたセンスによって直覚的に解錠まで至っておりしかし俺はこの部分に計算を持ち込んでいるからあらゆる『宝箱』を例外なく開けられるというわけだただやはりこれは一長一短で俺は高次元を『見て』解くタイプだからこれをやっている最中上手く構造が掴めないと脳がぐちゃぐちゃになったような気分で物凄い勢いで苛つきが発生しそこでそれを怒りとして発散することで脳内物質が頭脳の回転を促すわけで」
なんだこの人、とフェリシーは思った。
学園に長くいるとこういう人間になってしまうんだろうか。違うと信じたい。
「まあでも、わかりました。Bランク帯だとすぐ怒るんですね」
「ああ。すぐ怒る。怒れる猿だ、俺は」
「人間社会に怒れる猿が紛れ込んでいることには疑問があるんですけど……じゃあ、シオくんに頼んだ方がいいのかな」
僕か、とシオが言う。
彼だった。
「なんか私のこと抱えたままでも余裕そうだったから。上手くアルマと組めば、『宝箱』を一気に回収できたりしない?」
「あれはリーダーが羽根のように軽かったからだが……。まあ、できないことはないと思う」
だが、とシオは重ねて、
「今、リーダーが想像している作戦は、具体的にはどんなものなんだ?」
「え? アルマとシオくんで走り回って『宝箱』を回収して、入り口のあたりに全部置いてもらって、ほとぼりが冷めたらオズウェン先輩が中に入って全部開ける、みたいな」
名案だ、とフェリシーは思っている。
シオが本気で走ると、音が出る。その音で魔獣を呼び寄せてしまう……そのことは別に、もう前提としてしまっていい。
だって別に、シオは人ひとり抱えてもその魔獣全部をぶっちぎれるくらいに速いのだから。
要は、『宝箱』の解錠タイミングにさえ落ち着くことができればいいのだ。
何なら、シオにはアルマと並走するでも抱えてでもどちらでもいいから、そのまま魔獣を迷宮の奥の方まで連れ去ってしまってもらえればさらに良い。怒れる猿の大暴れもめでたく観客不在、ジャングルの奥地で行われるようにごく平和に、誰の目に付くこともなくひっそりと終えられるかもしれない。
根本的に、このメンバーの能力は急造のパーティにしては破格の高さなのだ。
ただちょっと、その破格の高さを根底から覆して『深さ』に転換しかねない短所がついてきているだけ……そこが上手くコントロールできれば、怖いものはない。
特に一番面倒そうだったアルマも、〈開闢剣〉を使って憑き物が落ちたのか、しばらく普通の冒険忍者のスタイルをこなしてくれそうではあるし。
これなら他三人の能力も上手く、と。
「ああ。それは確かに効率的ですね」
思えば実際、ミティリスもそれに賛同してくれた。
「もしよければ、おふたりが突入する前に私が入り口のあたりで歌って、内部構造を把握して共有しますよ。今日は弦楽器も持ってきたので、『宝箱』の位置までわかります」
「えっ」
「あ、管楽器だと歌うのと吹き込むのは同時にできないので――」
「いや違う違う違う! 楽器の種類じゃなくて!!!」
信じられないような気持ちで見ていたのは、フェリシーだけではない。
他の三人も、かなり。だからシオが代表して、
「『宝箱』の位置がわかる……確実にか?」
「ええ。ふたつの波長から魔力反応を割り出せば」
「…………面接に行くだけで『白』の幹部になれる能力なんだが」
そして彼は困ったように眉を下げて、こちらと、それからなぜか今日の登場時点から謎の袋を背負っている(たぶんあれの中に楽器が入っている)ミティリスとの間で視線をそわそわさせる。
そんな顔で助けを求められても、とフェリシーは思う。そしてミティリスに対しては「いやそれは忍者とかじゃなくて全く別の技能だと思うんだけど……」「ていうかなんで忍者が迷宮に楽器を持ち込もうとしてんの?」という思いがあり、
「――――いやあ、優秀なメンバーに恵まれて私は幸せだなあ!」
しかし彼女は、一旦そのあたりをさておくことにした。
元々魔獣のファースト索敵はミティリスにやってもらうつもりだった。そこに『宝箱』の位置の確定が上乗せされたところで得はあれこそ損はない。色々と根掘り葉掘り訊きたい気持ちもあるが、この四人を前にしてそんなことをやっていたらそのまま二ヶ月が過ぎてしまう。さておかれたものですでに塔が建造されているが、それすらもさておく。
「光栄です。ぜひお役立てください」
「うん、もうぜひぜひ!」
よくわからないものを、よくわからないまま頼る。
その精神こそが、現代魔術社会に必要なものなのだ!
「よし! それじゃあ作戦はこれでいきましょう!」
というわけでフェリシーは、自信満々で宣言する。
まず、ミティリスがちょっと迷宮に入って、歌って、出る。
そして把握できた内部構造について、すぐさま共有を行う。
それから、アルマとシオがその情報をもとに中に突っ込んでいく。
アルマが上手く先導しながら、シオが『宝箱』を回収する。
回収した『宝箱』を入り口のあたりに積み上げていく。
あらかた回収し終わったら、ふたりには迷宮の奥の方に突っ込んでもらう。
そしてゆっくり、オズウェンが全ての『宝箱』を開けながら大暴れする。
そこまで終わったら、あとは適当に合流してすたこらさっさ。
「で、帰って私がいい感じに魔晶の価値を五倍に増やします。
――――これでいきましょう!」
おーっ、と勢いよく、それぞれの右手が高く掲げられる。
名案だ、と五人は思っていた。