19.ドラゴンのプレゼント
人間の悪意に触れてしまったハクは、しばらく怯えて落ち込んでいたので、運動で領地の外れに飛んでいくこともお休みしていた。母親のシロに諭されても、赤ちゃん返りしたのか羽根の下からなかなか出て来ないハクを慰めたのは、小さなタケだった。
「いち、ぶちゅけられて、こあかったねー。いちゃかったねー」
「きゅー……」
「もうしゃれへんように、タケたんとおねたんとレオたんとカナたんがちゃんとみてるのよー?」
「ぴゃあ……」
「いやぁないじわゆなおとなもいゆの。タケたんをしゅてたのも、やぁなおとならったの。れも、ハクたんをだいすちなひとも、いっぱいいゆのよ?」
小さな手で石の塊のぶつかった脇腹を撫でて、一生懸命拙い4歳の言葉で伝えると、きゅうきゅうと鳴きながらハクがタケに頬ずりして、ようやくシロの羽の下から出てきた。
また運動は再開されたが、ドラゴンの子どもに石の塊が投げ付けられたということは、近隣の住民にも知れ渡っていて、棒や木刀を持って住民の警備隊が結成されていた。怪しいものが紛れ込んでいないかを、子どもたちが走り回って入念にチェックしていく。
「タケちゃん、大丈夫やからな!」
「ドラゴンさん、痛かったやろう」
「産まれたばかりやのに、可哀想に」
周辺住民の暖かさに触れて、ハクはすっかりと元気になったようだった。
『ひとに悪意を持って育つようになれば、あの子に石を投げた輩の思う壺だったであろう。感謝していると伝えてくれ』
石を投げられてハクが襲われてから初めての運動の日には、カナエとレオとナホとタケの四人体制で、裏庭にはミノリが見張って、完全防備だったが、それ以上に周辺住民が気を遣ってくれたおかげで、ハクもギンも元気いっぱいに遊べた。
カナエを通してシロがお礼を言えば、周辺の子どもたちが跳ねまわって喜ぶ。大人たちは深くシロに頭を下げていた。
冬の冷え込む時期は、獲物が少なくなった魔物が人里を襲う。家畜のみならずひとの住居にまで入り込んで食い荒らして去っていくことがあるので、ドラゴンが目を光らせてくれているのは、周辺住民にとって本当にありがたいことのようだった。
運動を終えたハクとギンが、シロに連れられて裏庭に戻ると、ハクが巣にしている厩の奥からごそごそと何かを持ってきてタケに渡していた。小さな手の平に余るくらいの大きなたくさんの純白の鱗に目を輝かせて、タケはぺこりんと頭を下げる。
「あいがちょね」
「タケちゃん、それ、どうするの?」
「ないちょ」
大事にドラゴンの鱗を抱き締めてお屋敷の中に入って行くタケを、ナホとカナエで追いかける。ミノリとレオは、遊び疲れたギンとハクのために薬草を運んでいた。
慣れた様子でお屋敷に入り込んだタケは、迷いなく廊下を歩いていく。
「もしかして、ユナくんのところに?」
「でも、ここ、違わない?」
ユナとリンはお屋敷の中でも奥の住居にしている部分で乳母に面倒を見られている。タケが向かっているのは、奥の住居ではなく、手前の執務室がある棟だった。
「んちょ、んちょ」
小さな体には大きすぎる階段を鱗を落とさないように抱き締めて必死に登って、三階の領主の執務室の前まで来たタケは、意気揚々と扉をノックした。胸に鱗を抱いていた手が外れてしまって、しゃらんしゃらんと軽い鈴のような音を立てて、鱗が床に零れ落ちる。
「ぴゃー! めなのぉ!」
しゃがみ込んでタケが拾っている間に、中から執務室が開いた。出てきた着物姿のサナを見上げて、タケは両手の鱗を差し出した。
「おかたん、こえ!」
「うちは、あんさんのお母ちゃんやないて言うてますやろ?」
「ナホおねたん、おかたんていうた!」
「それは言葉の綾っていうか……」
「タケたん、おとたんいゆけど、おかたんおらへんかったから、うれちいの! こえ、おかたんに、あげゆ」
きらきらのお目目で、一生懸命三階まで登ってきて、ほっぺも真っ赤になった4歳の男の子の純粋な好意に、5人の子どもの母親であるサナが弱くないわけがない。しゃがみ込んで白い手の平をタケの目の前に出すと、タケが一つずつ鱗をサナの手の平に乗せていく。
「ひとちゅ、ふたちゅ、みっちゅ、よっちゅ、いちゅちゅ……いちゅちゅもあったで」
「ありがとう、タケちゃん。これで、レンさんに何か作ってもらおかな」
「おかたんの?」
「せやなぁ、タケちゃんがくれたもんやから、大事に使わなあかんなぁ」
