18.降りかかる悪意
年末の試験が終わって、冬休みに入るとドラゴンの親子の運動も頻繁に出かけるようになった。4歳のタケは人見知りで、カナエを見るとなぜか泣いてしまうのだが、ドラゴンの双子とはとても仲が良く、ナホが先に行っている間にミノリをそばに置いてタケに見ていてもらって、タケを先に戻してドラゴンが一匹を裏庭に置いて二匹目を迎えに行く間、ミノリと一緒に留守番してもらうことができるようになっていた。
こうなると、レオとカナエの二人、タケとミノリとナホの三人の交代でドラゴンの子どもたちを運動に連れ出すことができた。身体も大きく育ってきて動きも激しくなってきたので、頻繁に連れ出さないと運動不足で夜中に暴れたり寝なかったりするのは、人間の子どもと変わらない。双子が寝なかった翌朝にはげっそりとしているシロのためにも、レオとカナエ、タケとミノリとナホの二組で交代で、一日おきにはドラゴンを運動に連れ出していた。
周辺の集落の住民もドラゴンが来ることに慣れてきて、姿を見せることもある。
『ひとに慣れねばならぬから、構わぬよ』
「近寄って良いそうですよ」
好奇心旺盛な子どもを筆頭に、カナエとレオ、ナホとタケの許可を得て領民も徐々にドラゴンに近付いて行っていた。ブレスはまだ吐けないが、吐く練習はしている子どものドラゴンたちも、人間が近付くと大きく動いて驚かしたりブレスを吐く練習を止めたりして、友好的に過ごしていた。
「この周辺に魔物が出なくなって、家畜も襲われなくなりました」
「これからも来てくださいませ」
守護神でも拝むようにシロにお礼を言う周辺住民に、レオが言っていることをサークレットの魔術具を通じて伝えると、シロも頭を垂れていた。
『我らが守られるは、ひとの理解があってこそ。礼を言うのはこちらの方だ』
ドラゴンとひととの共存。
ローズとダリアの目指す国造りの在り方を目の当たりにしたようで、その光景をカナエは深く胸に刻み付けた。
ドラゴンの運動に邪魔が入ったのは、シロがギンを咥えて飛び立ち、その場にカナエとハクだけが残ったときだった。飛んできた石の塊をカナエは魔術で防いだが、ハクは脇腹に食らってしまった。成体のドラゴンは分厚い鱗に覆われているので、その程度で傷付くことはないが、幼体のハクはまだ鱗も薄く、怪我はしなかったものの、痛かったのか身体を丸めて「きゅーきゅー」と鳴いて母親を呼ぶ。
上空でギンを咥えていたシロが飛んで戻って来た。
ギンを痛みに鳴くハクの側に置いて、石を投げた張本人を探すシロにも、石をぶつけようとしたのか、大きな石の塊を持って振りかぶっている男性がいる。
「止めるのです! シロさんも、ブレスはいけません!」
筋力を魔術で強化してカナエが飛びかかって押さえ付けた男性に、シロがぎりぎりと鋭い牙を見せつける。
「ひとを襲う人食いドラゴンだ!」
「あなたが仕掛けたんじゃないですか!」
「偶然当たっただけだ」
言い張る男性の顔を、カナエはどこかで見たことがあるような気がしていた。卵が孵った日に、シロたちの暮らす裏庭を守る結界の中に入ろうとして、失敗して捕えられた貴族の視察団のうち一人。
ドラゴンが裏庭を出て、周辺のひとが近付くのを許していると知って、悪評を立てようと襲いに来たのだろう。
「ドラゴンが本当に兵器として訓練されていないか確認しにきただけだ!」
『カナエ、ハクを傷付けようとしたそやつを、食い殺して良いか?』
「ダメなのです。殺してしまったら、思う壺なのです」
命を賭してでもドラゴンを悪者に仕立て上げるように言われてやってきた男性。彼が震えているような気がしたが、カナエはそれに同情できなかった。
「お金のために命を売るようなことをして……本当に愚かなのです」
「セイリュウ領はドラゴンを兵器として育てて、王都に反乱を起こすつもりなのだろう!」
「そう言えと言われたのですか? シロさん、このひとはお母さんに裁いてもらうので、シロさんはハクちゃんとギンちゃんを、早く安全な場所に連れて行って安心させてあげてください」
『我らも領地に属する身、裁きはひとの法に任せよう』
納得して、怯えているハクを先に裏庭に戻し、次にギンが運ばれて行ったのを確認して、カナエは男性を引っ立ててサナの屋敷に戻った。セイリュウ領領主の執務室に連れて行かれると、虚勢を張っていた男性も、明らかに顔色が悪くなって震え出す。
