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9.砕けたイヤリング

 観察すること。

 クリスティアンから助言をもらって、カナエはリューシュをよく見ているようになった。


「あの女、リューシュ様を睨んでますよ」

「魔術も暴走させたし、本当に檻に入れた方がいいんじゃないですか」


 聞こえよがしにリューシュの耳に囁く取り巻きたちは、気付いていないのだろうか。汗ばむ季節になってきても、リューシュは魔術学校の制服のブラウスを半袖にせず、長袖のままだった。


「リューシュちゃん、暑くないのですか?」

「コウエン領は日差しが強いのですわ。それに、みだりに肌を見せる安い女ではありませんの……まぁ、あなたは、見せるところがなさそうですけれど」


 年の割りには豊かなリューシュの胸と、身長と同じであまり発育の良くないカナエの胸を見比べられて、腹は立つが、ここはコウエン領ではないし、リューシュが頑なにシャツの襟も緩めずに肌を見せない理由が、鈍いカナエにも感じ取れた。

 暴力を振るわれているのならば、親であろうとも許されるはずがない。

 コウエン領領主の力の及ばない場所で、リューシュの本音を聞いてみたい。

 レオの誕生日は魔術学校のある日だったので、サナとレンとレイナが王都にやってきて祝うはずだ。口は軽くないはずだから、レオはサナとレンにリューシュにされたことを言わないだろうが、リューシュをその場に招くというのはどうだろうとカナエはナホに相談してみる。


「レオくんの誕生日に招かれたら、リューシュちゃんとしては誇らしいよね」

「婚約したいひとの両親に会えますからね……カナエは墓穴を掘っていますか?」

「墓穴を掘っているというよりも、罠にかけてる感じ。クリスティアン叔父様みたいで楽しいね」


 悪い笑顔のナホに、カナエは前向きになる。女二人で悪だくみをして、テンロウ領主の王都の別邸に戻ってから、サナとレンに通信で友達も呼んでいいかと許可を取った。


『カナエちゃんのお友達やなんて、嬉しいわぁ』

『何人でもどうぞ』


 何も知らぬセイリュウ領領主夫妻は、快く了承してくれた。

 当日までに、レオが厨房でケーキを作るのを手伝う。


「自分のお誕生日くらい、作ってもらった方がいいのではないですか?」

「誕生日って、産んでくれてありがとう、な日でもあるやろ? お父ちゃんとお母ちゃんが来るんやったら、俺が腕を振るわなあかん」

「レオくんのそういうところ、大好きなのです」

「カナエちゃんに好きて言われてしもた」


 てれてれとしつつ、スポンジケーキは一日寝かせるとしっとりとして美味しくなると、魔術のかかった冷蔵庫にレオはケーキを入れた。当日は学校が終わると大急ぎで帰って、着替えて誕生日パーティーの準備をする。

 到着したサナは夏用の(ひとえ)の着物で、レイナも同じく着物を着せられて髪を結っている。レンは刺繍の入った長衣にパンツ姿だった。長袖に長いパンツのレンは、魔術具作りで怪我をすることがあるので、常に肌を見せない格好を心掛けているのだ。


「お父さん、おばさん、カナエもレオくんもナホちゃんも、元気なのですよ」

「ラウリくんに勉強を教えてもらってんねん」


 両親と妹の到着に駆け寄るレオとカナエのそばに、長袖のドレスを着たリューシュが歩み寄って来る。王都やテンロウ領はドレスを着る風習があるが、コウエン領はレンの着ているような裾の長い貫頭衣にパンツか、布を巻いたような格好をしていることが多い。

 着物はセイリュウ領の公式な衣装であるし、モウコ領は襟高の両脇にスリットの入った長衣とパンツを組み合わせたりする。

 コウエン領のお茶会に招かれたときもだが、リューシュの着ているドレスは王都風でいかにも男性受けが良さそうなものに感じられた。


「コウエン領の子やね。初めまして、うちのカナエちゃんと仲良くしてくれとると?」

「レン様、わたくし、コウエン領領主の娘、リューシュと申します。レオ様と婚約をお許しいただけませんか?」

「ふぁー!? この子、何て言うた!?」


 挑むような目つきでレンとサナを見つめるリューシュの指が、震えている。目の前にいるのは、『魔王』とまで呼ばれる国一番の魔術師と、国一番の魔術具製作者の夫婦である。


「どういうことなんや? レオくんは、カナエちゃんと婚約破棄して、この子と婚約したいんか?」

「そんなわけないやろ、お母ちゃん!」

「領地同士の結びつきが大事なことは、サナ様もセイリュウ領の領主でしたら、お判りでしょう?」


 『魔王』と対峙して退かない度量のあるリューシュに、サナはしばらくその顔を見ていたが、手を取って、そっと袖を捲り上げる。肘近くの腕に、濃い色の肌でも分かる痣が浮かび上がっていた。

