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14.誰がための

 卵から孵ったドラゴンの赤ん坊の目も開いて、ギンもハクも青と赤の色違いの目だということが分かった。シロの目が赤いので、青いのは父親に似たのだろう。

 薬草畑から届けられる薬草をもしゅもしゅと食べて良く育っている赤ん坊は元気で、セイリュウ領は平和だった。


「中庭の薬草だけじゃ足りへんようになってきたわ」

「レンさんが多少多めに使ってもええように、保管庫に予備があるやろ?」

「新鮮な薬草しかドラゴンの幼体は食べないみたいです」

「せやったら、領地の薬草畑から集めさせよ」


 薬草畑の管理を担っているイサギとエドヴァルドの報告に、サナはレンが王都から嫁いできた直後に、大量に領地に作らせた薬草畑に新鮮な薬草を手配させた。

 亡くなった妃に妄執して、国をおざなりにする国王に辟易していたサナは、独立しても構わないとレンと結婚するまではセイリュウ領を強固に守っていた。警備兵を訓練する訓練場が裏庭にあったのも、いつ彼らを兵士として駆り出しても構わないと思っていたからだ。それが、結婚してレンという国一番の魔術具製作者を領地に迎えてからは、方向転換し、薬草栽培と魔術具作りで領地を支える計画を立てた。

 必要のないものとして放置されていた訓練場跡には、純白のドラゴンのシロが降り立ち、子育てをしている。

 潤沢に薬草が領民に行き渡るように、薬学と共に医学研究が盛んになって領民が病で死ぬことのないように、セイリュウ領は王都を含めた五つの領地の中で一番安定した政治を行っていると評価されている。


「ドラゴンの谷に、産卵のためにドラゴンが降り立ったって話を聞いたで」

「ちゃんと情報は行き渡っているようですね」


 シロと魔術具のサークレットを通じて意思疎通のできるカナエとレオは、ローズとダリアの定めた、ドラゴンと共存する国を作るという法案がシロを通して大陸中のドラゴンに知れ渡っていることを確認していた。

 夏休み中に生まれたドラゴンが育ってくれば、夏休みも終わりを告げ、カナエとレオとレイナは、また王都の魔術学校と研究過程に通うことになる。課題を仕上げて意気揚々と魔術学校の教室に向かうレオと、ゼミの研究課題が結局確りとは決まらなかったカナエ。


「まだ一年以上時間はあります。ドラゴンの歴史について、まず調べてみるのはどうでしょう?」

「資料があまりないのですよ」

「アイゼン王国の王宮の図書館に行ってみるのはどうでしょう」


 指導教授にアドバイスを受けて、カナエは王宮の図書館に行くために、ラウリに話を通してもらおうと、レオの教室に来ていた。飛び級をしているラウリは、レオよりも二つ年下だが、同級生である。

 教室に入ったカナエの姿をちらりと見て、レオの同級生の男の子がレオに話しかけた。


「セイリュウ領の次期領主かもしれへんけど、あんな胸が断崖絶壁の女の子は、嫌やないんか?」


 断崖絶壁。

 そう言われるほどにカナエの胸は平たくはないが、決して豊かではないことは確かである。どちらかと言うと小ぶりで、細やかではあるが、身体も細身で痩せているので、相応だと自分では思っているし、まだ育つ余地がないとも限らないと期待を持っている。

 侮辱する言葉に、魔術で筋力強化をして失礼な男の子に殴りかかろうかとするカナエを止めたのは、デシレーを迎えに来ていたオダリスだった。


「カナエちゃんが殴ったら、病院送りになるけん」

「あいつ、カナエを見て言ったのです! 許せないのです」


 邪魔をするならばオダリスも投げ飛ばそうともがくカナエを、デシレーも止めに来る。その間に、レオが口を開いていた。


「あんさん、なんか勘違いしてへんか? カナエちゃんのお胸はカナエちゃんのもんで、俺のもんやないやろ。それを、良いとか嫌やとか言うのは、ラウリくんが俺の背が高いから『いいでしょう?』て自慢するのと変わらへんで?」

「ぶふぉっ! 僕、そんなことしませんよ」


 あまりのことに吹き出してしまったラウリに、カナエの胸について言及していた男の子の目が丸くなる。


「カナエちゃんのお胸はカナエちゃんのもんで、俺が評価するもんやない。それに、カナエちゃんは今のまんまでめちゃくちゃ可愛いんや」

「それでも、胸の豊かなお姉様に憧れたりせぇへんのか?」

「胸はな、お母ちゃんのも大きないけど、お乳はちゃんと出るんやで」

「ふぁ? お乳?」

「あんさん、馬鹿にしとるかも知れへんけど、お乳は偉大なんや。赤ちゃんを育てる栄養分がたっぷり入っとる。それをうちのお母ちゃんは小さい体から、出すんや。自分の身体を削って赤さんにあげてるようなもんや」

