8.ドラゴンとの会話
大陸の人里離れた場所でドラゴンがひっそりと産卵を行う土地がある。そこにはひとが踏み入ることを許されず、入ればドラゴンの餌食になると言われていたのに、大陸でイレーヌ王国が王位を魔術師から獣人に替わってから、大陸の他の土地を狙う国から攻められ、そのうちいくつかの国が、禁を破り始めたのだという。ドラゴンの産卵場所は、卵か幼いドラゴンを抱えた母ドラゴンが、産卵と育児の間だけいるので、攻め込みやすいことに気付かれてしまい、ドラゴンの幼体や卵を盗もうとして、ドラゴンに焼かれる事件が絶えない。ドラゴンの方も落ち着いて産卵や育児がしにくくなっている。
そんな中で、産卵場所に危険を感じて、ドラゴンの谷で産もうとした純白のドラゴンが、そこまで間に合わずにセイリュウ領に降りてきた。アイゼン王国に所属する小島にあるドラゴンの谷でも、少数だが過去にドラゴンの産卵と育児が確認されている。ドラゴンが卵や幼体を抱えている場合には、採取のものも近付かないように厳命が出されて、アイゼン王国ではそれが守られてきた。
女王のローズとダリアに純白のドラゴンを保護する旨を伝えたサナは、それだけの情報を得て戻ってきた。レオが生まれる前にこの国が魔女に乗っ取られかけたときに、サナはローズと共に嫌疑をかけられて、セイリュウ領を閉じて、ローズは大陸にダリアの呪いを解く方法を探しに出かけている。元々が学友ということもあり、サナのことをローズもダリアも疑いもしなかったようだ。
国を滅ぼす兵器ともなりうるドラゴンが、セイリュウ領領主の屋敷の裏庭で卵を抱いている。
突如上空に現れて、狙うように旋回していたドラゴンに怯えていた領民も、サナの説明で落ち着いたようだった。
「今日はバタバタやったわ……疲れたぁ。レンさん、労って」
「サナさん、本当にお疲れ様。ゆっくりお風呂に入って休もうね」
「あーん、うちの旦那様優しいわぁ。惚れ直してまう」
夜明けと共に叩き起こされて、会議に連れて行かれ、食事を取る間もなかったサナは、夕食でようやく家族と一緒に食べられて、疲れ切って普段は美しく整えている髪も乱れていた。
一日母親から離れていたユナとリンも、寂しがってサナとレンにくっ付いて離れない。
「今夜はリンちゃんとユナくんも、一緒のベッドで寝ようか」
「かか! とと!」
「お母ちゃんもお父ちゃんも一緒やで」
「っぱい!」
甘えるユナと、お乳を欲しがるリン。一歳半の双子にとっても、怒涛の一日だった。
夏休みに入っていたので魔術学校も研究過程も休みだったので良かったが、そうでなければそれどころではなかった。
「カナエちゃんの夢に、ドラゴンさんが出てきたんか?」
「そうなのです。レオくんのドリームキャッチャーが、ドラゴンさんとの通信機代わりになっているような気がするのです」
魔術の通信は相手を特定するために、お互いが分かる通信機の機能を持った魔術具をそれぞれに持たないと、混線状態になって、誰に通じるか目標が定まらない。カナエとレオは幾つも互いに呼び合う魔術具を持っているし、その最たるものが婚約指輪だった。サナとレンの結婚指輪も互いに呼び合うように作られている。イサギとエドヴァルドも結婚指輪や、カフスボタンとラペルピンなどで呼び合えるようにしている。
材料が純白のドラゴンの鬣と鱗だったという偶然で、レオの作ったドリームキャッチャーはドラゴンとの通信機になってしまったようである。
「俺も枕元に置いてたら、ドラゴンさんと話せるやろか」
「レオくんが話せば、寝ている間じゃなくても話せる魔術具を作る手がかりが得られるかもしれませんね」
相手はカナエと意思疎通を図ってくるような賢い生き物である。常に意思疎通が可能ならば、何を食べるか、何が欲しいかなども、聞きやすい。
まだ卵は生まれたばかりで、孵るまでに時間がかかる。孵った後も、生まれた幼体が自分たちで身を守れるようになるまでは、安心してドラゴンも飛び立てないだろう。餌を必要として領地をうろつかれるのも、領民を怯えさせるので控えて欲しいし、意思疎通は一番の課題だった。
「あの……カナエちゃん、俺、何もせぇへん。誓う。やから、一緒に寝らへん?」
「い、一緒に!?」
