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13.緑色の葡萄

 雨の雫が工房の屋根を叩いている。夏の雨でも産まれたばかりのドラゴンの赤ん坊は冷えてしまうので、屋根の下で静かに母親に抱かれているだろう。雨音すら耳に入らないくらいに集中して、レオは課題の男性ものの魔術具のデザインを描き上げていた。

 大きな方眼用紙に、大きさも決めて線を引いていく。

 鋳造する部分はレンに手伝ってもらって、最終的に組み上げるのは自分でと決めていた。


「ラペルピンね。エドさんのを見て思い付いたとね?」

「そうなんや。俺の周囲にスーツとか着てはるひとはおらんかったから、エドさんの装飾具はほんまに勉強になったわ」


 方眼用紙を見せて鋳造の相談をすると、レンはレオの作ろうとしているものに全面的に協力する姿勢を見せてくれた。筒状の花を入れる部分と、その装飾を作って、最終的に組み合わせてできたものは、生花を飾れるラペルピンだった。

 スーツのフラワーホールに挿すラペルピン。そこに生花を飾ったら良いかもしれないとレオはエドヴァルドからラペルピンを見せてもらって思い付いたのだ。フラワーホールは元々花を挿すための襟の穴である。花束のように飾れれば尚更華やかでいいのではないだろうか。

 作り上げたレオをレンは街に連れ出した。


「もう身長はあんまり伸びとらんっちゃろ?」

「うん、もうほとんど伸びてへんよ」

「サナさんにも、カナエちゃんにも内緒で、スーツ、誂えよか?」

「え、ええの?」


 ラペルピンを作ったのだから、それに合わせてスーツも誂えてくれるというレンに、レオはテイラーに連れて行かれて、緊張しながら採寸してもらった。

 これから何度か仮縫いに来なければいけない。少しくらいは大きくなっても裾や袖を伸ばせる作りにしてくれるようだった。


「男の子の親になったけん、いつかはここに来たかったっちゃん」

「お父ちゃんがスーツなんて、イメージないけど」

「俺は縁がないけど、レオくんは領主の息子なんやけんね」

「お父ちゃんも、作ろ!」

「俺も?」


 息子のレオには誂えてくれるというレン自身が、スーツは持っておらず、正式な場所ではコウエン領の民族衣装の長いシャツとダボッとしたパンツか、サナに誂えてもらった着物で通している。


「きっと、お母ちゃん、惚れ直すで」

「レオくんとお揃いも良いかな」


 男親の特権かもしれないと、レンも色違いの生地でスーツを誂えてもらうことになった。男同士で内緒で出かけたことは、サナもカナエも気にしているようだが、あえて聞いてこない。

 出来上がったラペルピンについては、小さなブーケのような花束を作って中に入れて、カナエとサナに見てもらった。


「お花が入るのですね。花束を胸に着けているみたいなのです」

「テンロウ領では、結婚式で男性もブートニアていうお花をつけるて聞いたことあるわ。この装飾は葡萄の蔓やろか?」


 筒に付けたのは薄緑色の葡萄の実と金属の葉と蔓だった。

 どれだけ考えても、レオは結局カナエのイメージからは離れられないのだ。


「緑は、カナエちゃんのお目目の色やから」


 どこかにカナエの要素は入れたかったと恥ずかし気に呟くレオに、カナエがぱっと笑顔になる。


「いつもレオくんがカナエのことを考えてくれて、カナエは幸せなのです」


 そのときにレオに走った衝撃を、レオはまだよく理解できなかった。無性にカナエに触れたいような、壊すぐらいに強く抱きしめたいような、衝動。

 手を伸ばしてカナエの栗色の編まれた髪にそっと触れても、カナエは嫌がらずにこにこしている。


「あかん……あかーん!」


 自分の感情を測りかねて、レオは大声で叫んで、走り出していた。

 以前にオダリスに相談して、惨憺たる状況になったので、こういうときに相談するのはレンか、良識ある大人の男性にしようとレオは反省を活かすことにする。屋敷から走り出て、雨の中中庭の薬草畑に行けば、雨具を身に着けたエドヴァルドとイサギが畑の世話をして、可愛いカエルの雨具を着たタケがカエルの長靴で水たまりに飛び込んで遊んでいる。


