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11.お客さんがやってきた(3)

 座っている状態から突然、横にバターンと倒れて動かなくなった俺を見て、黒井と西野は死んだのかと思ったようだ。


 目はパッチリと開けたままで、前足と後足をそろえて前に投げ出し、コの字の体勢になっている。


 驚き、慌てている二人を見て、俺は満足した。


「大丈夫だよ二人とも、寝てるだけだから。うさぎはリラックスしている時、こんな風に突然倒れて寝ることがあるんだ」


 絵留も初めて見たときは驚いていたが、今では慣れたものだ。


「へー、そうなんですか。でも、目は閉じないんですね」

「うん、私も目を閉じて寝てる姿は、まだ見たことがないんだ。ここに来て一ヶ月ぐらいしか経ってないから、まだどこか警戒心があるんだと思う」


 ウサギは常に外敵を警戒しなければならない弱い動物だから、目を開けて寝ることが多い。

 目を閉じて寝るのは、よっぽど安心しきった状況だろう。


「ひょっとしたら、私がいなくて一匹だけのときは目を閉じて寝てるのかもしれないけどね」


 そのとおりだ。

 絵留を信用してないわけじゃないが、周囲に誰の気配もない方が安心できるのだ。


「あれ? 先輩、たしかうさぎは『(ひき)』じゃなくて『()』って数えるんじゃありませんか? 一羽、二羽っていうふうに」


 西野がそう言うと、絵留はニヤリといやらしい笑みを浮かべ、右手の人差し指を顔の前で振って、「チッチッチッ」と言った。

 ムカつく仕草だ。


「西野さんは、なんでうさぎを『羽』で数えるようになったか、知ってる?」

「えっと、確か江戸時代に四本足の動物を食べることが禁止された時に、僧侶が『うさぎは鳥の仲間だから食べてもいい』とこじつけて、鳥と同じ数え方をするようになったとか」


「うんうん、それが一番有名な説だよね。他にもいろいろな説があるんだけど、どの説もうさぎを食肉としてとらえているからこそ、そういう数え方をしているんだ」


 絵留は言い聞かせるように語り出した。「でもね、ペットのうさぎは食用じゃないのに『羽』って数えるのはおかしいと思わない?」


 いや、別に。


「家畜や野生のうさぎであれば、『羽』でも構わない。でも、ペットのうさぎについては『匹』あるいは『(とう)』で数えることが現代では一般的になっているんだ。私はちっちゃいうさぎを『頭』で数えるのは違和感があるから『匹』を使ってるけれど」

「なるほど、確かにそうですね」


 まあ、先輩に言われたら、そう答えるしかないよな。


「だから、君たちもうさぎを『羽』って数えるのはやめようね」


 面倒くさいな。

 間違ってるわけじゃないんだから、好きに数えりゃいいのにな。

 どんな数え方をしても自由だが、それを他人に押し付けるのはいかがなものか。

 まあ、そもそも日本語の数え方がややこしいんだよ。モノによって、こんなに数え方を分ける言語が他にあるか?


「はい、わかりました」


 俺は絵留が後輩二人に、面倒くさい先輩と思われていないことを願った。




「それじゃ先輩、そろそろ僕たちはこのへんで」


 お、やっと帰るのか?

 ふー、今日は慣れない接待で疲れたな。

 ゆっくり休もう。


 だが、西野が黒井を引き留めた。


「黒井君、待って。アレをまだ出してないよ」

「あ、そうだったね」


 アレ?


「そうだね、今持ってくるよ」


 絵留はそう言って部屋を出て行った。


 アレってなんだろうと思っていると、絵留が何かを後ろ手に持って入ってきたので、俺は跳び起きた。

 絵留がおやつを持ってくるときの仕草である。


「わっ、びっくりした」


 黒井が驚くのにも構わず絵留に駆け寄り、立ち上がって催促をした。

 この匂いは――まさしくアレだ!


「きゃあっ、かわいい!」


 俺が立ち上がっておねだりする姿を見た西野が歓声をあげる。


「えへへへ、どうしよっかなー」


 絵留がじらすそぶりを見せたので腹が立った。

 もう匂いで、後ろに何を持っているのかはわかっている。はやくよこせ!


「仕方ないなあ、はい」


 俺は絵留の手からニンジンの葉をひったくって、その場で食べ始めた。


 ごしゃもしゃぼしゃもしゃ。


「うわっ、すごい食べっぷり!」

「シュレッダーみたいに葉っぱが消えていくよ!」


 二人が驚くのをよそに、俺は本能に突き動かされるままに食べ続ける。


 ………………。


 …………。


 ……。


 バターン!


「ああっ、また倒れましたよ!」


 ニンジンの葉を食べつくした俺は、幸福感に包まれて横に倒れこんだ。


「なんで僕の目の前に?」


 俺は座っている黒井の前に移動してから、倒れこんでいた。

 ニンジンの葉をくれた彼へのお礼のつもりである。


「なでてほしいんじゃないかなあ」


 絵留がそう言うと、黒井はそうっと俺の横腹をなで始めた。

 さっきよりも優しい手つきなのは、横たわった小さな体が、壊れそうに見えるからだろう。


「僕、うさぎがこんなに面白い生き物だって思いませんでした」


 黒井が言うと、西野も大きくうなずいている。


 動物は、実際に目で見て、触れてみないとわからないものである。

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