仕事中なのにサナがタケのために出てきているのも、タケがお目目をキラキラさせながら自然にサナを「おかたん」と呼んでいるのも、この光景が何度か繰り返されたことを証明するようだった。
「お母さんが、タケちゃんに懐柔されているのです……」
「タケちゃんやるなぁ。さすが、私の弟」
「ナホちゃんは面白がらないでください」
ユナのことを好きだというタケ。二人の仲に反対しているというか、姉として小さくて可愛い弟のユナが奪われるようで悔しくて、寛容になれないカナエは、サナがタケから贈り物を受け取っているという事実にショックを受けていた。
何も気付かないままに、タケがぽてぽてと帰っていくのを、ナホが危険がないように追いかける。その場に残ったカナエは、サナの執務室に突撃して行った。
「お母さん!」
「あぁ、カナエちゃん、ええとこに来たわ。ハクちゃんに狼藉を働かせた愚か者貴族は、ローズ女王陛下が捕えて牢に投獄したて知らせが来たで」
「そうなのですね……あのひとの家族は?」
「借金のカタに売られかけてたみたいやけど、保護されたて」
ミノリを引き取った貴族の妻の方が首謀者だと証言したあの男性は、残りの借金の返済は自分の責任だが、呪詛をかけられて命を賭して返すようなことはしないと誓っているという。
決して使ってはいけないもの、使われているところを見たら解呪しなければいけないものとして、呪詛は魔術学校で習うが、具体的な方法は習わない。呪詛を研究したければ、研究過程でそれを選んで専門家にならなければいけない。呪詛がかけられたものを発見したら、怪我人や病人を医者に連れて行くように、呪詛解呪の専門家の元に連れて行くようにとカナエも習っていた。
セイリュウ領では魔術具を使ってレンが解呪できたが、そうでなければあの男性は何も証言できないままに、サナの前で呼吸を止められて死んでいただろう。
目の前で何もできずにひとが死ぬのを見なければいけないかもしれない。
カナエにとっては、サナが見せた領主の現実は厳しいものだったが、えげつない貴族社会の中で生きるということがどういうことかを教えられた気分でもあった。
「良かったのです……が、お母さん、タケちゃんに懐柔されていたのです!」
「お母ちゃんがおらへんて言うしぃ、あんな小さい子にプレゼントされて、いらへんてカナエちゃんは言えるのん?」
「それは……」
小さな頃薬草畑でもらった鈴パセリや珍しいものを、カナエは直接レオに見せに行っていたが、タケはまだユナが小さくてなんでも口に入れてしまうので、サナの方にプレゼントする作戦をとっているようだ。4歳とは言え、将を射んとする者はまず馬を射よとばかりの行動に、カナエは震え上がっていた。
心配するカナエをよそに、サナは手の平に乗せられた鱗を観察している。大小様々な大きさがあるのは、シロとハクとギンのものが混じっているからだろう。
「シロはんは、レンさんの作った魔術の篭ったガラス玉を飲んではるやろ?」
「魔力を補給しなければいけないと言っていたのですよ」
「レンさんがこの鱗で、魔術具を作ったら、うちやレンさんも、シロはんと話せるようにならへんやろうか?」
そうなれば、カナエとレオとナホとタケに任せている仕事が、少しは減らせるとサナは主張する。
「カナエちゃんも来年の三月で21歳やけど、レオくんは16歳やし、ナホちゃんも19歳、タケちゃんに至っては4歳や。ほんまは、領地の一大事に関わる仕事は大人がせなあかんやろ。それなのに、任せてしもうて、うち、申し訳ないと思うてるんよ」
子どもは子どもらしく、仕事のことなど考えずに自由にいて欲しい。子どもが子どもでいられる時期というのは限られているのだから。
サナの物言いも一理あるが、カナエにはカナエの考えがあった。
「運動をさせてもらっている場所の周辺のひとたちは、子どもたちも含めて、ハクちゃんやギンちゃんを守ろうとしてくれていたのです。タケちゃんは、落ち込んでいるハクちゃんを慰めてくれました。セイリュウ領が長くドラゴンと付き合いを続けるのならば、幼いうちから触れ合うことも大事なのではないでしょうか?」
「敵わんわぁ……カナエちゃんも、立派になって」
降参と両手を上げるサナの表情は、柔らかく優しいもので、カナエは素直に彼女を自分の母だと思えた。
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