表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼は死して尚、修羅を生く  作者: 夢現
第一章 明日の事を言えば鬼が笑う
2/16

第一章02 『ショー』

 乾いた欲望は鮮血を求める。


 極限まで照明を落とした薄暗い空間は、異様な熱気に満ちていた。


 大きな宝石をあてがった指輪やネックレスを、これ見よがしにジャラジャラと身につけた淑女。


 ヨレヨレのティーシャツで一年を過ごす浪人生が見ても、一目で最高級であるとわかるスーツに身を包んだ紳士。


「私、ブルジョアですけど何か?」と見た目でマウンティングしてくる、実にけしからんレディースアンドジェントルメンが三四十人は集まっているだろうか。


 四方を囲む壁や柱には細かい装飾が施されており、丁寧な仕事と洗練されたデザインが一流の高級感を演出している。


 一定の間隔で、光沢を放つ革製のソファーが配置されており、三つ星ホテルのラウンジを思わせる。

 だが、成功者達が踏ん反り返って座ってこそ存在感と輝きを放つそれらに、腰を下ろし高笑いする主は見当たらない。

 存在するソファーの全てが本来の役割を見失い、ただの置物と化している。


 何よりも異様なのはこの場に集まった紳士淑女の全員が、この空間の中心を取り囲むように群がり、ひしめき合い、剥き出しの欲望を叫び、血走った(まなこ)、その視線の全てを中央の空間に注いでいることだ。


 そこには周囲を金網に囲まれた、円柱型の物物しい檻のようなものがあった。

 同じ空間であるにもかかわらず完全に隔離されてしまっていて、一度入ってしまえば二度と戻ってこられないような絶望感がある。


 ここだけを視よと言わんばかりに照明がそこ一点だけに集められ、黒の中でポツリとハリボテだけが浮かんでいる。


 檻の中には二人の男がいる。


 一人は膝上丈のピチピチの赤いパンツに上半身裸のアフリカ系の男。

 褐色の体は逞しく、山脈のような凹凸を作っている。体のあちらこちらに古傷を刻んでおり、毎朝満員電車に揺られるサラリーマンでないことは明らかだ。

 三白眼の眼光はギラギラと鈍く光り「ワタシ、キノウマデケイムショデシタ、ハハハハハ!」と言われればなるほど納得といった見た目。

 二メートルはあろうかという大きさは、与える威圧感を何倍にも増幅させる。まさに怪物。


 その怪物に向かい合うように立っている男は、大人びてはいるが顔にまだ幼さを残した高校生くらいの少年だ。

 少しくせのある黒髪を無造作に掻き上げたような髪型をしている。

 漆黒の瞳を中心に置いた目はややつり上がっていて、どこか冷めたような表情は、年齢には不釣り合いな落ち着きを感じさせる。

 鍛えあげられているであろう白い体は、決して貧相ではない。だが相対する男が身に纏う肉の鎧に比べると、どうにも心許なく見える。

 身長は、百七十五センチメートル前後といったところか。半袖の白いティーシャツに紺のジャージ(腰の少し下辺りに学校の名前の刺繍が入っているのでどうやら学校指定のジャージ) という服装も頼りなさの演出に一役買っている。


「ボブ、そのガキぶっ殺せぇ!」


「なるべく甚振ってから殺してよねぇ!」


「勝敗は見えてるんだから、なるべく楽しいショーにしろよなぁ!」


 ドス黒い欲望は叫びの矢となって、二人の男の体に突き刺さる。


 東京の中心にそびえ立つ最高級ホテルの地下にその空間はある。そこには特別会員資格を持つ規格外のセレブ達が毎夜日本中から集まってくる。


 富と名声を手にしても留まるどころか日ごと膨らむ欲望という怪物に上等な餌をやるため、彼等彼女等は大都市の地下に存在する異世界へと足繁く通うのだ。


 行われるのはなんてことない、言ってしまえばルールのないケンカだ。武器の使用は禁止だが、それ以外はなんでも有り。

 死人が出ることも日常茶飯事だ。


 会員達はどちらが勝つか、はたまた生き残るかを賭ける。

 ただそれだけのことだが客足は衰えない。それどころか、会員数は確実に伸び続けてさえいる。


 常に威厳と余裕と優雅さを求められる社交界での流儀は、ここでは己の解放を制限する枷でしかない。


 生命のぶつかり合いによって巻き起こる奔流は感情の全てを見境いなく飲み込み、理性に飼い慣らされた者達の中に眠る野生を呼び覚ますのだ。


 だからこそここには地上では買えない刺激がある。スリルもある。大金を払うにはそれだけで十分だ。


「ボブ、一発で殺すなよぉ!」


 観客の声はボブと呼ばれる褐色の怪物を一心に煽る。

 もはや関心事は勝敗にはなく、ショーの残虐性をいかに高めるかにあるようだ。


 格闘漫画のような手に汗握る白熱した試合よりはむしろ、強者が弱者を一方的に嬲る試合をここの客は好む傾向にある。


 そのため、日に一度はショーのための対戦カードが組まれるのだ。


 そして本日のメインイベントが怪物対少年の今世紀稀に見る好カードとあれば観客の興奮は必至。胸ワク激アツな展開に胸踊らす紳士淑女達の盛り上がりもさもありなん。


 呼吸に合わせ肩を静かに上下させるボブも観客の熱気に圧され、次第に興奮の度合いを高めているように見える。

 導火線に火が着いた爆弾よろしく、逸る心を一抹の冷静さがなんとか抑えている。


 一方少年の表情に変化はなく、どこか他人事のような雰囲気さえある。


 そんな二人の心の有りようなどどこ吹く風、会場のボルテージは最高潮に達し、熱気だけが空間を支配する。


 カァァァァン!!


 試合の開始を告げるゴングが喧騒を切り裂くように鳴り響く。


 音の波が空気を震わせたその瞬間、火薬が爆ぜたように褐色の弾丸がターゲットに向かって一直線に飛び出した。

 抑え込まれていた破壊衝動は爆発的なエネルギーへと変換され、少年の若い肉体を八つ裂きにし赤い肉の塊に変えようとその圧倒的な暴力を開放した。

 距離は一瞬のうちに詰まり、大気の壁を突き破りながら突き進む拳は幼さの残るあどけない顔面に狙いを定め、徐徐にその圧力と大きさを増し最後の壁を突破し鼻先に触れようかという刹那——


 ッッパアァァァァァンッ!!


 血しぶきが噴き上がった。


 ボブの体が地面と平行に浮かび上がり後ろ向きに飛んでいく。


 困惑。静寂。何が起こったのか理解できない。


 口をだらしなく半開きにした観客達の視界の中央、光の束が集まる地下世界の中心。


 巨体が地面に打ちつけられ、唐突に、実に呆気なくショーの終わりは告げられた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