1.サプライズがしたい
年末に一歳になったユナとリンの双子には、レオとカナエで小さな手にも持ちやすい、掬いやすいスプーンとフォークを選んでプレゼントした。ユナには持ち手にうさぎさん、リンにはくまさんの模様が入っているそれを、双子は舐めて齧って、興味深そうに試していた。
その後の3月のカナエの誕生日で、カナエはレオが半年以上もかけてコツコツとカナエの20歳の誕生日のために反物に刺繍をして、振袖を縫ってくれていたことを知ったのだった。生まれた時から知っているレオが、カナエに秘密を持てたことは驚きだったが、こんな嬉しいサプライズならば大歓迎だった。
ジュドーとリューシュが結婚する前に、コウエン領の布の宣伝を兼ねて、ジュドーはリューシュにパンツ姿に腰回りに豪奢な布で飾ったドレスをプレゼントした。若い領主を侮って迫ってくるような輩は、蹴り飛ばしていいというジュドーの気持ちの篭った、露出の少ないドレスをリューシュはとても喜んでいた。腰布を外せば普段使いにできるのも、守りの魔術がかかっているだけに嬉しいものだったようだ。
自分のことを思って自分のために作られたドレス。
それにカナエがずっと憧れを抱いていたのは、レオも気付いてくれていた。セイリュウ領の領主の娘で、セイリュウ領の民族衣装は着物。領主のサナは日常的に着物を着ている中で、カナエに作ってくれたのが華やかな場で着られる振袖というのが嬉しくて、貰った日にすぐサナに着せてもらってしまった。その後も、誕生日が待ち遠しくてたまらなかったカナエ。
聞けば、コウエン領のジュドーの工房で修行していたレオを、リューシュもオダリスもデシレーも知っていたようで、知らなかったのはカナエだけというのが悔しかった。
レオの誕生日は新学期が始まってすぐの5月。ものすごく素敵で嬉しい誕生日お祝いのお礼にカナエも何か一生懸命考えたのだが、考えれば考えるほど、自分が何もできないことに気付いてしまう。
「カナエは、無能なのですか……できることが何も浮かばないのですよ?」
「ケーキを作るとかいかがでしょう、カナエ様」
「お料理はしたことがないし、厨房で練習していたら、レオくんにバレてしまうのです」
「縫い物はいかがでしょう?」
「針に糸が通らないのです……」
軽々とレオもレンも物作りをするが、全くしたことのないカナエにとっては、あまりにもハードルが高かった。新学期も始まって、研究過程も三年生になって、卒業論文も念頭に入れて研究を進めねばならず、5月までものすごく時間に余裕があるというわけではない。一から何かを始めるには一ヶ月という時間はあまりにも短すぎた。
相談に乗ってくれているリューシュも、あまりにもカナエが何もできないことに戸惑ってしまっている。
「お祖母ちゃんは、タケちゃんとミノリちゃんと私にマフラーを作るために、夏から始めてたよ」
「それは、来年の誕生日を見据えて今から練習しろということですか、ナホちゃん?」
「レオくんは半年かけたんだし、お祝い事は遅れても構わないってエドお父さんが言ってたよ」
ナホのアドバイスは的確すぎて、カナエは頭を抱えた。
「カナエは、今年のレオくんのお誕生日に、すごいプレゼントをしたいのです!」
「最初からすごいものを作るのは無理ですわ」
「小さなものを考えた方が堅実じゃない?」
真剣に考えてくれるリューシュもナホもありがたいのだが、カナエには姉として、年上として、婚約者としてのプライドがあった。
「去年のレオくんのお誕生日は、カナエ、何もあげていないのです」
去年のレオの誕生日には、レンに付きっきりで習って、レオはカナエとお揃いの婚約指輪を作った。白く華奢な薬指に光るそれは、カナエの分だけ小さなエメラルドが、引っかからないように上手に埋め込まれている。
