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コメディー〔ファンタジー〕

最強の新入り~『ざまぁ』を『ざまぁ』と思わない男~

作者: 剣月しが

 

 ダンジョンは常に死と隣り合わせである。


 今日もまた、一つのパーティーが全滅の危機に(ひん)していた。


「おい新入り! お前、このモンスターたちをなんとかしろよ!」


 背後に迫るモンスターの群れを指差し、剣士ブロストが怒鳴った。


「いや、流石にこの量は無理だ!」


 新入りが確認のため、ちらりと振り返ってみると――


 (おびただ)しい数の魔犬や毒蜂、半透明のゴースト、牙の生えた人参(にんじん)、悪魔に魂を売り渡したと噂されている暗黒魔導士などが、すぐそこに見えた。


 なんなら獰猛(どうもう)なドラゴンまでいる始末である。


「ブロスト! 早く判断を!」


 女賢者のサラがそう叫びながら、ダメ元で火の魔法をモンスターたちにぶつけてみたものの、いい感じにローストされた人参が数本できあがっただけだった。


 甘い香りと共に、たちまちドラゴンの胃袋に収められる人参のソテーたち。


「このままじゃ私たちも、こいつらに食べられちゃう!」


 サラは、ほとんど悲鳴に近い声を上げた。


「クソが……。どうすればいいんだ……」と、ブロストも言葉を漏らしている。


「もうこうなったら、誰かが犠牲になるしかないかもしれないわね……」


「なるほど。誰かが犠牲になれば……」


 サラの呟きに、ブロストが賛同する。


 二人が恐ろしく非人道的なことを考えた、そのとき。


「ちょっと待て!」


 二人の間を裂くようにして、新入りが口を挟んだ。


「うおっ!? びっくりした!!」


 ブロストは、まるで口から心臓が飛び出すかと思うくらい驚いた。


「その考え自体は悪くないし、一応僕も考えてみたが、無駄だろう」


 新入りは、こんな状態にもかかわらず、冷静な顔付きで二人に並走しており、一つも息が切れていない。


「一応考えたのかよ……」と、内心ヒヤヒヤしているブロストをよそに、「どうして無駄なのよ?」と、サラが怖い表情で新入りに詰め寄る。


「サラも見ただろう、あの人参たちの悲惨(ひさん)最期(さいご)を」


「えっ?」


「通りすがりにパクーッだったぞ? 余りにも無慈悲だった。もうこいつらは、たった一人や二人の犠牲で止まるような腹の減り具合じゃない」


「ペコペコのペコだ!」と、全力疾走しながら、賢者であるはずのサラを論破する新入り。


「だからといって、犠牲なしでどうすればいいのよ!」


「もう走るしかない!」


 新入りは、新入りらしからぬ尊大な態度で、サラに正論を叩きつけた。


 しかし――


「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない……」


 サラの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。



 ◇ ◇ ◇



 それから少し時が経ち、ここはとある城下町の冒険者ギルド。


 受付カウンターには、綺麗な涙を見せようとして上手くできず、わざとらしい嘘泣きをぶっこいている男女の姿があった。


「あれは仕方が無かったんだ……」


「そうなの……。突然、モンスターの群れが私たちに襲い掛かってきて……」


 カウンターの内側には、深刻そうな顔で二人の話を聞いている受付嬢。


「だからって、一番足の遅かった新入りさんをダンジョンに置いてけぼりにして帰ってきたんですか?」


「あれは仕方が無かったんだ……」


「それはなんでも酷すぎじゃないですか?」


「あれは仕方が無かったんだ……」


 何を聞いても、「あれは仕方が無かったんだ……」と返事するだけのロボと化したブロストに対して――


「はぁ……。二人とも、これで何度目ですか?」


 受付嬢は、酷く落胆した声を吐いた。


「いや、()()()、本当に全くの無計画で……」


 と、ブロストが弁解しようとして、サラに強く足を踏まれた。


()()()、たまたま、偶然、思いもよらず、こんな事態になってしまったの」


 あくまでも偶発的な悲劇であることを強調しながら、サラがそう釈明する。


「本当ですか?」


「本当よ!」


「う~ん。でも、こんなに毎回毎回だと……」


「私は賢者なのよ! 嘘は言わないわ!」


「怪しいですねぇ……」


 ジーッと疑いの目で二人を見詰める受付嬢に、自然とサラの声も大きくなっていく。


「信じて頂戴(ちょうだい)! そして、今回も新入りの死亡保険金を私たちに!」


 ぶっちゃけた話をすると、サラとブロストは大悪党だった。


 今までにも数度二人で手を組み、経験の浅い新入りに度々死亡保険をかけては、モンスターをいたずらに刺激し、新入りを置き去りにすることによって、多額の保険金を受け取ってきたのだった。


