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3.見つからない目標

「お裁縫も魔術具作りも、作りたいものができてからの方が良いと思うとよ。闇雲に基礎を練習しても、正直楽しくないし、カナエちゃんには向いてないと思うっちゃん」


 料理修行を始めてからレンの工房にも通おうとしたカナエに、レンは穏やかにお断りを入れた。自分が何を作りたいかが見えていないうちは、工房で基礎を積み重ねても仕方がない。

 どんな作業も下積みから始めるのだが、目標がなければそれもやる気に繋がらない。父として、工房の師匠(マイスター)としての言葉に、カナエは納得した。

 美しいものを作りたいという気持ちが、幼い頃からレオにはあったような気がする。小さな手で一生懸命折り紙を折ってカナエに渡してくれたレオ。あんな風にレオにカナエも何かを渡したいのだが、何を渡せば良いのか分からない。

 迷っているままに料理は毎日厨房に入っているので、野菜の形が整うように切れるようになってきたが、魔術具作りもお裁縫も、全く手つかずだった。

 1歳になったユナとリンは食欲旺盛で、椅子に座らせるとスプーンとフォークを両手に持って、身構えて食事を待っている。サナとレンとカナエとレオとレイナで交代で食べさせて、自分たちも食事を一緒にとれるようにしているのだが、その日はユナもリンも元気がなかった。

 いつもならばスプーンで掻き込むようにして食べるのに、お皿の上の一口大のお野菜を嫌そうにぐるぐると掻き混ぜているだけである。カナエがスプーンで掬って食べさせても、「んべっ!」と口から吐き出してしまう。


「どうしたのでしょう? カナエのお料理、美味しくなかったですか?」

「カナエちゃん、食べたらあかん」


 味見をしようとしたカナエを、サナが止めた。抱き上げてユナとリンの額に手をやると、発熱していることが分かる。


「お熱やわ。医者に診せよ」

「カナエちゃん、手を洗っておいで。レオくんとレイナちゃんは、食事を続けて」


 ばたばたとサナとレンが医者の所にユナとリンを連れて行って、手を洗ってきたカナエとレオとレイナで、子どもだけの夕食になってしまった。夕食を食べ終わっても、サナもレンもリビングには戻って来ず、今日は二人がリンとユナと子ども部屋で寝るので、カナエとレオとレイナももう休むようにとだけ伝言があった。

 生後一年ともうすぐ半年。初めての発熱に、サナとレオも付きっきりになっている。


「赤ちゃんは、生まれてからしばらくはお母さんの免疫があるから、病気にかかりにくいとナホちゃんが言っていたのです」

「初めてのお熱やもんなぁ……ユナくんとリンちゃんも大変やけど、お父ちゃんとお母ちゃんも寝られへんのやないやろか」


 具合の悪い子どもは、抱っこでないと寝なかったり、ぐずったり、大変だと聞いている。これまでユナとリンが健康で機嫌のいい子どもだっただけに、サナとレンが苦労しそうで、カナエも夜気になって何度か目を覚ました。

 翌日は寝不足の顔で朝食も子ども部屋で摂ると言った二人は、仕事を休むと言っていた。


「お母ちゃん、お父ちゃん、寝られへんのやない?」

「ありがとうな、レイナちゃん」

「少しくらいは平気やけんね。うつらんようにしてね」


 子ども部屋からはユナとリンの火のついたような泣き声が聞こえていた。

 こういう日でも魔術学校はあるので、レイナを送って、自分は研究過程のゼミに出る。領主になるために勉強することも大事だと分かっているが、家族が大変なのだから一日くらい休んでもいいのではないかとそわそわするカナエの様子に、同じゼミのゾフィーは気付いていた。


「何かあったの?」

「ユナくんとリンちゃんがお熱なのです」

「あぁ、弟妹がいると、そういうのもあるよね」


 ゾフィーにももう幼年学校の高学年になったが、弟がいるという。


「今年の風邪は胃腸に来るらしいから、うつったら大変だもんね」

「胃腸に……お父さんとお母さんにうつったら大変なのです!」


 小さなユナとリンが吐いたり、下したりするのは可哀そうだが、それが両親にまでうつっては、大変だ。いくら大人だから大丈夫と二人が言っても、寝不足で体力が落ちていれば風邪がうつってしまう。

