16.病院に連れて行かれた(3)
それから、いよいよ本格的な健康診断が進められていった。
「それじゃ、短い耳から診ていきましょう」
五木先生は余計な一言を言ってから、俺の耳を診察し始めた。
耳が短くて悪かったな。
ミニレッキスよりもネザーランドドワーフの血が濃く表れているからだろう。
先生が耳を診察している間、俺の体にはタオルがかけられ、その上から絵留が保定している。
そんなことしなくても、動いたりしねえよ。
「おとなしい子ですね、普段からこんな感じですか?」
「部屋で自由にさせると、やんちゃなんですよ。動いちゃいけない時を理解してるみたいです。爪を切ってる時もおとなしくしてくれますし」
「それはすごいです。やっぱり賢い子なんですね」
おう、もっと褒めていいぞ。
「うん、耳は異常ないですね」
そう言って先生が手を離すと、俺は頭をブルンブルンと激しく振った。
「わ、どうしたの? ビグウィグ」
「耳を触られたから、くすぐったかったんでしょうね。うさぎは耳の病気のときに頭を振ることもありますが、ビグウィグ君は問題ありません。私が飼ってるうさぎも、耳をマッサージすると頭を振りますよ」
「耳をマッサージできるんですか?」
「できますよ。こんな風に親指と人差し指で優しく揉んであげるんです」
そう言って、先生は俺の耳を揉んでいった。「耳の付け根はかたくなってるんですが、こうやってクリックリッと」
あ、気持ちいいな、これ。
今まで感じたことのない感覚だ。
一通りマッサージした後、先生は手を離した。
ブルンブルン。ブルンブルン。
「あ、また頭を振った! 先生、私もやってみていいですか?」
「どうぞどうぞ」
今度は絵留が、先生の真似をして耳をマッサージしていく。そして手を離す。
ブルンブルン。
「あ、面白い!」
面白くねえよ!
気持ちいいけど、耳を触られることなんてほとんどないから、違和感があるんだよ。
それだけウサギの耳というのは、デリケートな部分なんだぞ。
耳に続いて、目、鼻とチェックしていく。
特に異常はないようだ。
「次は口の中を見てみますね」
そう言って、先生は俺の口に何やら器具を突っ込んだ。
それを覗き込みながら、
「うん、歯の伸びすぎもないですね」
「そうですか、よかったあ」
ウサギの歯が伸びすぎていないかは、飼い主が気をつけておかねばならないことだ。
なぜなら、ウサギの歯は一生伸び続けるからだ。
伸び続けるにもかかわらず一定の長さを保っているのは、草をよく噛んで食べることで上下の歯をこすり合わせ、削っているからだ。
しかし、かみ合わせが悪いと削ることができず、歯が伸びすぎてしまう。
すると、うまく食べることができなくなる。
そうなると、病院で切ってもらわねばならない。
歯の伸びすぎを予防するには、牧草を食べるのが効果があると言われており、それがウサギの餌に牧草が推奨される理由の一つだ。
その後も健康診断が進められていった。
聴診器を当てられたり、腹をさわられたりしていく。
もちろん俺は俎板の鯉のごとく、されるがままだ。抵抗してもいい事は何もない。
いや、抵抗する気にならない、と言ったほうがいいな。
先生はさすがに医者というだけのことはあり、この人に任せておけば大丈夫、と思える安心感がある。
「血液検査はどうされますか?」
先生が聞いてきた。
必要ねえよ。こんなに元気なんだから。
注射なんて冗談じゃない。俺は痛いのは嫌いなのだ。
「ぜひ、お願いします」
絵留は即答した。
うん、予想通りだ。こいつはそんな奴だ。
先生は棚から注射器を取り出した。
「耳から採血をしますので、動かないように保定しておいてください」
「はい」
おい、なんでそんなところから採血するんだ!
耳が特に敏感な場所なのは知ってるだろ!
俺の心の声は聞き入れられることはなく(当たり前だ)、また全身にタオルをかけられ、絵留にがっちりと押さえ込まれた。
先生の手が、俺の耳に触れた。
「ちょっとチクッとするよ」
わかったよ、もう。とっとと済ませてくれ。
………………。
…………。
……。
まだか。待ってる時間がつらいんだが。
「はい、よく頑張ったね」
え? 終わったの? チクッともしなかったんだけど。
先生が注射器を持っているのが目に入った。中には確かに赤い血が入っている。
気付かない間に注射針を刺され、血を取られていたようだ。
痛みを感じなかったのは、この先生が上手かったからだろうか。
それとも俺が鈍いからだろうか。
「よしよし、偉かったぞビグウィグ」
突然、絵留の顔が目の前に現れた。
悔しいが、こいつの顔を見るとホッとする。
「それでは、これで検査は終わりです。どこも異常はありません。血液検査は、結果が出るまでしばらく待っていてくださいね」
「はい、ありがとうございました」
「ビグウィグ君は本当に賢い子ですよ。自分が何をされているか、ちゃんと理解していますね」
そりゃあ、中身は人間だからな。
血液検査の結果も、異常はなかった。
俺たちは再びタクシーでマンションに帰った。
部屋に戻り、キャリーから出された俺は、すぐにケージに飛び込んだ。
懐かしの我が家だ。
ああ、やっぱりここは落ち着くな。
今日は疲れた。もう寝よう。
足を投げ出し、ゴロンと横になる。
……が、数分後、俺は慌てて跳び起きた。
「今日はよく頑張ったね、ご褒美だよ」
絵留がニンジンの葉をくれたのだ!
ごしゃもしゃぼしゃもしゃ。
「相変わらず、すごい食べっぷりだなあ。目がイッちゃってるよ」
うん、ご褒美にこれを食わせてもらえるなら、毎日病院に行ってもいいな。