 ただ、今回のケースはいつもと違い、ダンジョンの細い通路を曲がると、モンスターの群れが襲い掛かってきた。


 すなわち、ブロストの言う通り、今回は全くの無計画で、サラの言う通り、思いもよらない事態だったのである。


 今回は後腐れなく保険金を受け取れる、今夜は気持ちの良い酒が飲めそうだ、などと心の中でほくそ笑み、これっぽっちも悪びれる様子のないサラとブロストの背後に――


「やぁ! サラ、ブロスト!」


 そこにはダンジョンで見捨てたはずの新入りが立っていた。


「ななな、なんで新入りがここにいるの!?」


「あああ、ありえねぇ……!!」


 まるで幽霊でも見るような目で新入りを見る二人。


「僕だけじゃない。ゴーストもいるぞ」


 新入りの背後には、モンスターの群れの中にいた半透明のゴーストが一匹。


「ひえぇぇぇぇぇ!!」


 サラとブロストが同時に悲鳴を上げる。


「あぁ、大丈夫ですよ。そのゴーストさんは、不正調査のためにギルドが雇ったんです。多分、あなたたちも見覚えがあると思うんですが……」


 受付嬢に言われ、二人がゴーストの顔を見てみると……。


 そこには、かつてサラとブロストに()められ、命を失った元新入りの面影があった。


「あのときは、ぐぐぐ、偶然だったわよね? 私たちのこと、ううう、うらんでないわよね?」


「は? 普通にクソうらめしやなんだが?」


 イチかバチかで過去の悪事が(まぼろし)になっていないか確認を取るサラを、ゴーストが容赦(ようしゃ)なく(にら)みつける。


 サラはすっかり血の気が引いてしまい、顔色が真っ青になってしまった。


 その一方で、「ななな、なんでお前は無事だったんだ!?」と、ブロストが(あわ)てた様子で、新入りに問い掛けている。


「モンスターの群れの中に暗黒魔導士がいただろう? あれで気が付くべきだったんだ」


「気が付くべきだったって、何を……?」


「いくら悪魔に魂を売り渡したといっても、暗黒魔導士は人間だろう? 本来なら、あいつが真っ先に食べられていないとおかしいじゃないか」


「えっ?」


 言われてみれば、モンスターの群れは、自分たちを追いかけているというより、もっと()()()()()を血眼になって追いかけていたような……。


 ブロストは、ダンジョンでのことを思い返して、「そんな馬鹿なぁ」と、情けない声を上げた。


「あのモンスターたちはみんな、腹が満ちれば誰でもよかったわけではなく、これを食べたくて大爆走していたんだ!」


 新入りはそう力説すると、カバンの奥から何かを取り出した。


「ケテ……、タスケテ……」


 なんと、牙が抜け落ちヘトヘトになった人参が、新入りの手の上で助けを()うていた。


「ドラゴンとタイマンを張って、なんとかこの一本だけゲットしたんだ!」


「ドラゴンとタイマン!?」


「しかも、勝ったの!?」


 ブロストとサラが、分かりやすく目を見開いて仰天している。


「暗黒魔導士に教えてもらったんだが、ここだけの話、こいつめちゃくちゃ美味いらしい! 後で、みんなで三等分してみないか?」


 と、二人と再会できて嬉しそうな新入り。


 どうやら彼は、自分が置き去りにされたとは微塵(みじん)も思っていない様子。


 すると、受付嬢がこの場をまとめようと、咳払いを一つ。


「コホン! まぁまぁ、御三方。積もる話は後にして……。さて、ゴーストさん、こちらの二人を調査した結果はどうでしたか?」


 話を振られ、ぼんやりしていたゴーストの輪郭(りんかく)が濃くなる。


「いや、ダメ。もう有罪そのもの」


「はぁ、やっぱり……。では新入りさんは、どう思われますか?」


「えっ? 僕? あれっ、有罪? えっ?」


「被害者のお二人とも、有罪が相応(ふさわ)しいとおっしゃっていますので……。取り敢えず、サラさんとブロストさんは逮捕してしまいますね!」