「レオさん、どうしましたか? 濡れていますよ」

「え、エドさん、ちょっとええ? あ、そうや! エドさんとイサギさんに見せてもらった魔術具を参考にしたラペルピンができたんや」


 握り締めていたせいで、花は若干萎れかけているが見せようとするレオを、イサギとエドヴァルドが屋根の下に連れて行ってくれる。休憩室でタオルを借りて身体を拭いていると、ラペルピンを見たイサギとエドヴァルドが、タケにもしゃがんで見せていた。


「おはなたん!」

「葡萄の装飾がクラシックで素敵ですね」

「緑色やから、マスカットやな!」

「きれーねー」


 褒められて認められた気分になって、安心すると共に、緊張していた心も解けて、レオはぼそぼそと言いにくそうにイサギとエドヴァルドに話し出す。


「カナエちゃんが、それを見て笑ってくれて、『幸せ』やって言うてくれて……それを見たら、俺、カナエちゃんのこと、ぎゅーって力いっぱい抱き締めたくなってしまったんや……。カナエちゃんは魔術も強いし、筋力強化も使えるけど、俺よりずっと小さくて、華奢な女の子やのに……」


 こんな凶暴な感情はいらない。もっと穏やかにカナエと向き合いたいのに。

 しょんぼりと俯いたレオに、エドヴァルドがそっと肩に手を置いた。大きな手の暖かさは、頼れる大人としてレオの心を支えてくれる。


「それは、カナエさんのことをレオさんが、求めているということですよ」

「求めている?」

「健康な男性ならば、好きな相手のことは抱き締めたいし、口付けたい。それが普通です」

「俺は大きくて力も強いから、女の子には怖がられへんようにせなあかんて、お母ちゃん、言うてるで? カナエちゃんが俺を怖がったら、俺は生きていかれへん……」


 産まれたときからずっと一緒にいるカナエが、レオを怖がって嫌がって避けるようになる。想像したくもないことにぞっとするレオに、エドヴァルドはぽんぽんと宥めるようにレオの肩を叩いてくれる。

 長身のエドヴァルドには及ばないが、父のレンと変わらないと思っていたイサギよりも、レオはいつの間にか身体が大きくなっている。身長はもうほとんど伸びていないから、大人の身体になったも同然なのだろうが、心は体の成長についていっていなかった。


「何もいけないことではありませんよ。カナエさんが嫌がることをするのは言語道断ですが、カナエさんが受け入れてくれるなら、抱き締めても、口付けても、良いんですよ」

「え、ええの?」

「私も15歳のイサギさんと口付けたことがあります。大人になってからしかしてはいけないことはありますが、触れたり、口付けたりするのはいけないことではないですよ。きっと、もっとカナエさんのことが好きになります」

「俺は、カナエちゃんを傷付けへん?」

「カナエさんに、真剣に聞いてみるといいですよ」


 抱き締めることも、口付けることも、決していけないことではなくて、お互いに想い合っている間ならば気持ちを深められる。


「エドさんはさすが、ええこと言わはるわぁ」


 うっとりとエドヴァルドを見つめるイサギは、大らかなエドヴァルドの大人の愛に包まれているのだろう。

 叫び声を上げて飛び出してきてしまったレオを探して、カナエが呼ぶ声が聞こえる。休憩室から出ると、カナエが扉の前で待っていて、傘を差しだしてくれた。


「急に走って行ったから、びっくりしたのです。雨で濡れませんでしたか?」

「ちょっと濡れたけど、タオル貸してもらったわ」


 話しながらも、エドヴァルドの言葉が頭を過って、色付きのリップで彩られたカナエの唇に目が行く。


「あんな、カナエちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「抱き締めても、ええ?」


 屋敷に戻ってから、二人きりになって、レオは真正面から真剣にカナエに問いかけた。ぽぅっとカナエの白い頬が赤く染まって、恥じらうように目を伏せて、両腕を広げられる。


「どんとこい、なのです」


 抱き締めたカナエの身体は細く、小さく、柔らかく、良い匂いがする。

 口付ける勇気はなかったが、抱き締めているだけで、胸が痛いくらいに心臓が高鳴っているのが分かる。


「もっと、好きになるって……」

「カナエを、ですか?」

「エドさんが言うてはった。抱き締めたら、もっと好きになるって。ほんまや……カナエちゃん、好きや」

「カナエも、レオくんが大好きです」


 背中に回る手に、レオはカナエの髪の匂いを吸い込んで目を閉じた。

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