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17.ドラゴンの谷へ

 冬になる前に、レオとレンのスーツが出来上がった。

 レオは明るめの赤茶色に白のストライプで、レンが紫に白のストライプで、冬用にコートとマフラーと手袋はチャコールグレイでお揃いにした二人を見て、サナがサプライズに崩れ落ちそうになっていた。


「うちの旦那さんと息子がめちゃくちゃかっこいい……レンさん、素敵や。惚れ直してまう……」

「レオくんもお父さんも、そんな格好初めて見たのです。かっこいいのです」


 二人を前に乙女のように顔を真っ赤にするサナと、同じくぽーっと見惚れてしまうカナエに、レイナが苦笑している。


「恋って怖いわぁ。『魔王』もただの乙女に変えてまう」

「レイナちゃんは、恋をしてないと?」

「うちは、恋なんて、まだまだや」


 そう言うレイナには、可愛いデートのお誘いが来ていた。


「どらごしゃん、みちゃい。れーたと、みちゃい」


 ナホとラウリは別件で女王たちから依頼を受けてドラゴンの谷に視察にいったのだが、その話を聞いた末っ子のミルカが、毎日、解読不可能なみみずののたくった文字でレイナにラブレターを書き始めたのだ。毎日毎日届く可愛い解読不能のラブレターと、ミルカのお願い。

 無碍にできるほどレイナは冷たくなかったし、なにより、ミルカはレイナに懐いていてとても可愛かった。


「うちだけで、ミルカちゃん連れてドラゴンの谷に行くわけにはいかんやろ。ミルカちゃんは王子様やし」

「せやなぁ……なぁ、レンさん、うち、かっこいいレンさんとデートしたいんやけど」


 もう完全にレンのスーツ姿にめろめろになっているサナに請われて、レンは快く了承する。


「それじゃあ、レイナちゃんとミルカちゃん、レオくんとカナエちゃん、俺とサナさんのみんなで、ドラゴンの谷に行けばよかね」


 思わぬところで保護者付きのデートになってしまったが、サナのあの様子だとレンにしか目が行っていないし、レイナはミルカの面倒を見るので手がいっぱいだろう。カナエはかっこいいスーツ姿のレオと出かけられることが嬉しくて、その日は薄くお化粧もして、服もお洒落な可愛いスカートとハイソックス、ショートブーツにふわふわのコートと気合を入れていた。

 ラウリに送り届けられたミルカは、クラシックなサロペットパンツも可愛らしく、一生懸命お洒落をしてきたのが分かる格好だった。

 レイナとミルカが手を繋いで、レオとカナエが手を繋いで、サナはレンの腕に腕を絡ませて、ドラゴンの谷まで飛ぶ。完全にピクニック気分だったが、以前に行ったことのあるカナエはドラゴンの谷が、人里離れているが険しい場所ではないと分かっていた。

 薄靄のかかるドラゴンの谷は、山間の草原で、許可のないものは入れないように結界が張ってある。女王の許可を得て、サナとレンを先頭に入って行けば、枯れ草で巣を作って卵を抱くドラゴンの姿が見えた。

 シロは白銀の鬣に純白の鱗のドラゴンだが、目の前に見えたのは黒い鱗に艶のある漆黒の鬣のドラゴンで、サナとレンとカナエとレオとミルカとレイナの一行に、警戒して低く唸っていた。

 近付かない方が良いかもしれない。

 そうカナエが判断して遠巻きに見ていると、ミルカの側に仕えるように寄り添っていた人参マンドラゴラが、すっと前に出てドラゴンに語り掛けた。


「びぎょえ! ぎゃぎょえ、ぎょぎょ」


 言葉が通じたのかは分からないが、鋭い視線で一行を警戒していたドラゴンの雰囲気が柔らかくなる。くいっくいっと尖った手で人参マンドラゴラに手招きされて、一番に走って行ったのは、小さなミルカだった。


「どらごしゃ、おっちー!」

「ミルカちゃん、近寄って大丈夫やの?」

「にんじしゃが、じょぶって」


 保護者代わりに着いてきてくれた人参マンドラゴラが、話を通してくれたらしい。むちむちと大根くらいの大きさがあって、頭の葉っぱのないその人参マンドラゴラを、カナエは王宮で見たことがあった。


