6.野菜を食べた
俺が絵留に飼われてから、一週間が経った。
もうかなり、絵留との生活にも慣れてきている。
もぐもぐもぐもぐ。
「わ、今食べてるの、ウンチだよね。美味しいの?」
美味しいとか、まずいとかの問題ではない。
ウサギにとって、自分が出した糞を食べるのは、生きていくために必要な行為なのだ。
勘違いしないでもらいたいが、ここで糞と言っているのは、人間がよく目にする、硬くて丸いやつではない。
「盲腸糞」と言われるもので、粘っこく、ブドウのようにつながっているものだ。
ウサギは腸の中で、硬くて丸い糞と、盲腸糞を分けているのだ。
盲腸糞には大事な栄養が含まれており、これを食わないとウサギは栄養不足になってしまう。
肛門に口をつけて、もぐもぐやっているのを絵留に見られてしまったが、別に恥ずかしいとは思わない。
youtubeにアップするのは、やめてもらいたいが。
それにしても絵留は、盲腸糞についての知識も、既に持っていたようだ。
飼育書を五冊も買い込み、ネットでも情報収集しているらしい。
感心なことではある。
今日は土曜日で、会社は休みのようだ。
昼間から俺に構おうとしてくるのが、うっとうしくはあるのだが、香水の臭いをぷんぷんさせていないのは、結構なことだ。
「あ、そうだ。いいもの買ってあるんだ。ちょっと待ってて」
絵留は部屋を出て行き、戻ってきたときは、後ろ手に何かを持っていた。
「えへへへー、何だと思う?」
知るか。
「ジャーン!」
おおっ。
絵留が持っていたのは、ニンジンだった。
一本のニンジンを、縦で半分に切ってある。
ニンジンがエサ入れにゴロンと入れられるや、俺はすぐに食べ始めた。
うめえ。
ウサギになってから食べるのは、もちろん初めてだ。
「うわっ、食べてくれてる!」
ごりっ、ごりっ。
硬いニンジンを、一心不乱に食べていく。
その様子を、絵留は嬉しそうに眺めている。
あっという間に、食べつくしてしまった。
「おいしかった?」
ああ、見りゃわかるだろ。
もっとくれよ。
俺はエサ入れを前足でバンと叩き、アピールした。
半分に切って持ってきたってことは、もう半分があるんだろ?
さっさと出せ。
「うーん、一気に食べてお腹こわしちゃ困るから、今は我慢しよっか」
ニンジンの一本ぐらいで腹をこわすわけねえだろ!
さあ、持ってこい!
バン、バン。
エサ入れを叩いてアピールを続ける。
「もう、仕方ないなあ」
そうだ、わかればいいんだ。
「代わりに、なでてあげるから、我慢してね」
なぜ、そうなる。
絵留はケージに手を入れ、なでてきた。
ふん、そんなもんがニンジンの代わりになるとでも……。
…………。
……。
ごろーん。
俺は足を投げ出し、なでられる体勢になった。
だって気持ちいいんだからしょうがない。
二日後。
絵留が風呂から上がった後、ケージから出してもらい、部屋の中を散歩している。
これは一日一時間、毎日行うようだ。
俺は気が向くままに、走ったり、跳びはねたり、匂いをかいだり、毛づくろいをしたり、絵留のひざの上に乗ったりして、遊んでいる。
途中で、絵留が部屋を出ていった。
どこに行ったのかと思っていると、また後ろ手に何かを持って戻ってきた。
ニヤニヤと楽しそうに笑っている。
おっ、またニンジンがもらえるのか!?
俺はダッシュで駆け寄った。
おい、はやく寄越せ。
立ち上がり、前足で絵留の足を叩いてアピールする。
顔を上に向け、絵留と視線を合わせた。
その様子が気に入ったのか、絵留はさらに頬をゆるめた。
「おーおー、がっついちゃって」
いいから、もったいぶるな。
「ジャーン、今日はこれだよ」
おおっ。
ん? ニンジンじゃねえな。これは確か――。
「パセリだよ」
パセリか……。
俺は人間だったころの記憶は、ほとんどないのだが、パセリは食ってなかった気がするな。
料理の付け合わせという認識だったと思う。
パセリねえ。
絵留が口元に持ってきてくれたので、まず匂いを嗅いでみる。
くんくん。
……おおっ、これは!
ムシャムシャ、ムシャムシャ。
俺はがっついて食べ始めた。
ニンジンよりうめえ!
「ちょっ、もっとゆっくり食べなよ。ああっ、引っ張られる!」
引っ張られるじゃねえ! とっとと、その手を離せ!
絵留は、茎の部分を手で持っている。
おそらく、手で直接食べさせたいなどと考えたのだろう。
ブン!
「ああっ」
俺はパセリを絵留の手から、奪い取った。
ムシャムシャ。
そのまま、茎まで全て、食べつくした。
俺は絵留を見た。
その手には、もう一本のパセリが握られている。
「うう、わかったよ。はい」
パク。
俺はパセリを奪い取ると、絵留から離れて部屋の隅っこに移動した。
もう、おまえには用はない、とでも言わんばかりに。
「もう、ここで食べればいいじゃない。そんなに私の近くがいやなの?」
そういうわけじゃないが、隅っこで食べるのが好きなんだよ。
「まったくもう」
絵留も隅っこまでやってきて、俺が食べる様子を観察し始めた。
俺がうまそうに食ってるのを、見たいのだろう。
絵留は、俺の口の中にパセリが消えていくのを、満足そうに眺めていた。