「お、おう」


 母乳について熱く語る16歳男子。

 揶揄うつもりで声をかけた同級生の男の子は、完全に気圧されていた。


「お乳をあげる前に、乳首を消毒するんやけど、飲ませるたびにせなあかんから、皮がむけて痛かったりするみたいやし、赤さんに歯が生えてきたら『あかん』て言うても分からへんから、ガジガジ噛まれるんや。しかも、うちの末っ子は双子なんや。二人分やで? 二人が飲む分を、身体から栄養と水分毎回持っていかれるんやで。 想像つくか?」

「い、いや、全然」

「お乳は詰まることもあって、そしたら熱が出るし、胸もカチカチになって痛いし、膿みたいなんが出て赤さんに上げられへんし、大変なんや。その間、哺乳瓶でミルクあげてたけど、あんさん、哺乳瓶使ったことあるか?」

「な、ないです」

「一回一回、煮沸消毒せなあかんのやで? 飲まへんかったからって、次に回せるわけやない。清潔にせなあかんから、ちゃんと飲まへんでお腹空かせて泣いたら、またミルク作って、飲み終わったら哺乳瓶と乳首の煮沸消毒や。昼も夜もないんやで? めちゃくちゃ大変なんやで」


 正直、カナエはレオがこんなに喋るとは思ってもいなかった。

 熱く語られて、同級生の男の子だけでなく、オダリスも「お、おう?」とドン引きしているし、ラウリも苦笑している。

 一歳半になったユナとリンのことを、レオはとても可愛がって産まれたときから面倒を見て来た。カナエもレイナも可愛がっているので、母乳を飲むとき以外は、ユナとリンはカナエとレオとレイナとレンの誰の抱っこでも落ち着くことができた。誰が抱っこしていても寝かせられるので、双子に栄養を吸い取られてげっそりとしているサナを休ませることができた。

 そういう期間を経て、レオは母親というものについて深く考えていたのだ。


「お胸が大きくても、お乳が出んで悩む女性もおる。小さくてもお乳がよう出る女性もおる。ミルクかて作って哺乳瓶で上げるのは楽やない。そんな大事な場所を、大きいか小さいかで、あんさんは判断するんか?」

「ごめんなさい……」

「そもそも、あんさんに彼女ができても、婚約者ができても、そのお胸は、あんさんのもんやなくて、お相手さんのもんなんや! 分かったか!」

「は、はい!」

「全世界の女性と赤さんに謝れ!」

「ごめんなさい! 俺が悪かったです!」


 完全に同級生の男の子を言い負かしてしまったレオは、そこでようやくカナエの姿に気付いたようだった。怒りに釣り上がっていた眉もへにょんと下がり、カナエを見ると笑顔になる。


「カナエちゃん、来てたんか」

「あ、あの……レオくん、かっこよかったのです」

「見てたんか!? 恥ずかしいなぁ」


 ちょっと赤くなったレオの手をカナエは握る。

 カナエの胸はカナエのもの。評価を下していいのは他人ではない。その後でサナのことや双子のこと、育児のことなど大量な情報が混じってしまったが、レオがカナエに対して思っていることは伝わった。


「レオくんが、大きくても小さくても、カナエは大好きなのです」


 伸びすぎていると悩んでいる身長も、16歳になって、一学年分飛び級している状態では、周囲の男の子より少し高いくらいになってきた。もう伸びていないようなので、大きすぎるのがコンプレックスなレオも、それが徐々に解消されていくだろう。


「ラウリくんに用事があって来たのです。王宮の資料を見たいので、図書館に行ってもいいですか?」

「母たちに伝えておきますね。それにしても、レオくん、立派でしたね。僕も妹や弟がいるから、気持ちは分かります」


 王子として何も手伝っていないわけでもないラウリは、ナホの話では末っ子のミルカをとても可愛がっているという。


「レオくんとカナエちゃんの自慢のユナくんとリンちゃんを連れて来てくださいよ。ナホさんも、タケちゃんを連れて来てもらって、みんなでお茶をしましょう。ミルカちゃんがレイナちゃんを待っていますよ」


 図書館への入室許可だけでなく、お茶のお誘いも受けて、カナエとレオは「帰って両親に相談します」と返事をしたのだった。

 その日、セイリュウ領のお屋敷に帰ると、サナの前でイサギとその友人のヨータという男性と、カナエの胸について言及した男の子が土下座していた。その男の子は、ヨータというイサギの魔術学校時代の同級生の親戚だったらしい。


「カナエちゃん、こいつら、許したるか?」

「レオくんがカッコよかったので、今回だけは許します」


 次はないですよ。

 微笑むカナエは、確かにサナの『魔王』の系譜を引いていた。

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