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6.盛大な勘違い

「レオくんが、反抗期なのです!」


 サナの執務室に駆け込んできて、訴えるカナエの表情は必死だったのだろう。飲んでいたお茶が器官に入ったのか、サナは咽ていた。げほげほと咳をするサナに、カナエは畳みかける。


「帰って来て、リンちゃんとユナくんには『ただいま』を言ったのに、カナエのところに来てくれなかったのですー!」


 執務用のデスクに突っ伏して、レオの反抗期を嘆くカナエに、確かにレオが足早に屋敷の外に出て行ったのは気付いていたが、恐らくは何かアイデアか相談があって、レンの工房に行ったのだろうとサナは心配してもいなかった。


「カナエちゃんの方が先に帰るのが珍しいから、帰ってるのに気付いてへんだけやと思うで」

「カナエが帰っているか、確認しに来てもくれなかったのですよ?」

「それなのにリンちゃんとユナくんにだけ『ただいま』言うたから、妬いたんか?」


 幼い弟妹でも、レオに関してはカナエは譲れないところがあるのかもしれない。それは、子どもたちであってもサナがレンに関して譲れないところがあるのと同じようなもので、似た者親子だとサナは微笑ましく思っていたが、当のカナエの胸には嵐が吹き荒れていた。


「作ったものを一番に見せに来なくなったら、どうしたらいいのでしょう!? カナエのことを呼び捨てにしたら……それはそれで、大人っぽくて嬉しいような気がするのです」


 恋する乙女は気も変わりやすい。落ち込んで絶望顔をしたかと思えば、白い頬を染めていたりもする。


「カナエちゃんも、すっかりレオくんに夢中やなぁ」

「婚約者ですから」

「ほら、見てみ。レオくん、工房から出てきたで」


 窓際にカナエを呼んで、二人で並んで窓から見える工房を見ていると、入口からレオが出てきて走っていく。向かう先が屋敷の玄関ではなく、中庭の薬草畑の方だったので、カナエは再びショックを受けた表情になった。


「レオくんが、カナエが帰っているか確認もしないのです……」

「何かに夢中なんやろなぁ。集中したら他が見えへんところも、レンさんそっくりや」


 父親のレンよりも背丈の伸びたレオが走り去る姿を見ているサナを置いて、カナエは窓枠に足をかけていた。サナが止める間もなく、勢いをつけて飛び降りる。


「カナエちゃーん!? スカートの中が見えてまうー!?」

「カナエは軽いのです! 羽のように軽いのです! 風さん、カナエの味方をするのです!」


 魔術で浮き上がったカナエは、植木に突っ込むこともなくふわりと工房の前に降り立った。扉をノックすると、待っていたかのようにレンが出て来る。


「レオくんを追いかけて来たっちゃろ?」

「カナエに挨拶もしないで、出て行ったのです。レオくんは、反抗期なのです」

「今、レオくんは頑張ってるところやけん、ちょっとだけ待ってやってくれんね?」

「頑張っている……カナエには言えないことですか?」

「レオくんが自分で言いに来ると思うけんね」


 穏やかにレンに宥められると、カナエも落ち着いてくる。サナの執務室から飛び降りてしまったのを誰にも見られていないことを確認して、レンとリビングに行けば、サナがレイナとお茶の用意をしてくれていた。おやつの予感に、床の上で積み木で遊んでいたユナとリンも、そわそわとテーブルに近寄って来る。

 ユナとリンを子ども用の椅子に座らせて、ベルトで落ちないように固定して、焼き菓子とミルクを与えると、涎を垂らして顔全体で食べる様子が可愛い。小さい頃から食欲旺盛だったレオも、皿やコップに顔から突っ込む勢いだった。

 お茶をしながら待っていると、レオが戻って来る。


「エドヴァルドさんに、夕食に招かれたんやけど、カナエちゃんも一緒に、行ってもええ?」

「カナエも一緒ですか?」

「エドヴァルドはんのお家やったら安心やわ」

「カナエちゃんも一緒なら、危なくないしね」


 エドヴァルドとイサギの家には、ナホがいて、ミノリがいて、タケもいる。友達の家に夕食に招かれるのは初めてで、カナエはレオが自分を忘れていなかったことと合わせて、自分でも単純と思うが嬉しくなってしまう。


「本当は、もっとミノリちゃんと話したかったのです。機会をくれてありがとうございます」

「教授に呼び出されて、俺の作るもんは全部カナエちゃんのイメージやって言い当てられてな、違うイメージのもんに挑戦せぇへんかって言われたんや」


 道中手を繋いで歩きながら、レオが説明してくれた。日が暮れかけた道も、手を繋いでいれば少しも怖くはない。

 男性向けの魔術具を作るための取材に、エドヴァルドとイサギの二人をレンが提案して、レオは二人にお願いしに行っていたのだ。


「反抗期ではなかったのですね……」

「へ? 反抗期?」

「なんでもないのです」


 そのことで頭がいっぱいになって、カナエが先に帰っているなど考えもしなかったレオ。それでも、ナホの家に行くときにはカナエも一緒にと誘いに来てくれたのだから、カナエを忘れたり蔑ろにしたわけではなかったと安堵した。

