<捕鯨船>
異世界に転移した日本では転移をする前とは比べ物にならないほどの鯨肉が流通していた。
日本にとって最も重要なのは食料の確保であった。そのため周辺国との交流によってクジラと同じような海洋生物の存在が明らかになり、日本人でも問題なく食べられることが確認されたことによって大規模な調査・商業を目的とする捕鯨を行なうことになったのだ。
そしてそれらの海洋生物にはクジラとしての日本名の名称がつけられ、今では捕鯨が盛んに行なわれている。食料の輸入が途絶えた日本にとってまさに捕鯨は生命線であり、多くの国民の腹を満たす救世主であったのだ。
また、牛肉や豚肉を国内で生産しているとは言え元々輸入品に比べて値段が高く、輸入されていた肉が途絶えたことから異常なほどの高値となり鯨肉はこれらに変わる肉として多くの国民に食されていた。
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しかし、そうクジラばかり獲れるわけでもないのがこの世界の海である。
「なんなんだ、こいつは」
それを見た母船の船員は思わずそういった。船団の捕鯨船が一頭のクジラとみられる姿を発見し、数時間の死闘の上ようやく捕獲したのだ。しかしそのクジラを捕鯨船から母船後部にあるスリップウェーと呼ばれる滑り台のような坂からこの母船へと引き上げられたのだがどうもクジラとは違う。なぜなら大きさや体の色はいつも捕獲しているクジラと同じなのだが、口が横だけでなく縦にも開く十字の口をしているのだ。
「なんでしょうね」
「さあな、でも胃の中を調べれば何かはわかるだろう」
引き上げられたその生物は体長や体重が計測され、サンプルの採集が終わると胃が開かれた。そして中には大量の魚や木材・・・そして人と思われるものが入っていた。クジラとは違う禍々しい姿からある程度は覚悟していたが、この生物は異世界での現実を見せてきた生物であった。
その後、捕鯨船団は当初から決められていた「人間にとって危険な生物がいた場合には直ちに帰投し調査を行う」というルールに従い日本へと帰ることになった。すでに人間が胃の中から見つかった時点でこの生物の外見の特徴を海上保安庁と海上自衛隊に通報しているが、これは日本の漁船や海運関係者などに直ちに危険な生物の情報を正確に伝えるためであり仕方がないことなのだ。
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後日、政府の調査によりあの海洋生物は一種の怪獣であることが明らかとなった。国交を有する国との合同調査によれば船に体当たりをして転落した人間を食べたり、ボートやイカダのような小さな船であれば船ごと食べたりといった危険な生物なのだという。ある時には漁船が、またある時には貿易船がといった具合であり、多くの国で恐れられていた海の死神だったのだ。
そしてこれを倒した捕鯨船団は各国の海の男の注目の的となるのは当然であった。本来の仕事で忙しいにもかかわらず外務省からの要請により各国の視察要請や訪問要請に応じることになり彼らは多忙な日々を過ごすことになる。




