12.アルベルトのテラリウム
産まれたばかりの幼体のドラゴンを抱えているシロは、人間に敵意はないとしても、気が立っていることには変わりなかった。初日は産まれたばかりのドラゴンの健診のためにナホが近付くこと、魔術具を付けるためにレオが近付くことを許したが、王都から欺瞞に奢った貴族が許可しない監査官を送り込んだことが、気に障ったようだった。
気が立っていることもあり、赤ん坊のドラゴンが魔術を得るための薬草だけ裏庭にそっと届けて、数日は近寄らないことをカナエが告げると、シロはほっとした様子だった。
『気を遣わせてすまぬが、少し我も休ませてもらおう』
昼間にやたらと眠くなることがあるとカナエも思っていたが、シロの言葉に一つの結論を得た。欠伸を噛み殺しているレオを引っ張ってサナのところに行けば、サナも気付いていなかったようで、沈痛な面持ちで額に手をやっていた。
「昼間もシロはんと話してて、夢の中でもやったら、休めへんやったやろな。レオくんとカナエちゃんは若いから平気やったかもしれへんけど、眠そうやったし」
「夢で話してる間、脳は起きている状態やろうけんね。気付かんかった。ごめんね、カナエちゃんとレオくんとシロさんに無理をさせて」
工房でレオが眠そうにしていたのを見ていたレンも、ようやく気付いたようで、大切な話があるとき以外は、夢の中で会話しないようにとレオとカナエは制限をかけられた。マンドラゴラを通じて、ナホやタケはシロと意思疎通ができるし、昼間でもサークレットを付ければレオとカナエはシロと話ができる。夜にどうしても長々と話さなければいけない内容はなかった。
「二人とも、20歳の夏休みと16歳の夏休みは、今しかないんやで」
「そうだ、気分転換にテンロウ領に届け物をしてくれないかな?」
赤ん坊のドラゴンを抱えたシロを落ち着かせるためにも、近付かない期間にカナエとレオはレンから頼みごとをされた。ナホとタケも一緒に、レンの工房から移転の魔術でテンロウ領の領主のお屋敷に飛ぶ。
玄関のホールに届けたのは、箱型のガラス張りで、金属の脚と蓋のついたテラリウムだった。そこに綺麗な土を入れて、水場を作って、小さな東屋も設置して、テンロウ領領主夫婦が可愛がっている蕪マンドラゴラの遊び場にするつもりだったのだ。
巨大なテラリウムを設置して、中の環境も整えていく間、蕪マンドラゴラとタケが目を輝かせて見つめながら喋っている。
「しゅごいねー」
「ぴぎゃ!」
「あべうと、ここであしょんでいーんだって」
「ぴょえ?」
「タケたんもはいれるかなぁ?」
タケでも入れそうなくらい大きなテラリウムが完成すると、蕪マンドラゴラが入って、土に脚を突っ込んだり、水場でぱしゃぱしゃと遊んだり、東屋で栄養剤を飲んで寛いだりしている。
「注文通りだわ。とても素敵」
「レン様にお礼を申し上げておいておくれ」
玄関ホールのテラリウムで遊ぶ蕪マンドラゴラを見ながら、テーブルや椅子を持ってきてそこでお茶をする。冬場は雪に閉ざされるテンロウ領でも、テラリウムがあれば一年中蕪マンドラゴラは暖かく室内にいながら、外遊びのようなことができる。
「セイリュウ領にはドラゴンが来ているそうだね」
「私が主治医みたいなことをしているの。ジェーン叔母様と、クリスティアン叔父様に、報告したいことがいっぱいだよ」
「ナホちゃんは頑張っているのね」
医学を学び始めてから、ナホは医者の叔母、ジェーンによく話を聞きに来ているという。ついでに書斎でクリスティアンと調べ物をして、知識を深めて帰っている。
「本当のお父さんとお母さんが魔物に殺されてしまったとき、まだ小さくてあまり覚えていないんだけど、でも、悲しくて怖かったのだけは覚えてる。セイリュウ領にドラゴンがいてくれたら、魔物が出なくなるって聞いてるから、私、ずっといてもらえるように居心地よくしたいんだ」