 慌てて腕を振り払って、リューシュが痣を隠したが、もうその存在は知られている。


「これはどないしたんや?」

「ぶつけたんです」

「言いたくないならそれでええんやけど……うちのレオは、やっと12歳になったばかりやで。好物はふわふわの赤ちゃん煎餅やし、自分が大きくなってることに気付かへんでうちの膝に乗って来たりするし」

「お母ちゃん!? 恥ずかしいやん!」


 両手で顔を覆ってしまったレオをカナエが「そういうところも可愛いのですよ」と慰めている間に、レンがリューシュの痛々しい痣に袖の上から指で触れた。


「コウエン領はなんも変わっとらんっちゃね……俺が出て行った頃となんも。領地同士の結びつきよりも、俺は一人の親として、レオの幸せの方が大事っちゃん。レオにはレオの好きな相手と結婚して欲しいと。俺も俺の好きな相手と結婚して幸せやけん」

「レオ様が12歳って……膝に乗りたがるって……」

「ほんまやで? お母ちゃんが抱っこしたろか、レオくん?」

「お母ちゃんのあほんだらー!」


 恥ずかしがってテーブルに突っ伏したレオを、リューシュは信じられない目で見つめていたが、すぐに表情を引き締める。


「年の差くらい、平気ですわ」

「『平気』って、凄く失礼やと思わん?」

「あ……」

「カナエちゃんは、レオくんが12歳で『平気』?」


 問いかけと共にレンに視線を向けられて、カナエはふるふると首を振った。


「『平気』も何も、レオくんのことは産まれたときから知ってますし、『平気』じゃなくて、レオくんが大好きですよ」

「俺も! 俺も、カナエちゃんが好きや!」


 ようやく気を取り直して顔を上げたレオは、勢いのままにカナエに飛び付いていく。筋力強化の魔術でなんとか受け止めたカナエは、ぎゅっとレオの背中に腕を回した。


「結婚は、『平気』なひととするもんやなくて、『好き』なひととするもんやで、お嬢ちゃん」

「失礼いたします」

「待ってください! 帰ったらまた……」

「放っておいてくださいませ」


 一度レオのそばから離れてリューシュを引き留めようとしたカナエを、リューシュは思い切り突き飛ばした。軽いカナエの身体が吹っ飛んで、棚にぶつかる。棚の上から花瓶が落下して水をまき散らしながら、カナエの頭上に迫る。

 駆け寄ったレオがカナエを抱き締めるようにして庇った。

 花瓶がレオの肩に当たって、割れて破片が散り、ぽたぽたと水が垂れる。


「カナエちゃん、怪我してへんか?」

「レオくん、大丈夫ですか?」

「濡れただけで平気や……あ、お父ちゃんのイヤリング壊れてもた」


 魔術具は身を守るために、魔術だけではなく、あらゆる肉体的・精神的な攻撃から身を守る。落ちてきた花瓶にすら反応して砕けたレオのイヤリングは、持ち主に傷一つ負わせない、非常に精度の高いものだった。


「も、申し訳ありません……」

「怪我してへんし、大丈夫やで?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 怯え切って震えて泣いてしまったリューシュの様子がおかしいことを、サナもレンも気付いているようだった。コウエン領の王都の別邸まで送って行くついでに、睨みを利かせて来ると出かけて行ったサナとレンを、レオとカナエは見送った。

 濡れた服を着替えて戻って来たレオに、カナエが謝る。


「せっかくのお誕生日だったのに、台無しにしてごめんなさい」

「なんも台無しになってへんで。パーティーはこれからやろ? ケーキも食べてへんし」

「お兄ちゃん、ケーキ作ったんか?」

「せやで。レイナの分もあるで」


 笑顔でまだパーティーはこれからだと言ってくれるレオに、カナエは救われたような気分になる。腕にしがみ付いてレオの顔を見上げると、屈んでくれたレオの耳にそっと囁いた。


「カナエを庇ってくれたの、すごく格好良かったのです」

「かっこいい!? カナエちゃんにかっこいいて言われた!」


 普段は「可愛い」が多いので、カナエの口から出た「かっこいい」の言葉がレオは嬉しかったようだ。


「今週末に、誕生日プレゼント、一緒に買いに行きましょうね」

「デートやな? デートて、具体的になにするんか分からへんけど」


 12歳になってもレオの可愛さに変わりはなかった。

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