9.命名『シロさん』
裏庭で卵を抱くドラゴンは大人しく、その場から動く気配もなかった。命あるものを食べる必要がないこと、食事は特に必要がないが体力を消耗しているので魔術の篭った美しいものを所望していることなどを伝えれば、サナとレンはすぐに動いてくれた。
ドリームキャッチャーをサナとレンに貸してみたが、ドラゴンが眠っている間に話ができるのは、脱皮を手伝ったカナエとドリームキャッチャーを作ったレオだけのようだった。
「厩みたいな感じで構わへんから、屋根があれば雨に濡れんで済むて言うてはった」
「巣材に布を分けて欲しいとも言っていたのです」
レオとカナエを通して伝えられるドラゴンの要望に応えるべく、サナは職人を呼んでドラゴンの周囲に柱を立てて、屋根を作らせた。初めは兵器ともなりうる巨大なドラゴンに作業をするものは怯えていたが、レオとカナエが語り掛けて説明をすると、ドラゴンは暴れたりしなかった。
「今から屋根を作ってもらうからな」
「このひとたちは、お母さんが頼んでくれた職人さんなのです。怖くないのですよ」
怖いのは職人たちの方だったが、若く年齢より幼く見えるカナエと、領主の息子で身体は大きいがまだ少年だと知られているレオがドラゴンに近付く姿に、職人たちも腹を決めたようだった。
何本もの柱が立てられ、突貫工事だが屋根が作られていく。ドラゴンが立って羽を伸ばし、動けるように余裕のある設計になると、裏庭全体を使うような屋根が出来上がった。
「天幕方式で、子どもが産まれたら外して解体できるようにしました」
「子どもが飛ぶ練習をするかも知れへんもんな」
報告を受けてサナは職人たちを労い、ドラゴンは夢にお礼に現れた。
『腹の卵は出てこないし、上空で体が冷えて、あのときは死ぬかと思ったぞ。今は屋根のある場所で、布を敷いて卵を温められて本当にありがたく思っておる』
「ドラゴンさんの名前は……聞いたらあかんのか?」
『人間の発音できる名前は持っておらぬ。カナエとレオが呼びやすいように呼べばよかろう』
「えっと……どうしましょう?」
「白いから、シロさんでええ?」
『構わぬぞ』
あっさりと通称「シロさん」になったドラゴンは、最初に卵を産むときに必死に体を拭いてくれたレンとサナ、イサギとエドヴァルド一家が近付くことには抵抗がなく、見ただけで号泣して漏らしてしまったタケも、すぐに懐いてマンドラゴラを引き連れて遊びに行っていた。
体力を失ったドラゴンのために、レンは魔術の篭ったガラス細工を幾つか準備してタケやレイナやミノリやレオやカナエやナホに持たせた。子どもたちの手から傷付けないように大きな口で、丁寧にそれを咥えて、飲み込むドラゴンは、鳴きもしなければブレスも吐かず、非常に大人しかった。
「たけたんのおててから、ぱくん、ちたの」
「うーあー」
「ユナたんもちたかったの?」
靴を履かせてもらって、ドラゴンの周りをユナとリンがよちよち歩き回っても、ドラゴンは気にしないどころか、優しく見守っている気配すらする。
「おー! おー!」
「リンたん、おっちーねー」
「あうっ!」
「たがも、だっこちてるの」
1歳半と3歳児の交流は可愛いのだが、カナエは自分が4歳でレオと結婚を決めているだけに、タケの存在が気になった。タケはユナのことが好きだと公言していて、遊ぶときもユナにぴったりとくっ付いている。
「ユナくんはお嫁にやらないのです!」
「カナエちゃん、ユナくんがどないしたんや?」
事情をよく呑み込めていないサナに、説明をしようと口を開きかけたカナエだが、それより先に、タケの姉のナホがタケに囁いた。
「ユナくんと結婚したら、サナさんはお義母さんになるんだよ、タケちゃん。ほら、言ってみて」
「おかたん?」
若干カナエに怯えつつ、涙目で上目遣いに呟く「お母さん」という単語に、母親という生き物が弱いことをナホはよく知っているのだ。
「な、なんや、イサギに似てるから、腹立つような気ぃしてたけど……」
「おかたん……?」
「ダメや……可愛く見えてきた……。タケちゃん、かわええ……」
「ぎゃー!? お母さんが懐柔されたのです!」
叫んでしまったカナエに、びくりと震えてタケが素早くナホの脚元に隠れる。その様子もドラゴンは穏やかに見守っていた。
怖い存在ではないと領民にも理解してもらって、ドラゴンは領主の屋敷の裏庭で平和に卵を抱いていた。ドラゴンの卵が孵るまでには二週間ほどの時間がかかる。夏休みの課題は、待ってはくれなかった。
夜は夢の中でドラゴンと話をしながらも、レオは魔術学校の課題を、カナエは研究過程の課題をする。
