2.料理修行開始
ドラゴンライダーやドラゴン使い、それはアイゼン王国ではお伽噺の中でしか出て来ないが、大陸ではまだ残っているようで、戦争にあの恐ろしく巨大な兵器ともいえる生き物が利用されることがある。賢く強いからこそ、ひとと信頼関係を築けば、兵器ともなるドラゴンだが、アイゼン王国にはドラゴンの谷に脱皮に立ち寄るくらいで、飼育施設も、軍用の訓練施設も、使用例もない。
恐ろしい生き物だという理解はあったが、目の前で脱皮が潤滑に行えず苦しんでいるところを見てしまうと、カナエは助けようという気持ちしか生まれなかった。
ブレスを吐かれて、炎に包まれ、レオの作ってくれた髪飾りが砕けたのは悲しかったが、鱗も想定していたより枚数が取れて、その上感謝のしるしのように鬣まで分けてもらった。
この武勇伝をレオに聞かせなければいけない。
誕生日のパーティーでラッピングを開いて、レオは黒い目を真ん丸に見開いた。もう16歳になる精悍な青年なのに、表情はまだ昔のように幼い。
「これ、ドラゴンの鱗と……」
「鬣なのです!」
「たてがみ……え!? なんで、鬣が?」
丈夫な銀糸のように光る白銀の鬣は、赤いリボンで束ねられている。希少なドラゴンから引っこ抜いたわけではないと、カナエは説明をした。
「白いドラゴンが脱皮がうまくいかずに苦しんでいたのです。カナエは勇気を出して、脱皮を手伝ったのですよ。最初は警戒されて、ブレスで髪飾りは壊れてしまいましたが……」
鼻高々と意気揚々に語っていたのに、レオの表情が歪んでくる。泣き出しそうな顔で抱き付かれて、カナエは何事かとレオを見る。喜んで抱き付いたわけでないのは、カナエにも分かった。
「なんでそんな危ないことするんや! ドラゴンが本気になったら、カナエちゃんが丸のみにされるやないか」
「で、でも、皮が脱げなくて、苦しんでいたのです。背中に乗って、こうやって引っ張って……」
「背中に乗ったんか!? 俺のために危ないことせんといて」
ぐすぐすと泣き出してしまったレオを宥めるために、サナとレンも来てくれるが、プレゼントに渡した鬣と鱗を見て、カナエの話を聞いて、大いに叱られてしまった。
「ドラゴンは国を滅ぼす兵器にもなるとよ? カナエちゃんに何かあったら、俺らは後悔してもしきれん」
「危ないことになったら呼んでて言うたやろ?」
「危なく……一回ブレスは吹かれたけど、それだけだったのですよ?」
「どこも焦げてへんか? カナエちゃんが、俺のせいで危ない目に遭うてしもた」
泣くレオと、心配するレンとサナ。遠くでは話を聞いているオダリスとデシレーが震えあがっているし、リューシュは頭を抱えて、ナホは「まさか私の助言でこんなことになるとは」と後悔している。
こんなに周囲を心配させる結果になるとは考えておらず、カナエは自慢話のように語ったことが酷く恥ずかしくなっていた。泣いているレオの頬を撫でて涙を拭くと、すんっと洟を啜るのが分かる。
「鬣と鱗は大事に使う。せやけど、もうこんな怖いことはせんといて」
「分かったのです……カナエは、心配をかけることしかできないのです……」
裁縫をしようにも針に糸を通せない、料理も厨房に入ったことがほとんどない、そんな状態でレオにできることが他に何も浮かばなかったのだと話していくうちに、喜んでもらえると膨らんでいた心がしぼんでいくようで、カナエはしゅんと俯いた。
髪の毛も、頬も、腕も、脚も、サナがカナエのどこにも傷が付いていないことを確かめている。
「カナエちゃん、もうちょっと平和なことができるようになろか?」
「はい……」
深く反省して、カナエは次の日から厨房にレオと一緒に入ることにしたのだが、起きたのは大惨事だった。
「あかーん! カナエちゃん、その鍋はめちゃめちゃ熱い!」
「きゃー!? レオくんの作ってくれたイヤリングが砕けたのですー!?」
「待って、カナエちゃん! 指を擦り下ろしたらあかん!」
「いやー!? レオくんの作ってくれたブレスレットがー!?」
鍋掴みなしに鍋を持とうとするし、包丁を使えば指を切り落とそうとする。蕪マンドラゴラを擦り下ろしたら力加減ができず指まで擦り下ろすし、炎が強すぎて火柱が天井まで上がる。
悲鳴に包まれた初日の料理体験で、カナエはげっそりとして研究過程のゼミに行った。
「カナエは、料理の才能はないようなのです」
「無意識に筋力強化の魔術を使ってるんじゃないの?」
「南瓜も人参も、硬いのですよ! サクサク切りたいじゃないですか!」
「無意識じゃなかった……意識的に使っちゃだめだよ。料理は愛情、手加減を覚えなきゃ」