「リュリュ様とローズ女王陛下の可愛がっている人参さんなのですか?」

「びゃい!」

「ミルカちゃんのために来てくれたんか。おってくれて良かったわ」


 おかげでドラゴンに接近が叶いそうで、レオとカナエは人参マンドラゴラにお礼を言って、ドラゴンを驚かせないようにゆっくりと近付いて行った。人参マンドラゴラが通訳をしてくれるので、卵を抱いているドラゴンは普通ならば近付くものはブレスで焼き尽くすのに、羽を広げて卵も良く見せてくれた。


「シロはんが抱いてたのより小さいな」

「シロさんのは双子やったけんね」


 標準のドラゴンの卵はこれくらいの大きさなのだろう。あまり時間をかけると母ドラゴンを警戒させそうなので、大急ぎでカナエとレオで協力して大きさを測る。比べてみると、シロの産んだ卵よりも二回りほど小さかった。


「この卵は、双子さんではないようですね」

「びぃーぎゃ。ぴぎょえ?」

「いちゅらけ」

「ひとつだけ……一匹だけということですね」


 カナエの呟きを聞いた葉っぱのない人参マンドラゴラが、ドラゴンに通訳してくれて、その答えを人参マンドラゴラから聞いたミルカがカナエに教えてくれる。卵の大きさや、中で動いている様子から、母ドラゴンは自分の卵に何匹赤ん坊が入っているか分かるようだ。

 野生の本能だとしても、それを理解して人参マンドラゴラに伝えられるドラゴンの知能はやはり高い。


「うちはセイリュウ領の領主をやらせてもらってます。セイリュウ領で卵を産んだドラゴンは、孵った赤さんに薬草を食べさせてましたけど、あんさんの赤さんも産まれたら薬草が必要ですやろか?」

「びょえ、びぎゃぎゃぎょえ。ぎょー、ぎゃぎゃぎゃ」


 身振り手振りも加えてサナの言葉を訳す人参マンドラゴラに、ドラゴンは必要だと答えたようだった。シロ以外のドラゴンと意思疎通を図れることを想定していなかったが、見たいからと何の意図もなく連れてきたミルカとその保護者のような人参マンドラゴラが、大活躍してくれた。


「ミルカちゃん、すごく偉かったで。うちのお母ちゃんも、カナエちゃんも助かってた。ありがとな」

「みぃ、えりゃい? うれち」


 見事に人参マンドラゴラ越しに通訳を務めた3歳のミルカは、大好きなレイナに褒められて頬っぺたを真っ赤にして喜んでいた。

 ドラゴンの谷へのトリプルデートが終わって、収穫は思ったよりも大きなものだった。


「王都にミルカちゃんを送っていくついでに、ローズ女王はんとダリア女王はんに、ドラゴンの谷に新鮮な薬草を届けなあかんて伝えてくるわ」


 セイリュウ領に降り立ったシロが教えてくれるまで、ドラゴンの幼体の成長に薬草が必要だということも分からなかった。兵器として飼われているドラゴンの記録では、「基本的にドラゴンは食事をしない。清潔な水だけ与えておけばいい」と書いてあった。

 成体のドラゴンならばそれで構わないのだろうが、幼体で盗まれてきて人間の手で育てられるようになったドラゴンならば、それでは栄養が足りなかったのだろう。


「ハクちゃんとギンちゃんのお父さんは、弱って死にかけていたとシロさんが言っていたのです。幼い頃から正しい育成方法も分からずに、栄養も与えられなければ、長くは生きられないのも理解できます」

「アイゼン王国がドラゴンとの共存を図るんやったら、知識は必須なんやな」


 間違った知識で育てられていたドラゴンは、兵器として酷使された以前に、成長不良で寿命が短かったのではないだろうか。実際にドラゴンを目の前にして、研究しているからこそ、過去の過ちが見えてくる。


「やっぱり、過去は現在に繋がっていて、現在は未来に繋がっているのです」


 この研究課題をどうやって形にするか。

 カナエにはまだまだ課題が多く立ち塞がっていた。

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