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4.可愛いに込める感情

 胃腸風邪になったユナとリンのために、乳母と使用人たちが手伝ってくれて、誰にもうつることなく二人は三日で無事に回復した。胃腸風邪で食べられなかった分を取り返すようにもりもりと食べる双子に、サナもレンも安心したようだった。


「俺ら、意固地になりすぎとったっちゃないかね」

「そうかもしれへん……レイナちゃん、ありがとな」


 助けを求めることを思いもしなかったサナは、15歳で領主になった日から周囲を信用などできる状況ではなかった。捨て子だったレンは、誰かに自分の子どもを頼むなど、仕事があるならばともかく、自分ができるならばとんでもないと考えていた。

 セイリュウ領を平和な領地にしたサナは信頼されて、尊敬されている。周囲もサナの努力と献身を認めて、サナに付き従ってくれている。それを実感した双子の胃腸風邪だった。


「うっ!」

「んまっ!」


 ぶんぶんと元気にスプーンを振って、お代わりを要求するユナとリンも、艶々と元気な顔に戻っている。看病からすぐ仕事に戻ったサナとレンはまだ少し疲れが残っていたが、レオもカナエも元気だった。

 夕食が終わってから、カナエはレンを呼び出して思い付いたことを相談してみた。


「レオくんみたいに上手にできる自信はないのですが、髪飾りを作ってみたいのです。難しいですか?」

「簡単なのから挑戦したらいいっちゃないかね」


 賛成して応援してくれるレンに、カナエは嬉しくなる。

 デザインや色を考えておいてと言われたのだが、何も浮かばず、カナエは慌ててしまった。宝箱の中のレオが作ってくれた魔術具のアクセサリーは、花模様の布細工だったり、真珠とガラスを組み合わせていたり、カットガラスを組み合わせていたり、つまみ細工だったりして、色彩も多様で、デザインも凝っている。

 一つ一つ摘まみ上げて見てみると、何気なく付けているが、カナエの髪型や、髪の色、肌の色、目の色、髪の長さに配慮した作りだということが分かって、カナエは胸がいっぱいになる。

 こんなにもレオはカナエのことを考えて作ってくれている。

 いつもカナエのことを見て、カナエを意識してくれている証のようで、心臓が脈打って、顔が熱くなった。

 慣れない観察をして、カナエが気付いたのはレオの髪が長いことと、作業中には結んでいるという情報くらいだった。それでも、今まであまりよく見て来なかったカナエにしてみれば、成長である。


「シュシュ……レオくんにシュシュ、どうでしょう!」


 研究過程の授業の合間に、魔術具制作のゼミに入っているオダリスに相談すると、非常に微妙な顔をされてしまった。


「シュシュって、その……女の子が髪を纏める、あれよね?」

「女の子じゃなくてもいいのですよ? 使いやすくて、髪が良く纏まるのです」

「使いやすいのかもしれないけど……シュシュ?」


 布の色や柄を選べば、レオに似合うものが作れる気がするのに、相談したオダリスの表情はあまり明るくない。


「文句があるのですか?」


 思わずすごんでしまったカナエに、オダリスは苦笑する。


「カナエちゃんの作りたいものを作ったらいいっちゃない?」

「なにか、言いたいことがありそうですね?」

「うーん……ちょっと、可愛すぎるかなぁと……」

「え? レオくんは、可愛いじゃないですか」


 可愛いレオが可愛いシュシュを着ける。カナエの中では全く疑問のないことだったが、オダリスはそうは思わないようだった。


「レオくんももう16歳っちゃけん、可愛い、は、嬉しくないかもしれんよ」

「可愛いが、嬉しくない!?」


 ずっとレオのことはかっこいいし、可愛いと思ってきた。これからもずっとレオをかっこよくて可愛いと思い続けるのだと信じていた。

 それなのに、オダリスは16歳のレオは『可愛い』という表現を嫌がるのではないかと言って来る。


「反抗期が……恐れていた反抗期が来るのですか!?」


 以前に一度だけ喧嘩をしてしまったときも、レオが言い返すことに我慢できず、カナエはその場から逃げ出してしまった。あれと同じようなことがこれからも起きるのだろうか。そんなことが頻繁に起きれば、カナエはショックで立ち直れないような気がする。

