16.育ち始めたドラゴンの幼体
秋になり、セイリュウ領の領主のお屋敷で盛大に祝われる秋祭りでは、遠くからだが領民にシロとハクとギンのお披露目をした。入り込めないように結界で区切られているが、羽を広げて巨大な姿を見せるシロと、その体の周りをぴょこぴょこと歩き回るハクとギンを、祭りに来た領民は見上げていた。
「ローズ女王はんとダリア女王はんも認めたドラゴンや。絶対に乱暴なことはせぇへん」
領民の前で説明するサナは、これからの下準備を始めていたのだ。
秋の祭りが終わって冬が近づくころになると、赤ん坊だったドラゴンも目も開いて羽も生え揃ってきて、動きたい盛りになっていた。
『この子らの身体を動かせる場所がないものか』
「やんちゃ盛りやもんなぁ」
『飛ぶ練習も始めねばならぬ』
当分は飛べないが、羽ばたく練習をすることによって、羽の筋肉を発達させる必要があるのだと説明するシロに、資料で勉強していたカナエとナホから習っていたレオは、三人でサナに相談に行った。
「そろそろそういう時期やろうと思ってたんや。領民にもシロはんのお目見えをしたし、気を付けてたら大丈夫やろ」
先手を打って、領地の外れにサナは場所を確保してくれていた。領地の外れは魔物が出やすいが、ドラゴンが頻繁に来るとなれば、魔物も姿を消すので、周囲の住民も怖がるどころか、シロが来るのを歓迎しているという。
幼いドラゴンに触れないように運動の間は家から出ないように伝えているが、周囲の住民の反応は好意的と知って、シロも安心したようだった。
『一匹を咥えてその場所に飛んで、そこに一匹を置いて、二匹目を連れに戻るのだが……その間ハクとギンのどちらも見ていてもらわねばならない。お願いしても良いか?』
「カナエとレオくんとナホちゃんとタケちゃんなら、ハクちゃんとギンちゃんも慣れているので大丈夫だと思うのです」
「カナエちゃんとナホちゃんが先に現地に飛んで、俺とタケちゃんが残った方を見とこうか」
「タケたんに、まかてて!」
マンドラゴラを通じて、ナホとタケの姉弟もシロと話ができるし、魔術具を通じてシロとしか話の出来ないカナエとレオと違い、マンドラゴラはギンとハクとも意思疎通ができるようで、優秀な通訳に恵まれたナホとタケは、ドラゴンの家族と接するにはいなくてはならない存在になっていた。
初めにナホとカナエの女子組が現地に移転の魔術で飛んで、シロがギンのうなじを噛んで吊り下げて飛び、現地に向かう。移動の間、タケとレオが残ったハクを落ち着かせていた。
初めて母親と姉妹から離れたハクは心細がってきゅーきゅーと鳴くが、それをタケが小さな手で撫でて、マンドラゴラたちが取り囲んで「ぎゃぎゃ」と話しかけて宥める。
ギンをナホとカナエに託したシロが飛んで戻ってくると、次はハクがうなじを咥えられて吊り下げられて運ばれる。シロが飛んで行ったのを確かめてから、レオはタケを抱っこして、マンドラゴラの群れも巻き込んで移転の魔術でナホとカナエの元に飛んで行った。
魔術の方が移動が速く、ナホとカナエが寂しがって鳴くギンを宥めている場面に出くわした。
「大丈夫なのですよ、お母さんはすぐに戻ってくるのです」
「マンドラゴラもいるから落ち着いてね」
「びゃびゃ!」
ナホが連れていたマンドラゴラたちも健気にギンを慰めていた。
無事にハクを連れたシロが合流して、広い荒野のような場所に降り立つ。遠くに集落は見えるが、近付いてくるひとの姿はない。
「モウコ領との境界付近だとお母さんが言っていました。この辺りには魔物も出るので、モウコ領の領主様もシロさんを歓迎すると言っていたのです」
『保護してもらっている礼はせねばなるまいな』
轟と一声吠えるハクに、タケがぶるぶると震えながらナホの脚にしがみ付いた。巻き起こった風に、ころんころんとマンドラゴラが転がっていくのを、レオとカナエで回収する。
『我の吠え声で周囲の魔物もいなくなったであろう。夕暮れまでゆっくりハクとギンを遊ばせてもらおう』
広い場所に出て最初は怯えていたハクとギンだが、少しずつシロの翼の下から出てきて、走ったり羽を動かしたりし始めた。まだまだ飛べる段階ではないが、羽ばたきで羽を動かす練習をしておくことが大切だとシロは自分が羽ばたいて見本を見せる。