純粋にドラゴンと話がしたいだけだということは分かるのだが、カナエは20歳で、レオは16歳。同じベッドで眠るというのは、やはり身構えてしまう。何か間違いが起きるはずはないのだが、起きてしまっても良いのではないかと期待する気持ちもあるのが複雑な乙女心だ。
「お兄ちゃん、カナエちゃん、折衷案として、うちも一緒っていうのはどないやろ?」
真っ赤になって答えられないでいるカナエに、レイナが助け舟を出してくれて、カナエはホッとしたような残念なような微妙な気持ちになった。
「レオくんとなら、一夜を過ごしても、良かったのですよ……」
「あ、あかん! そういうのは結婚してからや。それに、ドラゴンさんと話すのが先や」
そういう事態ではないと分かっていても、カナエは胸がドキドキして、レオの顔をまっすぐに見られなかった。
客間に布団を並べて敷いて、カナエを真ん中にレオとレイナが挟むようにして眠る。三人で手を繋いで、枕元にはドリームキャッチャーを置いて、天井を見上げていると、幼い頃を思い出す。
レイナの夜泣きが激しくなって、子ども部屋で寝なければいけなくなったレオは、カナエのところに寂しいと夜中に訪ねてきた。レイナが子ども部屋で寝るようになってからは、レオのベッドに寂しければ勝手に入り込むようになった。
「小さい頃に戻ったみたいです」
「うちはカナエちゃんと寝たのちょっとしかないけど」
家族で旅行に行ったときには、子どもたちで一緒に眠ったこともある。
懐かしい思い出に浸りながら目を閉じて眠りに落ちていった先で、カナエはレオと手を繋いでいた。
昨夜と同じく周囲は白い靄に包まれて、誰のものとも分からない声が聞こえる。
『本日は、助けてもらえて、誠に有難かった。礼を言う』
「やっぱり、あのドラゴンさんだったのですね!」
『飛ぶのもやっとで、落ちそうになっていて、説明する気力もなかったのだ』
昨日の夢の中よりもはっきりと喋るのは、それだけドラゴンの方にも余裕があるからだろう。胸を撫で下ろしていると、レオが口を開く。
「卵から赤さんが孵っても、自立するようになるまで、ここを離れられへんやろ? 食べ物とか、大丈夫なんか? 巣材は足りてへんよな?」
『巣材は、布などがあれば助かるな。できれば、雨に濡れぬように屋根も。食事は成長したドラゴンは、周囲の生命から溢れる気を吸って生きていけるのでご心配は要らぬが、いただけるのならば、魔術の篭った美しいものを……』
「魔術が必要なんやな」
手際良く聞いていくレオに、カナエは感心してしまった。
「あんさんと、寝てる間に以外にも意思疎通が出来たらと思うんやけど、どないな通信具を作ったらええ?」
『発声器官が違うので、ひとの言葉は喋ることができぬ。ドラゴン同士で会話をするときには脳に直接響かせる方法があるのだが、それを受け取れるように頭蓋骨に響く何かを作ってくだされば、話せるかもしれぬな』
「魔術の篭ったもんと、頭蓋骨に音を響かせるもんやな」
握り締めているレオの手が熱く湿っている。この状態にレオも緊張していないわけではないが、使命感が優っているのだろう。
『安全な場所を提供していただく代わりに、領地の守護は致そう』
「カナエの考えていたことが、分かるのですか!?」
『ひとが考えることは同じ……領民を思う良き領主となられることであろう』
声の主が笑ったような気がして、カナエは言祝ぎのような言葉をもらった喜びに打ち震えていた。
目を覚まして、レオと顔を見合わせて、それがただの夢ではなかったことを確かめる。
「ドラゴンさん、話してましたよね?」
「ちゃんと聞いた。巣材は大量の布、食べ物は魔術の篭った綺麗なもんや!」
「お兄ちゃんとカナエちゃんは話せたんだ。うちはぐっすりやったわ」
どうやらドラゴンも話せる対象が決まっているようだった。
「頭蓋骨に響くような通信具……どないなのやろ。お父ちゃんに相談せな」
「カナエは、お母さんにこのことを伝えてくるのです」
夏休みはまだ始まったばかり。
忙しくも賑やかな、今まで体験したことのない、ドラゴンとの夏休みになりそうだった。
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