魔女騒動で王都が荒れていた時期に、ナホの両親はナホの教育のことも考えて、セイリュウ領へ逃げてこようとした。ナホの両親は移転の魔術を使えるほどの魔術師ではなかったので、移動は馬車を使ってのものとなり、途中で魔物に襲われて命を落とし、ナホは窃盗団に拾われて酷い扱いを受けていた。
食事もほとんど食べさせてもらえない、理由なく殴られる、泣くとうるさいと外に出される、高級なものを盗んでこないと食事を抜かれる。そんな生活をしていた記憶は、ナホにしっかりと残っていた。
魔物から守られていれば、ナホの両親は死ななかったかもしれない。
「誰でも移転の魔術が使えるわけやないからな。俺も、馬車に付ける魔物除けの魔術具とか、考えてるんや」
「ドラゴンがいてくれたら、それすらいらなくなるのです」
先にサナを通じて双子の女王の法案がカナエたちには伝わっていたが、昨日、正式に全領地の領主を集めて、ローズとダリアがアイゼン王国でドラゴンを保護することを宣言した。アイゼン王国に所属する列島のうち一つにあるドラゴンの谷で、大陸の産卵場所から追われたドラゴンが正式に産卵や育児を許されることになったことは、シロを通じて大陸のドラゴンにも知らされている。
ドラゴンがアイゼン王国に増えれば、魔物の数は自然と減少することだろう。
「ドラゴンの幼体が独り立ちするまでに時間もかかるし、場所も必要だ。テンロウ領も、モウコ領も、コウエン領も、助けを求められたら応じられるようにしているよ」
「テンロウ領にもドラゴンが来るかもしれないってこと、お祖父ちゃん?」
「どあごんたん、くゆ?」
「そうなるかもしれないね」
各領地が育児中のドラゴンが安心して栄養を摂れる場所を提供すれば、代わりにドラゴンの守護で領地に魔物が寄って来なくなる。そうなれば、領地の外れに住む領民までも、魔物の脅威に晒されず暮らすことができる。
「セイリュウ領がドラゴンのいる土地ならば、テンロウ領はマンドラゴラのいる土地として名を売るのはどうかしら?」
テラリウムで泥だらけになって遊んで満足そうに出てきた蕪マンドラゴラの身体を拭いてやり、服を着せるテンロウ領領主の妻の姿に、レオもカナエもそれも良いのかもしれないと感じる。
「ナホちゃんのお祖母ちゃん、マンドラゴラはドラゴンと意思疎通できるんやで」
「そうなの? アルベルト、あなたもドラゴンさんとお話できるのかしら?」
「びぎゃ!」
誇らしげに丸いむちむちとした白い胸を張る蕪マンドラゴラは、任せろと言っているようだった。
「アルベルトが話せるなら、テンロウ領にいつドラゴンが来ても安心だね」
テンロウ領領主も、アルベルトと名付けられた蕪マンドラゴラを見て微笑んでいた。
セイリュウ領に戻ってから、レオとカナエはレンの工房にテラリウムが無事に設置されたことを伝えに行った。その中で蕪マンドラゴラが楽しそうに遊んでいたことを告げると、レンは自分の仕事に満足した表情で頷く。
「レオくんは、夏休みの課題は決まったとね?」
「ドラゴン騒ぎでそれどころやなかったんやけど……作ってみたいものがある」
夢の中でもシロとは話す必要はなくなったし、眠気と戦いながら作業をすることももうない。シロも身体を休めている間に、レオは集中して作りたいものがあった。
「カナエも、論文に取り掛からなきゃなのです!」
夏休み明けには、卒業論文のテーマを決めるゼミが開かれる。それから一年かけて卒業論文は書くのだが、カナエはドラゴンのことも学びたいし、歴史も学びたいし、やりたいことが絞れていなかった。
「ドラゴンと共存するセイリュウ領の未来について……歴史学で未来を語るのはおかしいのでしょうか」
過去は現在に繋がって、現在は未来に繋がる。
歴史書にサナの名前が載っていたように、やがてセイリュウ領に現れたドラゴン、シロの名前も載るのだろう。その歴史の一部を今生きている。そのことをカナエは記録したかった。
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