生え揃ってない羽をぴょこぴょこと動かすハクとギンは、楽しそうだった。
あまり遠くに行きすぎないように、離れると脚に着けている青と赤の皮ひもが反応して、途中で動けなくなるようになっているが、それも育つにつれて、かけられている魔術よりもハクとギンの脚力の方が強くなるだろう。
『それにしても、大きくなったものよな』
「産まれたときから倍ぐらいになってるよね」
『以前にも子を産んだことはあるが、こんなに成長が早かった記憶はないのだが』
新鮮な薬草をお腹いっぱい食べているせいか、卵から孵ってから体の大きさが倍くらいになっているハクとギン。この調子で大きくなっていけば、シロを超える日も遠くなさそうだ。
こんな風に急成長するものではないらしく、シロも驚いている。
「薬草の数減らしてもらった方がええんやろか?」
『食べれば食べるだけ大きくなる時期だからな』
あまり早く大きくなりすぎるのも困ると、シロとレオはハクとギンの食事の量の調整を考え始めていた。成長記録を付けて、ナホとカナエはハクとギンを観察する。
幼体を抱えているドラゴンの母親は気が荒く、ひとを近寄せることがない。どれだけ資料を探しても書いていないことが、カナエとナホの目の前で起きている。それを記録することが、ドラゴンとの共存を誓ったアイゼン王国の財産となることを、ナホもカナエも分かっていた。何より、自分たちの知的好奇心も満たされる。
夕暮れまでハクとギンを遊ばせてから、帰りはカナエとナホが残って、先にレオとタケが移転の魔術で帰って、シロはハクとギンを運ぶのを手伝う。残された方を見守るのも、先に連れて来られた方が母親ともう一匹が戻って来るまで待てるようにするのも、行きで経験しているからか、初めよりは落ち着いていた。
『カナエとレオとナホとタケに毎回ついて行ってもらわねばならぬが、そなたらの都合もあろう』
「週一回だったら大丈夫だと思うのですよ。お母さんにも伝えておきます」
週一回、魔術学校と研究過程の休みの日に、ドラゴンの親子の運動の日が設定されるようになった。
ドラゴンの幼体の運動の記録や、成長の記録をサナに提出すると、サナはそれに目を通しながら、ナホとカナエとレオとタケに礼を言ってくれた。
「ほんまは大人がせなあかん仕事やけど、シロはんと意思疎通が図れるのがナホちゃんとカナエちゃんとレオくんとタケちゃんしかおらへんから、おおきにな。モウコ領からも、あの辺に出てた質の悪い魔物がおらんくなって助かってるって感謝されたわ」
「流石、シロさんだね」
モウコ領からも感謝されて、セイリュウ領のドラゴンはアイゼン王国全体に認められつつある。理解がないのは王都の一部のサナを領主から蹴落としたい貴族だけで、それ以外はどの領地もセイリュウ領のドラゴンとの共存の様子を見守ってくれていた。
「カナエは、ドラゴンの生態やひととの関わりの歴史を調べているのです」
王宮で写した資料の中には、ドラゴンを乗り物や兵器として飼い慣らし、ひとの欲望のままに戦わせた歴史も書いてあった。卵や幼体のうちにドラゴンを盗み出し、厳重に魔術具で制御して、自分たちの意のままに従わせる。
「ハクちゃんとギンちゃんのお父さんも、人間に使役されて死にかけていたと聞いたのです……ドラゴンの数は減っています。これを繰り返してはならないと思ったのです」
資料を読めば読むほど、ドラゴンの生態に対する正確な資料はないのに、兵器として利用するための方法だけが出て来ることに、カナエは心底ぞっとしていた。脱皮を手伝い、カナエを頼ってセイリュウ領に来て、卵を産んで、赤ん坊が孵ったシロ。本物のドラゴンと魔術具のサークレットで意思疎通をして、触れ合っていれば、彼らが成体になれば命あるものを口にせず、幼体でも薬草程度しか食べない大人しく賢い生き物だと分かる。
そんなことすら、記録にはどこにもないのだ。
「カナエちゃん、ドラゴンの谷に産卵にドラゴンが飛来してるて話、本当みたいや。行ってみるか?」
研究のためにもなるとサナに誘われて、カナエの返事は「はい!」しかなかった。
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