「クリスティアンさんは研究過程を終えてからも、更に2年学んだと言っていたのです」
「レオくんが研究過程に残るから、カナエちゃんは研究過程に残りたいんか?」
「ドラゴンのことを、学べないかと思って」
調べれば調べるほど、ドラゴンの資料は少なかった。サナに相談して、ナホと一緒にテンロウ領の領主の屋敷の書斎にも連れて行ってもらったが、そこにも資料はほとんどなかった。
「ドラゴンの幼体が飛べるようになるまで、自立するまでに、かなりの時間がかかるようなのです。その間、ずっとセイリュウ領にいてもらっても、構わないのではないかと、カナエは思うのです。お母さんは領主としてどうですか?」
「阿保らしい王都の貴族たちが、『セイリュウ領に謀反の企みあり』とか言うて騒いではるみたいやけど、それを黙らせられたら、ドラゴンがおるだけで魔物除けにもなって、利益にはなると思うてる……レンさんの魔術具の材料も提供してくれはるかもしれへんし?」
領主と次期領主の思惑は重なった。
ドラゴンの守護のあるセイリュウ領。そうなれば、ますます領地が栄えることは間違いない。
生まれたドラゴンが独り立ちするまでの期間、それを記した記録がないのは、それだけドラゴンが希少で、生態が謎に包まれているからだ。観察して記録を取って行けば、貴重なドラゴンの出産・育児の情報が得られるかもしれない。
「ただ、カナエはそういう専門ではないのですよね……」
「ナホちゃん、どないやろ? あの子、頭もええし、医学も学ぶて言うてたやろ?」
「ナホちゃん! それに、イサギさんとエドヴァルドさんの夫婦が記録を取ってくれれば、良いのですね」
カナエとサナがドラゴンの処遇とその生態を記録するために話し合っている間、レオとレンは工房でドラゴンと夢を通じてではなく起きている状態でも話ができる通信具の試作品を作っていた。
イヤーカフのような形で、耳にかけてこめかみの骨に音を伝える音叉のような魔術のかかった丸い金属を固定する。
夢で話せるのは助かるし、通常でもレオやカナエが話しかけると従ってくれるのは分かるのだが、その日一日に生まれた疑問や、その場でドラゴンが拒む行為の意味などを、夜に一度に聞くのは、手間でもあった。特に、これから幼体が産まれてくれば、生まれたばかりの赤ん坊は行動の予測がつかない。
幼体を抱えたドラゴンは気も荒くなるので、万が一のことがある前に、通信具は仕上げておきたかった。
「夏休みの課題もあるのに、レオくん、忙しくしてごめんね」
「俺は平気や。お父ちゃんも仕事があるのに」
「俺はセイリュウ領の平和を守ることが、最優先やけんね」
領主の夫として、セイリュウ領が平和であることを最優先するレンの姿は、将来カナエと結婚してレオがなりたい姿でもあった。
試作品を身に着けてレンが話しかけてもドラゴンは聞いている素振りも見せないが、レオが話しかけると、じんっとこめかみに熱が生まれて、音叉の部分が共鳴して何か流れ込んでくるのが分かる。
『……こえて…………そちらの……えは……にをい……か』
「俺の声は聞こえてるんやな? ノイズが酷くて……シロさんが何を言うてるか分からへん」
伝えようとドラゴンも語り掛けてくれているのは確認できるが、雑音が多く、とぎれとぎれで、何を言っているのか分からない。
「サークレットみたいに音叉の部分を増やして、改良してみんね」
「分かった、また来る!」
ドラゴンに声をかけて、工房に戻って何度もやり直して、最終的に額を一周するような形で、こめかみと額に音叉を付けた通信具を作り上げて、レオは再びドラゴンに向き合った。
「俺の声、聞こえてはる?」
『聞こえておる……そちらの者は何を言っているのか、よく分からぬのだが……』
カナエが脱皮を手伝って、レオがドリームキャッチャーを作った。それによって結ばれた縁が大事なのか、その通信具を使っても、意思疎通が図れるのはレオとカナエだけだった。
「ナホちゃん、カナエがサポートするので、ドラゴンの記録を取ってください」
「領主様の依頼だよね。すごく面白そう」
乗ったと笑顔で答えるナホの青い目は、探求心に溢れている。普通ならば触れ合うことのないドラゴンを身近で観察できて、領主の依頼で記録まで取れるのは、知的好奇心の塊のナホにとっては喜びでしかない。
セイリュウ領で若い世代で、ドラゴンに関する研究が始まった。
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