 何の事か分からず、まだ新入りがまごついている間に、受付嬢がそう決断してしまうと、ギルドの奥から無数のゴリマッチョたちが現れた。


「オッス、オッス、オッス……」


 不気味な呪詛(じゅそ)を繰り返し唱えている、見るからに屈強そうなゴリマッチョの群れ。


 彼らは、異様に黒光りした上腕二頭筋をみなぎらせて、「離せー!」「誤解だー!」などと泣き叫ぶ二人を、速やかに鍵のついた扉の向こうへと連行していった。


 ズシンと音を立てて、重厚な金属製の扉が閉まる。


 もうこれは、ちょっとしたホラーである。まだモンスターの群れの方がマシなレベル。


 今後サラとブロストの身に起こるであろうことを想像すると、なおのこと恐ろしい。


 こっわー……。


 そんな単純な感想を抱きながら、新入りが刹那(せつな)の出来事に、いろんな意味で恐れおののいていると――


「それじゃあ、僕はこれで失礼しますね!」と、どこか満足そうな表情のゴースト。


 ギルドの不正調査員だった彼は、突如出現した白い光に全身を包まれたかと思うと、「あ~、未練ゼロなんじゃ~」と、言葉をこぼしながら、気持ちよさそうに天へ召されていった。


 ご苦労さまでした~、と受付嬢が天井に向かって手を振っている。


「あのー……。感動の別れのところ誠に申し訳ないんだが、僕はこれからどうなるんだ?」


「あぁ、新入りさん!」


 新入りがパーティーのことを尋ねると、受付嬢は今思い出したと言わんばかりの声のトーンで、新入りの方に顔を向けた。


「えーっとですねー……、手続的にはー……、今のパーティーは、ギルドの権限で強制的に解散させちゃいましたからー……」


 受付嬢は簡単にそう説明すると、カウンターにある紙片に素早く目を通し――


「またフリーの『何でも屋』で登録しておきますね!」


 と、今日一番の笑顔を見せた。



 ◇ ◇ ◇



 そして、ギルドの出入り口。


「はぁ……。僕は無事だったんだから、何も逮捕することはないだろう……」


 パーティーは崩壊してしまい、ついに新入りは新入りですらなくなってしまった。


 実は、彼は、長く続いた息苦しい貴族生活を抜け出し、いよいよ待ち望んでいた冒険の毎日が始まる、と息巻いていたところだったのである。


「二人とも、金に困っていたなら、僕に言ってくれればよかったのに……」


 夕方の冷たい風が、城下町の大通りを吹き抜けていく。


「いくらでも無利子で貸したのに……」


 そう呟きながら、彼が寂しそうに立ち尽くしていると――


「やぁ! さっき中で話を聞いていたよ、君は今フリーなんだってな! 俺は勇者! こっちは魔法使いのリュリュ! もしよかったらだけど、俺達のパーティーに入らないか?」


 突然、得体の知れないカップルが、彼の目の前に現れた。


()魔法使いでしょ!」と、怒りながら勇者の脇腹を杖の先で刺突する女魔法使い。


 抜群に胡散(うさん)臭く、怪しさは満点を大幅に上回る勢いではあったが、どこか憎めないというか、何というか、悪いやつらには見えない。


 自分で勇者や大魔法使いと誇称(こしょう)するなんて、世の中にはサラ以外にも自信家はいるものだなぁ、などとぼんやり思いながら――


「うん、入れて欲しいかも」と、()()()は笑った。


お読みいただき、ありがとうございました。


少し変わったファンタジー系コメディーはいかがだったでしょうか。


お気に入りいただけていたら幸いに存じます。


最後になりますが、小説ページ下部に、この短編のその後(?)と、現在私が連載しております異世界コメディー小説のリンクがあります。


もしよろしければ、そちらもご一読いただけると嬉しく存じます。

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