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1-1 どうせ、これ以上失うものもないので!



「見つかったんですか!? 本当に!?」

「ああ、奇跡的にね。おめでとう、お嬢ちゃん!」



 迷宮都市の冒険者ギルド庁舎は、とにかく大きい。

 下手をするとそこらの大都市の役所や総合病院よりよっぽど大きな建物で、だから番号札を渡されてから呼ばれるまでの間、いつも彼女――フェリシー・フェリアーモは、そわそわと落ち着かずに天井を眺めたり、がやがやと出入りする人を目で追ったりしながら、不安に耐えてきた。


 けれどそれだけに、ついさっきその『13』番の札を呼ばれて。

 いつも対応してくれる窓口の優しげな初老の男性に、そのことを告げられれば。


「よ、よかった~……」

「おおう、大丈夫かい?」

「大丈夫です。でも、力が抜けちゃって……」


 この広さのおかげで、誰の視線に憚ることもなく、へなへなと受付机に寄りかかって安堵することもできる。


「よかった……ほんと、よかった……」

「いやあ、でも本当にお嬢ちゃんは運が良い。普通、今時『忍者』のジョブを持ってる冒険者が四人、たった三日の募集で集まることなんて絶対ないよ」

「ですよね! 正直私、ここで一週間くらい使っちゃうものかと――」

「とんでもない! 普通、二ヶ月経ったって一人集まるか集まらないかなんだから」

「え゛」


 顔を上げて、硬直。

 しかしそんなフェリシーの様子に気付いていないのか、受付の男性は手元の書類を老眼鏡で見つめながら言う。


「今、忍者はどこも引っ張りだこだもの。予定雇用期間がすごく短いから僕も無理かと思ったんだけど、利益分配の率が高いからそれで引っ掛かったのかもね。……で、面接はどうするんだい?」

「あ、はい。……えーっと? する、つもりなんですけど。一応」

「ああ、もちろんもちろん。それはいいんだけど、場所と日時をどうするのかなって。こっちから応募者に連絡するからさ」

「そこまでしてもらえるんですか?」


 もちろん、ともう一度言って男は笑った。

 そのくらいまでは冒険者ギルドだって世話できるよ、と。


「場所の当てがなければ、ギルド庁舎の空き部屋を抑えちゃうけど、どうする?」

「あ、でもそれは大丈夫です。一応私、それなりに大きな家に住んでるので。住所指定で」

「……本当にそれで大丈夫? 今のところ面識のない人たちに住所とか知られることになっちゃうけど」


 気遣うように、男は言う。


「結構こういうところでトラブルになっちゃうことも多くてね。庁舎内なら、職員がある程度トラブル対応もできるんだけど」

「いえ、本当に大丈夫です! 私、これでも魔術学園の学生でそれなりに戦えますし、それに――」


 それに対してフェリシーは。

 にっこりと、花の咲くように笑って。


 言う。




「――どうせ、これ以上失うものもないので!」




 そ、そう……と引き気味に男が言う。

 はい!と勢いよく、フェリシーは応える。


「じゃ、じゃあお嬢ちゃんの住所指定で面接組んじゃうね。いつがいいかな?」

「早ければ早いほどいいです!」

「了解。そうなると……お。すごいやる気だな、この子たち。最速なら今日の午後から組めるけど、流石に――」

「――今日の午後でお願いします!」


 早ければ早いほどいいです、とフェリシーは言う。

 そ、そう……と引き気味に男が言う。


 で、しばらく作業した男は、ぺらりと紙を一枚こちらに渡してくれて、


「よし、じゃあこのとおりの書面で応募者に通知しておくから。何かあったら、また窓口まで。困ったことがあったら何でもどうぞ」

「はい! お世話になりました!」


 いやいや、と男が言う。

 またのお越しを、の言葉にフェリシーは深く深く頭を下げて、その場を後にする。


 ここは迷宮都市。

 周囲に多数の迷宮地帯を擁する、国内有数の繁栄を誇る都市にして、冒険者たちの楽園。


「よしっ……第一関門突破っ」

 そしてその都市の通りで、雑踏に紛れて小さく拳を握りしめる少女。


 彼女は、フェリシー・フェリアーモ。



「借金返済、頑張るぞーっ」

 来月末までに三億テリオンの借金返済を迫られている、子爵家のご令嬢。




卍   卍   卍



 フェリアーモ子爵家は、吹けば飛ぶような、どこにでもある弱小貴族家である。

 で、吹かれて飛びかけている。


 事は数ヶ月ほど前に遡る。ごくごく普通の、秋のこと。

 その頃フェリシーは学生として勤勉に講義に顔を出したり、陰険眼鏡の先輩に強引に所属させられた生徒会で馬車馬のように働かされていたりしたから、実家で何があったのかを実際にはよく知らない。目にしていない。後ほど、完全に手遅れになってから聞いた話だ。


 フェリアーモ子爵家は、小さな領地を持っている。そしてその領地の収入は、ほとんどが果樹生産によって賄われている。


 強い風が吹いた。

 出荷前の果樹が薙ぎ倒され、作物がほぼ全滅した。

 色々あって、ものすごい量の借金を背負うことになった。


 細かいことを話せばキリがない。どういうわけか王国未来省の出した天気予報とはかけ離れた、不意打ちの異常気象だったとか。こんなこともあろうかと備えておいた貯蓄が果樹農家の生活の補填や土地の復旧でほとんど溶けたとか。「これから果樹生産量が回復する確かな保証がない以上、容易に貸付はできませんねえ」と足元を見られて、あまり良くないところから良くない形で借金することになってしまったとか。


