<女王>
三日月島。この島は北側を凹ましたような三日月形をしており、西から東へと勾配が続き西側の浜から東へ行くほど標高が上がっていくという地形をしている。そしてこの島の歴史は思いのほか古い。もともとこの島は兎の獣人たちが女王のもと平和に暮らす島として栄えていた。時には海賊の襲撃や人間の侵略に打ち勝ち独立した島との地位を維持してきたのだ。
だが、ある時を境にこの島は一変する。近隣の国家で人間以外に対する迫害が始まり逃げてきた者たちを受け入れることになったのだ。獣人たちは例外なく人間よりも強い。しかし強いからといっても戦争や戦いが好きなわけではないのだ。
そして他の種族を受け入れたこの島は食料や土地、獣人を迫害した国など様々な問題を抱えることになる。人間であれば受け入れたことによるしわ寄せや受け入れられたこの島の待遇について大きな不満を持ち、反乱を起こしてもおかしくはなかっただろう。しかし、この島にたどりついた者たちは義理堅く受けた恩を忘れたり仇で返したりするようなことはしなかった。ともに耐えながら一緒に生きることにしたのだ。
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月宮殿。三日月島の東部、島全体を見渡せる場所に白く大きな建物がある。通称月宮殿と呼ばれるこの建物はもともとこの島の統治者であった兎族の女王が住む建物である。
「それで、あの異世界から来たという日本の者たちの様子はどうなの」
女王シルヴィアの前にはそれぞれ猫族のキャッツ、狐族のコリン、兎族のラビといった三種族の獣人たちがいる。三人はそれぞれの種族の代表でそれぞれの役割を行なう責任者でもある。
「港の船にいる日本人たちに特に動きはないのニャ。毎日船と大使館として貸している屋敷を往復してるだけニャ」
「そう、コリンのほうは」
「ほとんど魔法を見たことが無いようで、昨日の交流会では皆一様に驚いていました」
三日月島と日本人の交流は自衛官を最初として始まっていた。コリンをはじめとした狐族は魔法による芸能を見せることを役割としていてすでに数回の交流会で芸能を見せている。
「ラビのほうは」
「はい、館の外交官も不審なところは特にありません。それと日本にいるローラ王女の使節団ですが・・・」
三日月島では日本への使節団として王女であるローラと護衛役としてヴォルフを派遣していた。これは将来女王として日本とかかわっていくローラに日本を見せることと、治安維持や軍事的な面で日本はどのような制度をしているのかということを見極めるためでもある。現在は日本へ持ち込んだ魔法通信具で連絡を密に取り合っており、日に日に日本に関する詳しい情報が入ってきているのだ。
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報告会の終了後、シルヴィアは森の中に隠れるように建てられた小さな社の前で足を止める。普通の日本人が見れば百葉箱と見間違えそうなほど小さな社だが、シルヴィアは静かに語り掛けるように口を開く。
「あの者たちが来て時間が経ちましたが良好な関係を続けています。獣人に対する偏見がないようで・・・やはり異世界というのはそのようなものなのでしょうか」
シルヴィアの声に応えるこのはいない。しかし、シルヴィアはわずかに微笑むとその場を去っていった。