役立たずさん
「ねぇ? 私を飼わない?」
私の部屋の前でどこか挑戦的な瞳で私を見るこの人……。なんでこんな展開になったのかさっぱりだ。しかも外で雨が激しく降っているせいかずぶ濡れだし。
「…………いいですよ」
そしてなんで私はなんとなくこの身元もわからない人と同居する事を快く快諾してしまっているのだろう。……この人、凄く見た目は美人な人だし正直私にそんなこと頼まなくても他の男の人とかが放って置かなそうなのに。
「ずぶ濡れですから早く入ってシャワーでも浴びてください。服は貸しますから」
なんて思いつつも私は手際よく自分の部屋のドアの鍵を開け、彼女を部屋に入れる。
彼女は私に促されるままに部屋に入り辺りを軽く見渡した。
「…………いいの? そんな簡単に私を入れても?」
「飼わない? って聞いたのそっちですよ。さっさとシャワー浴びてきて下さい!」
半ば強引に名前も知らない彼女を浴室に押し込む。
「事情も聞かないなんて貴方面白いね」
笑いながらそう呟いて彼女は浴室に大人しくシャワーを浴びに行った。
あーあ。私は1人暮らしだから家族の了承だとかの心配は要らないけども、本当に名前も知らない彼女との同居をなんとなく許可してしまった私はどこかおかしいのかもしれない。
……というか私は本当に他人に流されやすいのかもしれない。
とりあえず、名前と年齢だけは聞いておこうかなぁ。なんて思って居たら私は学校帰りだったからまだ制服のままだということに気がついた。
……まぁ、いきなり飼ってくれだなんていう人が現れたらそりゃあ私も多少なりとも動揺はするか。
とりあえず彼女に着替え置いてあげたら私も着替えよう。などと考えつつもこうなった原因を思い当たる限り上げてみる。
まず私は間違いなく朝、いつも通り学校に行った。そして居眠りしつつも授業を受け、帰りは雨が降っていたので傘をさして肩が少し濡れつつも帰った。それだけだ。
帰ったら、私のアパートの部屋の前にしゃがみ込んだ彼女が居て少し動揺していたら彼女が「私を飼わない?」などと正直意味分からない事を言われたのだ。私に非も心当たりもまるでない。本当にない。
制服から部屋着に着替え、彼女の着替えを浴槽の洗面所に置いてからなんとなくスマホをチェックした。画面をこれまたなんとなく見ながら彼女が浴槽から出てくるのを待っていると浴槽の洗面所から物音が聞こえ、彼女が出てきた。
「シャワーありがとう」
「いえいえ。どうも」
たわいのない無機質な当たり前のセリフを返し、彼女は私の前の所に座る。まぁ、私の聞きたい事も向こうはなんとなく分かっているのかゆっくりと口を開いた。
「ねぇ。一目惚れって信じる?」
「………………は?」
驚いた。当然なんでこうなったか説明してもらえると思っていたからだ。まさか一目惚れの話をされるとは微塵も思わなかった。
「……っていきなり言われてもそりゃあそんな反応されるよね」
「まぁ、そりゃあそうですけど。まず名前とかを教えてもらえると思ったので」
「……ああ! そういえば名乗ってなかったね! 私の名前は三角あずき。27歳のプロのヒモです!」
「…………ヒモ?」
…………この人やばい。自分の10歳くらい年上かぁとか一瞬思ってたけどもそれよりも駄目人間さ溢れる自己紹介のせいで全て台無しだよ。
「そう。ヒモです!こうなったのも恥ずかしながら居候してた男の子の部屋から追い出されちゃってね。それで途方に暮れてた所、急に雨が降ってここのアパートで雨宿りしてた所で……」
「私に偶然会った……と」
「そうだよ!」
栗色のふわゆるパーマのかかった髪をなびかせ、にっこり眩しい笑顔を私に向けてくる三角さん。理由が完全に駄目人間だけども。
「そういえばあなたの名前は?」
「ああ……私も名乗ってなかったですね。私は佐川加音です」
「加音ちゃんかぁ。可愛い名前ね!」
ああ……この人はこの人懐っこい笑顔と性格で男をたらしこんでたんだなと三角さんが言っていたプロのヒモという理由に勝手に納得してしまった。
「とりあえず、しばらくお世話になるね! 加音ちゃん!」
「はぁ…………はい。よろしくお願いします」
苦笑いと乾ききった喉。三角さんはなんというか……断りづらい。正直プロのヒモと言う単語を聞いた瞬間から出ていけクソニートと言いたい気持ちを抑えていた私でも流石にこんなに可愛い笑顔を見せられたら拒めない。本当にこの人は色んな意味でズルイ人だ。
やっぱり、この人のこうゆう人懐っこい所があるから今までこの人を居候させてた人がなかなかこの人を追い出せなかったのだと確信した。
「ちなみになんで一目惚れの話を?」
とりあえずそこの話は気になっていたので聞いてみると三角さんは思いの外、そういえばそうだったと言うあっけからんとした表情をしていた。おいおい。あんたが話だしたんだろ。
「うーん。なんとなくなんだけど、あなたを見た瞬間にビビッと来たのよ」
「ビビッと?」
「うん。だって加音ちゃんって私の事を見捨てなさそうだなって、私に優しくしてくれそうだなって思ったの。これも1種の一目惚れかなって」
そうにっこりと優しげに笑う三角さんに本当はなんであなたと同居してもいいって了承したのか自分でも訳分からなかったってのも、ずぶ濡れだったから風邪ひいたら困るしとりあえずってな気持ちもあったとか本音をなんだか言えないままに「なんだそれ」って否定する言葉も言えなかった。
とりあえずそんな三角さんと暮らす事になるのだけど、三角さんは本当に駄目人間だ。三角さんに洗濯をさせてみてもてんで駄目で洗濯機から泡をブクブクさせてた。
だからせめて洗濯物くらいは畳めるだろうと思ったのでさせてみたら、三角さんは不器用なのか逆にぐちゃぐちゃにしていたので急いで辞めさせた。ちなみに掃除も掃除で下手くそだったのですぐに辞めさせた。この人は本当に何が得意なんだ。
「あー。加音ちゃんってば私の事「このクソニートは何が出来るんだ」って思ってたでしょー?」
ぐっ……図星だ。と少しびっくりしていると三角さんはにっこりと微笑んで一言。
「だからプロのヒモだと言ったでしょー!」
「自信満々でプロのヒモと言わないでくださいよ。はぁ……」
もう駄目だこの人。本当に役立たずのヒモだ。何もさせらんない。せめて洗濯とか掃除出来る人だったら私が学校に行ってる間は任せようと思ってたのに……。
「役立たずさん」
「まさかの役立たず扱い!? でも流石、私の見込んだ加音ちゃん!! そこに痺れるぜ!!」
「喜ばないでください。というか黙って下さい。クソニート」
はぁ……。こんな調子で私はこの人とやっていけるのだろうか。不安だ……。