4.なでられるのが好きだ
俺がやってきてから三日目。
今日は絵留は、出勤するようだ。
ビシッとスーツを着込み、化粧もしている。
昨日と一昨日は、休日だったんだな。
「ビグウィグ。大丈夫だよ。私は必ず帰ってくるから」
絵留は俺の目を見て、力説しはじめた。
「帰りは夜の七時ぐらいになっちゃうと思うんだ。寂しいだろうけど、我慢してね」
よっしゃあああ! 今日はずっと一人だ!
これでのんびりできるな。
「牧草良し。水良し。トイレ良し。ケージの扉良し。それじゃ、行ってきます」
指さし確認をしてから、出て行った。
と思ったら、三分ほどして、戻ってきた。
俺はすでに寝ていたのだが、またケージに向かって語りかけてくる。
「君は今日、長い時間をひとりぼっちで過ごすことになり、とても寂しいと思う。これは今日だけじゃなくて、毎日そういう生活が続くんだ。でも、私は必ず帰ってくる。だから、安心してね」
いいから、とっとと行け!
午後七時、玄関のドアが開く音がした。
絵留が帰ってきたようだ。
ああ、静かな時間もこれで終了か。
一人で食って寝るだけの一日、最高だったなあ。
ドタドタドタドタ。
バタン!
ドアが開き、電気がつけられ、急に明るくなった。
「ただいま、ビグウィグ。大丈夫だった!?」
絵留がケージに駆け寄り、のぞきこんできた。
心配性だなあ。大丈夫に決まってるだろ。
「そうだよね、寂しかったよね。こんな誰もいない部屋で一人っきりで」
だから大丈夫だと。
ていうか、おまえくさいな。
ああ、これは香水の臭いだな。出勤するときは香水をつけているのか。
「待ってて、今から一緒にごはん食べよう」
それから絵留は部屋を出て行き、一人用のローテーブルを持って戻ってきた。
「よいしょ」
そしてローテーブルを俺のケージの前に置いた。
まさか、ここで食うつもりか?
これから毎日?
「君の分のごはんも持ってくるね」
そう言って、エサ入れにペレットを入れてくれた。
俺はがっついて食べ始める。
うめえ。
牧草も悪くないが、やっぱり、これの方がうめえな。
ペレットは、だんだんラビコレの比率が増えているようだ。
そのうちラビコレ百パーセントになるんだろうが、構わない。どっちもうまいからな。
「うーん、いい食べっぷりだなあ。見ていて気持ち良くなるよ」
おまえに見られてなきゃ、もっと落ち着いて食えるんだがな。
そういう絵留は、コンビニ弁当を食べるようだ。
わびしいな。
「うーん、美味しい!」
だが、絵留はコンビニ弁当をうまそうに食っている。
おまえの食べっぷりも、なかなかのもんだな。
「うさぎを見ながら食事ができるなんて、こんな贅沢していいのかな」
どこが贅沢なんだよ!
うさぎに話しかけながら、一人でメシ食うって、一般的に見たら、かなり寂しい奴だから!
食事を終えると、絵留はケージに手を入れて、俺をなで始めた。
「はー、気持ちいいなあ」
実を言うと、俺も絵留になでられるのは好きだ。
頭や背中をなでられると、うっとりするほど気持ちいいのだ。
ぐじぐじ、ぐじぐじ。
俺は気持ちがいいと、軽く歯をこすり合わせる癖がある。
そのまま十分ぐらい、なでられていただろうか。
絵留が手を離した。
なんだよ、もう終わりか? もっとなでてくれよ。
「もう三日目だし、そろそろ抱っこしてもいいかな? いいよね?」
どうやら、俺を抱っこしたいようだ。
仕方ねえなあ。
まあ、こいつは寂しい奴だし、抱っこぐらい、されてやるか。
絵留は両手をケージに入れ、俺をすくうように持ち上げ、外に出した。
そして自分の膝の上に俺を置く。
俺の顔は、絵留の腹に密着している。
くせぇ!
香水くせぇ!
「そのまま、じっとしててね」
また、なで始めたが、今度は臭いが気になって楽しめない。
ダッ。
「あっ、ビグウィグ」
俺は膝から跳び下り、ケージに戻った。
「あー、まだ抱っこは駄目かあ」
そうじゃなくて、香水がくせえんだよ!
うさぎは嗅覚が発達してるから、臭いに敏感なんだよ!
俺は毛づくろいを始めた。
香水の臭いを消し去るように、自分の体をぺろぺろなめていく。
毛づくろいの動作は、ルーティーンのようなものだ。
舌が届く範囲で体をなめて、きれいにしていく。
ぺろぺろ。ぺろぺろ。
後足で立ち上がり、前足を前に出して、頭を百八十度近く回転させて背中をなめる。
ぺろぺろ。ごしごし。
前足の裏をなめ、顔を洗うようにして、こする。
すかっ。
耳を前足ではさみ、口の前に持ってきてなめようとしたが、届かずに離してしまった。
ネザーランドドワーフという品種は、うさぎにしては耳が短めなので、口に届かないのだ。
まあ、いいか。
届かないもんは、しょうがない。
毛づくろい中は、無心になっているので気付かなかったが、ケージの向こうから、絵留がスマホをこちらに向けて、撮影していた。
「あ、やめないで続けて。今、動画撮ってるから」
俺は毛づくろいを終了した。
「ちょっ、なんでやめるのー」
目を開けて寝ることにした。