話を聞いてくれるナホは、幼い頃からエドヴァルドとイサギが料理をするのを見ていて、自然に手伝うようになったため、料理ができる。イサギは前の領主の息子で、エドヴァルドはテンロウ領の領主の長男で双子の女王の従兄という、かなりの地位を持っているにも関わらず、ナホの家には使用人もおらず、そこそこ広いが屋敷とまではいかない家に家族だけで住んでいる。
「ミノリちゃんはそんなことなくて、普通に料理ができてるから、カナエちゃんも、短気を起こさずに、魔術を使わなければ、料理ができると思うんだけどなぁ」
「火が通りにくいと、つい、火力を上げてしまうのです……南瓜が切れない、大根が切れない、人参が切れない、包丁が途中で止まると苛々してしまって……」
「レオくんに、助けてって言ってみたら?」
「ふぁ!?」
一緒に厨房に立って教えてはもらっているけれど、包丁が野菜の途中で止まってしまうと、カナエはつい短気を起こして強化の魔術で腕力を増強してまな板まで真っ二つにしてしまう。その勢いで指まで落とそうとするのだから、レオに作ってもらったアクセサリーも砕けるというものだ。
「できないことは、助けてって言うんだよ」
「助けて、ですか?」
「言われた方も、頼られてるって嬉しいものだよ」
誕生日お祝いでは、喜ばせるよりもレオを悲しませてしまった。頼られて嬉しいのならば、姉として、年上としてのプライドも、可愛いレオを喜ばせるためと思えば納得できる気がした。
「やってみるのです」
家に帰って、カナエは工房で作業をしていたレオを呼び出して、もう一度お願いをした。
「ユナくんやリンちゃんのご飯も作れるようになりたいですし、カナエもいつかはレオくんに『美味しい』って言ってもらえるご飯を作れるようになりたいのです。無茶せずに、落ち着いて、レオくんの言うとおりにしますから、もう一回教えてもらえませんか?」
「カナエちゃんが怪我せぇへんように、もっと強力な魔術具を作ってたところやったんや。イヤリングとブレスレット、それに、髪飾りも壊してしもたやろ?」
作り立ての魔術具を手渡してくれるレオは、思いやりと優しさに満ちている。新しい魔術具を身に着けて、カナエは晩ご飯の準備をする厨房に入った。
人参を切ろうとして途中で包丁が止まっても、魔術は使わない。
「レオくん、これ以上包丁が進まないのです」
「包丁の背に手を置いて、もう片方の手も添えて、体重かけてみて?」
「んー! あっ! 切れたのです!」
ころんと人参が転がってしまったので、形は悪いが、一応切れた。
「南瓜も硬いのです」
「俺は気にしたことなかったから気付かへんかったわ。ちょっと火を入れて柔らかくしよか」
軽く茹でた南瓜は、柔らかくなって切りやすくなっていた。
ユナとリンが食べやすいように、小さく切ったコロコロの茹でた野菜と、焼いたお肉。大人用には一口サイズの野菜のソテーと、豚肉の生姜焼きの晩御飯に、レオが作ったみそ汁と、炊き立てのご飯が付く。
早く火が通らないからと苛々せずに、レオに聞いて、蓋をして蒸すことを覚えたカナエは、野菜のソテーも焦がさずに作ることができた。
「カナエの作った晩御飯なのです!」
「朝はハラハラしたけど、今回はどれも壊れてへんな」
魔術具を確認されてカナエは照れながら、レオを見上げた。
お願いすればレオは丁寧に教えてくれるし、こんなにも頼りになる。もう16歳の青年なのだと実感すると胸がときめく。
「まだ、自信がないのですが、いつか、作りたいメニューがあるのです」
「どんなメニューやろか?」
「炊き込みご飯と、鶏肉のつみれ汁なのですが……」
領主は料理などできなくてもいいと、サナが料理ができないと決めつけていたカナエが、サナが作れることにショックを受けてレオのところに持って行った苦い思い出の味。
「あのとき、カナエが作れなくても、レオくんが作れたらいいと、レオくんは言ってくれたのです。カナエはあのときは、それでいいと思いました」
けれど、ユナやリンが産まれてから、子どもに食べさせることの大事さと難しさを、カナエは知るようになった。結婚して子どもが産まれたときに、レオにだけ全てを任せるわけにはいかない。
できるならば、カナエも料理を覚えた方が良いと思い始めたのだ。
「料理のできないカナエよりも、料理のできるカナエの方が、かっこいいと思いませんか?」
「そうやな、前向きなカナエちゃんはかっこええわ」
その日から、カナエの料理特訓が始まった。
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