 落ち込んで工房にやって来たカナエに、レンは心配そうに様子を伺いながらも、作業用の部屋に通してくれた。


「何が作りたいか決まったと?」


 決まっているのだが、カナエの口からそれが出て来ない。

 カナエはレオを可愛いと思い続けてはいけないのだろうか。

 生まれたときから知っていて、カナエにとっては『可愛い』というのは、『レオが大好き』というのと同義語になっていた。


「もう、レオくんを可愛いって言っちゃだめなのですか……」


 やっとのことで絞り出した声が震えていて、レンが膝を付いてカナエの顔を見上げて来る。レオとそっくりの顔を見つめると、涙が滲んできた。


「シュシュを、作りたいと思ったのです……使いやすいし、髪も纏めやすいし……でも、可愛すぎないかと、オダリスくんに言われて……」

「どんなシュシュにしたかったと?」

「魔術のかかった布で作るのです。縮緬みたいな布で、色は青で……」

「こんなんかね?」


 ぽつぽつというカナエに、レンは布を何枚か取り出してくれた。シンプルな白と青の縮緬の布を指さして、カナエはしゃくり上げる。


「こ、れ……」

「案ずるより産むがやすしって言うやろ。やってみよ?」

「はい」


 涙をこらえて、カナエはレンに縫い方を教えてもらった。

 布は斜めに断って、伸びるようにする。それを筒状に合わせて、中に髪ゴムを入れて捩じるように綴じていく。


「玉結びが、苛めるのです……」

「鳥の巣になっとうね。これは裏やけん平気よ」


 間違ったところは解いて、指を刺しながらも悪戦苦闘して夕飯の準備も忘れて作り上げたシュシュ。形になった喜びは大きかったが、レオが喜んでくれるかどうかは不安だった。

 夕食の準備をしているレオのところに走っていくと、髪を結んでいるのに気付く。あまりに自然だったのでカナエが気付いていなかっただけで、レオは料理のときも髪を結んでいた。


「こ、これ……」


 震える手でシュシュを差し出すと、レオの黒い目が見開かれる。


「待ってて。今、俺、料理しとるから、汚したら嫌や」

「は、はい!」


 夕食の準備が終わって、食卓に運び終えて席に着いてから、レオは改めてカナエからシュシュを受け取った。すぐに髪を括っていたゴムを外して、それで髪を括る。

 嬉しそうな表情に、カナエはほっと息をついた。

 夕食を食べ終わって、リビングで一息ついていると、レオがサナとレイナにシュシュを見せているのに気付く。


「カナエちゃんが俺に作ってくれたんやで? ええやろ?」

「レンさんもうちに作ってくれはるもん」

「お母ちゃん、対抗せぇへんでも」


 惚気るサナと突っ込むレイナに、レオは散々自慢してから、カナエのところに戻って来た。


「シュシュ、嫌じゃなかったですか?」

「カナエちゃんが、俺のこと考えて作ってくれたんやろ? 俺、癖毛やから、シュシュ、使いやすいわ。使ったことなかったから、こんなに使いやすいとは知らへんかった」

「カナエはレオくんが可愛いから、可愛いシュシュを着けたら、似合うと思ったのです……もう、可愛いって言われたくないですか?」


 不安そうなカナエの問いかけに、レオの目が丸く見開かれる。ゆっくりとレオが見たのは、サナとレンの夫婦だった。二人はユナとリンがよてよて歩いて遊んでいるのを見守っている。


「お母ちゃんは、お父ちゃんのこと『可愛い』て言うけど、それって『愛してる』って意味やと、俺は思うてる」

「あ、あいして……!?」

「カナエちゃんも、俺のことが好きやから『可愛い』て言うてくれるんやて、分かってるよ」


 にっこりと無邪気に笑うレオに、カナエは一生敵わない気がした。


「シュシュを作る前にレオくんの作ったものを改めて見たのです。レオくんはカナエをよく見てくれているなと思いました」

「カナエちゃんが何でもできるようになってしもたら、俺の出番がなくなるけど、挑戦することで、そうやって、俺の込めた気持ちに気付いてくれるのは嬉しいな」

「裁縫は、しばらく、良いのです」


 刺し傷だらけの指を見せると、レオが優しく大きな手で包み込んで摩ってくれる。その優しさに、カナエは胸が暖かくなるようだった。

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