 ゼミが終わると大急ぎでレイナを迎えに行って、カナエは子ども部屋に躊躇いなく駆け込んだ。そこには、同じことを考えたのか、既にレオがいた。


「俺はうつっても健康で身体も大きいし、寝てたら平気やから、お父ちゃんとお母ちゃんも、ちょっとは寝て」

「俺はユナくんとリンちゃんの親なんやし、レオくんに任せられんよ」

「俺はユナくんとリンちゃんのお兄ちゃんやで? なんでもできるさかい、少しは頼ってよ」


 カナエが声をかけずとも、レオは自分で気付いて両親を助けようとしている。成長した16歳の姿に感動しつつ、カナエも声を上げる。


「カナエはもう20歳なのですよ。充分な大人です。お母さん、寝なかったらお乳が出なくなるのですよ?」

「カナエちゃん、レオくん……ほな、ちょっとだけ甘えさせてもらおか」


 昨晩は熱と嘔吐と下痢で泣きわめくユナとリンの世話をして、少しも寝られなかったサナは、元々ほっそりとした体型なので、顔色も悪くやつれて見えた。レンに連れられて寝室に行く二人が、昨日と同じ格好でシャワーも浴びられていないことに、横を通るときにカナエは気付いた。


「ゆっくり休んで良いですからね。シャワーも浴びてくださいね!」

「本当に、ありがとうね、カナエちゃん、レオくん」


 お礼を言って、レンは眠たげなサナを抱きかかえるようにして寝室に連れて行った。

 オムツに下痢をして泣くユナのお尻を洗って着替えさせ、水分補給ができるようにと蕪マンドラゴラを煮た汁を飲ませると、二人はうとうとと眠り始める。

 足元でスイカ猫のサラが、レオの脚に纏わりついてアピールしていた。


「ダメや、サラちゃん。気持ちは嬉しいけど、サラちゃんを食べさせるわけにはいかん」

「スイカ猫は、脱水症状に良いと言いますが……サラちゃんは、レオくんの大事な猫ちゃんなのですよ」

「びにゃん……」


 いつも子ども部屋でユナとリンと遊んでいるサラは、自分の身を捧げても良いくらいに双子を心配しているようだった。ユナをレオが抱っこして、リンをカナエが抱っこして、揺らしていると、眠ってくれるのだが、ベビーベッドに置くと、激しく泣きわめく。

 抱っこのままでいるのも、一歳を超えた二人は重く、カナエは最終手段として強化魔術を使って筋力を増強した。


「もうちょっと食べられたら、ぐっすり眠れるんやろうけど……」

「気分が悪くて食べられないのですかね」


 むずがるユナを縦抱っこにしたレオの黒髪が、伸びていることにカナエは気付いた。毎日見ているので違和感はなかったが、レオはレンが長めに髪を伸ばして括って作業しているのを真似るように、髪を長く伸ばしているようだ。

 癖のある髪を掴んで、あむあむと口に運ぶユナを見ていると、カナエは何か閃きそうになる。


「レオくん……髪の毛……」

「あー!? ユナくん、髪の毛食べたらあかんで? って、うわー!?」


 げぽっと胃から逆流する音がして、ユナが盛大にレオの肩に胃の中のものを吐いてしまう。どろどろの蕪の煮た汁と母乳しか飲んでいないユナの吐いたものはぼたぼたと床まで垂れた。


「リンちゃん、しばらくごめんなさい! レオくん、ユナくんとシャワーに! 床はカナエがなんとかします!」

「ごめん、カナエちゃん、お父ちゃん呼んで、俺の着替え……」


 ばたばたと慌てるカナエとレオの前に立ちはだかったのは、サナとレンが仕事中にリンとユナを見てくれている乳母と使用人たちだった。


「お嬢様も若様も、水臭いですよ」

「困ったときは呼んで下さったら良いのに」


 使用人たちの後ろでレイナが手を振っている。


「レイナちゃん、声をかけてくれたのですか?」

「サナ様もレン様も、うつるといけないからと遠慮なさって」

「わたくしたちの仕事なのに」


 ベビーベッドで泣きわめくリンも、乳母に抱き上げられて落ち着いてくる。使用人が床を拭いている間に、カナエがユナのシャワーを浴びさせて着替えさせて、着替えを取って来たレオが続いてシャワーを浴びる。

 人手が増えた子ども部屋は狭く感じたが、大人が手伝ってくれるということのありがたさを、カナエは身に染みて感じた。

 サナは周囲をあまり信用していないので、子育てもできるだけ自分だけでしようとするが、こういうときには頼っても良いのかもしれない。ほっと安心して、カナエは乳母がユナとリンを見ていてくれる間、湯上りのレオとお茶を飲んで一息ついた。


「レオくんの髪、伸びたのですね」

「結んでしもた方が楽やってお父ちゃんも言うてたから」

「カナエのお誕生日は結んでいたのです」

「工房で作業してるときも結んでるで?」


 レオはカナエに髪飾りを作ってくれる。

 カナエがレオに髪飾りを作ったらどうだろう。

 目標が見つかった気がして、カナエはお茶を飲み干して、またユナとリンを抱っこしに乳母の元へ向かった。

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