 イサギとエドヴァルドの家に着くと、ミノリがドアを開けてくれる。


「ぎゃー!?」


 なぜか悲鳴を上げてタケがナホの脚元に逃げて行ったが、人見知りする年頃なのだろうとカナエは気にしないことにした。

 キッチンではイサギとエドヴァルドとナホが、夕食の準備をしていた。お出汁の良い香りがして、ご飯の炊ける甘い匂いが部屋に充満している。


「ミノリちゃん、ジャガイモを三個持ってきて」

「はーい。……あれ? ナホお姉ちゃん、これ、ジャガイモマンドラゴラだよ?」


 野菜を保管しておく涼しい半地下の部屋からジャガイモを持ってきたミノリが、大人しく目をつぶって手足をきゅっと縮めて、普通のジャガイモのふりをしているジャガイモマンドラゴラに気付いて、ナホに手渡した。気付かれて、ジャガイモマンドラゴラたちは「ぎゅーぎゅー」と懇願するように声を出す。


「また、志願者かいな」

「庭の畑から脱走して来たんですね」


 困り顔のイサギとエドヴァルドに話を聞いてみると、最近、マンドラゴラがよく普通の野菜のふりをして、野菜保管箱に入り込んでいるというのだ。

 手から抜け出すジャガイモマンドラゴラを追いかけるナホが、キッチンに入りながらタケに視線を向ける。


「タケちゃんが痩せてるから心配して、どうせ誰かに食べられるならタケちゃんの栄養になりたいって思ってるみたいなんだよね」

「じゃがもたん、おいち?」

「このジャガイモさんは、タケちゃんの肉じゃがになりたいんだって」


 やってくれとばかりに自ら洗い桶で洗われて、まな板に乗って大の字になるジャガイモマンドラゴラたちの志を打ち砕くことはできず、晩御飯は栄養満点のジャガイモマンドラゴラの肉じゃがになった。


「いつも通りの食事ですが、たくさん食べてくださいね」

「エドお父さんのご飯、あったかくて美味しいの。私、お代わりしちゃうこともあるんだから」


 嬉しそうに報告するミノリに、カナエは問いかけてみた。


「ミノリちゃんは、この家の子になれて幸せですか?」

「うん、とっても」


 曇りのない笑顔で即答されて、カナエは胸のつかえがとれたような気がしていた。妹として愛せるかと言えば、複雑で答えられないミノリの存在を、受け入れて可愛がってくれたのは、イサギとエドヴァルドの夫婦に、ナホという姉だった。血の繋がった本当の妹を、妹としては愛せなくても、また従妹としてなら仲良くできるかもしれない。

 この光景を見せるために、レンはエドヴァルドとイサギのところにレオを行くように促して、レオはカナエを誘ってくれたのだとしたら、本当にありがたくて、カナエは心から二人に感謝した。

 食後はレオはエドヴァルドとイサギに魔術具を見せてもらっていた。


「このカフスボタンは、俺が7歳のときにエドさんが一個くれて、俺たちが結婚するきっかけになったもんなんや」

「こちらは、私の配偶者に渡すはずの髪飾りをラペルピンに作り替えてもらったものです」


 テンロウ領の青い狼の横顔が彫られたカメオのカフスボタンとラペルピンに、レオの視線は釘付けだった。他にもネクタイピンや、スーツのボタンや、ループタイの留め具を見せてもらう。


「青が多いな……男のひとって青とか緑とかのイメージなんやろか?」

「青が多いのは私の目が青いからです。イサギさんは、結婚式でシャンパンピンクのタキシードを着たんですよ。ナホさんが選んでくれました。とてもお似合いでしたよ」

「何色でもええんか……」


 話を聞いて熱心に魔術具を見せてもらうレオの瞳は真剣で、カナエはその横顔に見とれてしまった。


「カフスボタンも、ラペルピンも、ネクタイピンも、ループタイも、カナエちゃんのイメージやったら、作ることなかったわ。俺は世界が狭かったんやな」


 カナエのイメージだけで作っていたら、触れることのなかった世界。そこに手が届くようにとの教授の配慮に気付いて、レオはしみじみと感動していた。


「教授もよく分かってるよね。大人の女性とか、そういうターゲットじゃなくて、男性を対象に勧めるところが」

「どういう意味ですか、ナホちゃん?」

「レオくんが他の女性に魔術具作ったら、カナエちゃん、どういう気持ちになる?」


 話をすべて聞いていたナホに指摘されて、カナエははっとして真っ赤になってしまった。


「絶対、嫉妬してしまうのです……カナエの気持ちも、バレバレなのですね」


 バレていたのはレオの気持ちだけではない。

 自分に挨拶なしに出かけただけで「反抗期」と狼狽えるような、カナエの嫉妬深い心すら理解して、教授はレオの指導をしてくれている。

 自分たちが囲まれている環境がどれだけ恵まれているかを知った一夜だった。

 帰りも二人、手を繋いで夜道を歩いて帰った。

 口数少ないレオの手は暖かく、湿っていて、作ろうとイメージしているものがレオの頭の中をぐるぐると回っているのだろうと、カナエにも伝わってくるようだった。

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