<丸い三日月>
「なんでこの島って三日月島って名前なんでしょうね」
きっかけは浅野の一言だった。この三日月島の勤務となって数か月、外園にそんなことをつぶやいたのだ。
「そりゃあ・・・島の形だろう」
外園は若干引きながら浅野に応える。これだけの期間この島にいて島の形を全く見ていないのではないかとあきれたのだ。実際外園が見たところではこの島は綺麗なぐらい三日月の形をしており、わざわざ島の名前に疑問を挟む余地などないと思っていた。
しかし、それは浅野の言葉で一気に覆されることになる。
「でも、この世界って月が三日月になるどころか、月自体ないじゃないですか」
・・・・・
外園はなぜ今の今まで疑問が浮かばなかったのだろうと思っていた。担当の兎族の獣人を呼んだところ、もともとこの島はただ単に「島」とだけ言われる場所であり、島の名前などないに等しいものだった。しかしこの島にほかの獣人を受け入れ、、食料や仕事などが困窮しているのと同時期に一人の人間が来たのだという。
すでに百年前以上前のことのため詳しいことはわからないそうだが、その人間は当時の島の女王のもとで様々な改革を進めた。それは今に通じる様々な国や種族に対して中立というものと、身辺警護を専門とする傭兵の輸出である。今では金貨の輸送や貴重品の輸送といったことも行なっているそうだが、この三日月島はそれを基礎として発展しているのだ。
「それで、今のようになったのはいつ頃なんですか」
「今のようになったのはどこかの国の貴族を受け入れたのが始まりだとされています」
この世界と言うよりも時代的なものが大きいが、この世界では今も暗殺といったものは普通にあることなのだという。暗殺の理由は派閥争いや戦争、君主と元老院の対立など理由には事欠かない。そんなこともあり、この島で生まれた身辺警護を目的とした傭兵が受け入れられたのだが、その中でも最上級の身辺警護としてこの島に受け入れたのが始まりなのだそうだ。
その後、何人かの人間を受け入れたりしているうちに安全で暗殺の心配をしなくてもいいという島のイメージが付き、絶対的な安全を提供することを目的として今の状況になったのだという。一応、言い伝えでは島をこの状態にすることは最初から決まっていたということになっているが、はっきりとしたことはわからないのだという。
「すごいですね、そこまで計画していたなんて、それにしてもその人間は一体何という名前だったんですか」
「それはわかりません」
その人間は国父とされているが、その名前を知っているのはこの島の女王だけなのだという。しかもそれは本当の名前ではなく当時の女王がつけた名前なのだそうだ。なんでもその人間はこの島に骨をうずめる覚悟を決め、自分の過去を完全に捨てて振り返らないことを決めたときに女王から新しい名前をもらったのだという。
外園はこの話をまとめるとすぐに外務省へ報告をした。外園自身この人間が日本人ではないかと思っていたのだ。しかし、この件は外務省の官僚には一切見向きもされず、外園と浅野は大きな不満を持つことになった。