 まあしかし、うだうだ言っても仕方がない――わけではないがその暇がないので、フェリシーは以下のことだけをはっきりと認識している。


 借金総額、三億テリオン。

 返済期限、来月末。



 それを過ぎれば、我が家は破綻。




卍   卍   卍



「もうちょっと早く言ってくれればよかったのになあ……」

 帳簿とにらめっこしながら、自室でフェリシーは溜息を吐いた。


 迷宮都市。フェリアーモ子爵家は、ささやかながらもここに別荘を持っている。

 今は両親は子爵家領地を拠点に金策に駆け回っている……そのためにフェリシーは、使用人の一人もいない(というかそんなものを雇っている余裕がない)屋敷の中で、腕を組んで、椅子を後ろに傾けて、天井を睨んでいた。


「三億テリオンって……いい暮らししてるまじゅちゅ……魔術師が一生かけて稼ぐような額なんだけど……」


 再認識するのは、今の自分が置かれている状況の過酷さのこと。

 両親から「実は……」と打ち明けられたのが、ちょうど先週のこと。ふたりの「大丈夫、フェリシーには迷惑が掛からないようにするからね」という言葉を「ええい黙れ私に帳簿を貸せ全部私に任せとけ」と振り切って、学園の長い春季休暇を利用して迷宮都市まで乗り込んできたのが、ちょうど三日前のこと。


 フェリシー・フェリアーモ、十六歳。

 いくら魔術学園で生徒会の末席をいただくそれなりの優等生と言っても、尻尾に火が着いているこんな状況では、なんだかそわそわして落ち着きどころがない。なんだったらその事実を知った日から字が下手になった。常に緊張してちょっと手が震えているのだ。


「――――いや!」

 が、泣き言ばかりも口にしてはいられない。


「大丈夫……! 全然大丈夫! 計画通り! 迷宮探索で一攫千金! メンバーの忍者も揃う! 大丈夫! いけるいける!」


 そうだ、とフェリシーはでっかい独り言を吐いて、自分を勇気付ける。

 計画通りだ。まともな元手がない状態から短期間で大金を稼ぐには、冒険者のほかに道はない。午前中に受付のおじさんから「二ヶ月経っても集まらない場合も」なんて言われたときは自分の見通しの甘さに背筋が凍ったけれど、しかし幸運にも目当てだった『忍者』のジョブ持ち冒険者を四人も集めることができた。


 大丈夫。

 自分はツイている。いや三億テリオンの借金が発生してる時点でどう考えてもツイてないだろとか野暮なツッコミは抜きにして。

 追い風が吹いてきている。いや風が吹いたせいで我が家は崖っぷちというか崖から落ちる最中だということはともかくとして。


 とにかく大丈夫。

 厳しい状況なのは初めからわかっている。ここは後ろを振り返って「うわ……」とドン引きする場面ではなく、自分の足が少しでも目標地点に近付いていることを『順調』と捉えるべき場面なのだ。


 そうと決めれば、と。

 帳簿を置いて、フェリシーは時計を見た。


「わっ、もう三十分前じゃん」

 危ない危ない、と急いで彼女は席を立った。


 募集に応じてくれた四人の冒険忍者たち。彼らとの面接は早速今日の午後……すでに三十分後まで迫っていた。


 一応帰ってきてからすぐに諸々の準備は済ませている――が、何せこれからの人生がかかっているのだ。ここは門の前に立って出迎えるくらいがいいだろう。子爵家のプライドとか、そういうものはそもそも搭載されていないことだし。


 というわけで、彼女はちょっと早足で自室を後にする。長い廊下をぎいぎい鳴らしながら歩いていく。そういう設計とかではなく普通に老朽化で、その無駄な長さが修繕を躊躇わせ、何なら修繕費用の見積もりを求めることすらも躊躇わせているのだ。


 曲がり角に着く。

 フェリシーは自分の張った『面接会場はこちら←です』の案内があるのを見つける。


 ということは、玄関や屋敷の門は『→』の方にあるわけなのだけど。


「…………あれ、椅子の上にクッション敷いたよね?」

 ふとフェリシーは、そのことが気になった。


 なければないで気にされないとは思う。が、できれば面接に来た冒険者たちには好印象を持ってもらいたい。そう思うから彼女は、『→』に進んで彼らが来るのを待つつもりだったところを、一旦『←』に進んで、もう一度面接会場のホスピタリティをチェックしておこう、と思い立った。


 全くそれが正解だった。


 というのは、特段彼女があらかじめ準備しておいた面接会場の出来が酷かったという理由からではない。十歳の児童が考えたお楽しみ会みたいな精一杯の飾りつけは、同じ生徒会に所属する公爵令息が見れば鼻で笑うような出来栄えだったかもしれないが、金銭的に困窮した現状を踏まえれば『よくやった』の部類に入る。


 だから、正解の理由は『再確認』の意味から来るのではない。

 それは、単に『時間を無駄にせずに済んだ』という意味で。


 だって。

 がちゃり、と扉を開けた先で。



「え」


「あ、来た来た!」

「む……」

「な。やっぱり早すぎただけだったろ」

「ええ、みたいですね」



 左から順に髪は赤、黒、灰、明るい水色。

 面接の三十分前。

 彼女が出迎えるまでもなく。




 これから彼女と命運を共にする四人の冒険者が、すでに揃っていたのだから。




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