「殺すなら殺せ! セイリュウ領はひとの命よりも、ドラゴンの命を大事にするのだろうと知れ渡るだけだ!」
「殺さへんよ。なぁ、あんさん、家族はおらはりますのん?」
家族について言及されて、男性は青ざめて震えている。
「借金のカタやろか? それとも、貴族様に逆らえへんかったんやろか? 家族を人質にとられて、脅されてるんやな?」
「そ、それは……俺のことは殺せ!」
「殺しませんて言うてますやろ」
自分がドラゴンに殺されるか、ドラゴン絡みのことでセイリュウ領で処刑されることを条件に、家族を助けてもらう約束をしたのだろう。
白い指先でサナが男性の喉元を示す。指先に点った灯りに照らされた場所に、赤黒い禍々しい模様が浮かんでいるのを、サナはカナエを手招きして見せた。
「よう見とくんや。これがうちらを蹴落としたい貴族のすることや」
「もしかして……これは、呪詛ですか?」
「余計なことが言えへんように、助けを求められへんように、自分に不利な言葉が出そうになったら喉を締めるんや。あんさん、苦しいやろ?」
「ひっ……」
露わになった呪詛の紋章が描かれた喉を抑えて、息ができないのか床の上をのたうち回る男性の姿を見て、サナはレンを呼んだ。呼ばれて工房から駆け付けたレンは、呼吸ができずに顔面蒼白の男性の首に、シンプルなチェーンにビジューのペンダントトップを吊り下げたネックレスを着ける。
ぱきんっと音を立ててネックレスが砕け散るのと、男性の首から呪詛の紋章が消えて呼吸が戻り気を失うのとは、ほぼ同時だった。
砕け散ったビジューの色が変わっているのを拾い上げて、レンがサナの手の平の上に乗せる。
「この魔術師、覚えがある?」
「……領地を追い出したら、王都に行ったんか」
魔術には必ずかけた人物の特徴が残る。特に呪詛の魔術などはそれが顕著だった。貴族である以上、血統的に魔術師としての才能を持っていることが多いのは、アイゼン王国が血統でしか引き継がれない魔術の才能のあるものを積極的に貴族が買い上げるようにして婚姻を結んできた歴史があるからだった。
ミノリを引き取った両親の元には、魔術の才能の低い子どもしか生まれなかったが、本人たちはそれなりの魔術師であったことをサナは覚えている。呪詛を吸い込んだビジューの欠片から感じ取れたのは、領地から追放したミノリを引き取った貴族の魔術の痕跡だった。
「大陸に逃げたのは夫だけみたいで、妻は王都にある実家に帰ったってことやないかね」
「うちとどうしても戦争がしたいみたいやなぁ」
魔術の痕跡の残るビジューの欠片を証拠に、ミノリの母親だった貴族を追い詰めることができる。領主夫婦が共同で犯人を突き止める様子を、カナエは間近で見ていた。
残りのことはサナとレンに任せて、シロとハクとギンが落ち着いたか見に行くと、裏庭で待っていたレオに、カナエは抱き締められた。ぎゅっと強く引き寄せられてから、一度離れてレオはカナエの髪に触れ、肩に触れ、しゃがみ込んで脚までしっかりと観察する。
「石を投げられたんやって? カナエちゃんにも当たりそうになったんやろ、怪我はないか?」
「カナエは平気なのですよ。ハクちゃんは大丈夫ですか?」
「石が当たってびっくりしただけで、怪我はないてシロさんは言うてる。しばらく、家族だけで休ませて欲しいて」
「そうですか……お家に戻りましょう」
結界の張られた裏庭にいる限りは、シロもハクもギンも安全が守られる。レオの報告にほっとしてから、カナエはレオと手を繋いで屋敷まで歩いて行った。
「飛んでくるのが分かったから、魔術で防いで、レオくんの作った魔術具も一つも壊れなかったのです」
「壊れても構へん。カナエちゃんが無事で良かった」
幼いハクが人間の争いに巻き込まれて、悪意を浴びるという恐怖を体験したことばかりに気を取られて、カナエは自分が危ない状況だったことなど、気付いてもいなかった。魔術を使えば投げられた石程度跳ねのけられるし、大人の男性も押さえつけて引っ立てられる。
「次は、俺を呼んでな?」
それでも、心配してくれるレオの気持ちが嬉しくて、カナエは素直に「はい」と返事をした。
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