「俺の作った指輪を着けてくれることが、俺への誕生日お祝いや」
そう言ってくれたレオにお礼をしたくて、夏休みには日帰り旅行に誘って、カナエがその料金は全部払ったのだが、それでも、去年もプレゼントはできていないどころか、レオのかっこよさを見せつけられただけに終わってしまったことには違いない。このままでは、姉で年上で婚約者のカナエのプライドが許さない。
「何か……カナエにできることはないのですか?」
必死で考えてくれたナホが、ようやく思い付いたのは、ナホらしい、カナエにもできそうなことだった。
「ドラゴンの鱗や爪は、宝石以上の価値があるって言われてるよね。カナエちゃん、アイゼン王国の周辺の列島に研修に行くことがあるでしょう? そこの一部に、ドラゴンの谷があったと思うんだ」
ドラゴンは希少種で、非常に賢く、ひとと敵対しないので、狩ることは推奨されていない。そのために鱗や爪を手に入れることは難しいが、ドラゴンの谷では、そこでドラゴンが羽を休めて脱皮するので、脱いだ皮に鱗が付いていたり、抜けた爪が落ちていたりするのだ。
「ドラゴンの谷は入場にも採取にも許可がいりませんでしたっけ?」
「ラウリくんとローズ女王陛下に相談してみよう」
やはり、こういうときに頼りになるのはナホだった。王宮にラウリと行って、ローズ女王陛下に相談すれば、脱皮途中のドラゴンを刺激したり、不必要に近付いたりしないという約束で、爪と鱗を数量を限って採取することを許可する書類を出してくれた。
セイリュウ領の屋敷に戻ると、カナエはこっそりとサナに報告する。
「カナエは、何ができるのか一生懸命考えました。カナエにはお料理も、お裁縫も、魔術具作りもできません。でも、カナエはレオくんに何かしたいのです」
「お料理とお裁縫は、今年から練習しよか。レオくんに習ったらええ。採取、何かあったら、うちを呼ぶんやで」
書類を見せるとサナはすぐに理解してくれた。
研究過程のゼミの研修旅行のついでに寄った小島で、カナエは一日滞在日を伸ばして、ドラゴンの谷に行った。実際に見たことがある魔物は、バジリスクやコカトリス、ハーピーにワイバーンなど、コウエン領の元領主が違法に育てていたものや、動物園で研究されていたものなど、様々だったが、ドラゴンは格が違う。ドラゴン使いの使うドラゴンが、かつて他の国を滅ぼしたことがあるという言い伝えすらある、恐ろしい生き物だった。
小山のように大きなドラゴンは、近寄らなくてもそのブレスで吹き飛ばされそうで、さすがのカナエも脚が竦んだ。ちょうど美しい純白の鱗に、白銀の鬣のドラゴンが脱皮をしている最中で、カナエはそれをじっと観察して物陰で脱皮が終わって飛び去るのを待っていた。
ドラゴンの谷には、国の許可証を持ったものが採取に来るし、希少種のドラゴンは数年に一度しか脱皮をしないので、脱いだ皮が落ちていることの方が少ない。脱皮の場面に立ち会えたのは幸運だが、純白のドラゴンは身を捩って苦しんでいるようだった。
「もしかして……皮が脱げないのですか?」
数年に一度の脱皮に失敗してしまうと、羽が歪んだり、鱗が不必要に剥がれたり、ドラゴンも苦しむことになる。近寄ってはいけないと言い聞かされているのは分かっていた。身を捩って、羽から皮が脱げないドラゴンがあまりに苦しそうで、美しい純白の羽を傷めそうで、カナエは思わず脚を踏み出していた。
じゃりっと土を踏む音に、ドラゴンが警戒して白い炎を鼻から吹く。
「助けたいのです。傷付けるつもりはないのです」
ごうっと吹きかけられた炎に焼かれそうになる前に、カナエの髪飾りが砕けて散った。ばらばらと落ちてくる長い髪を掻き上げて、カナエは怖じずにドラゴンの背中に乗り上げて、引っかかっている皮を引っ張る。脱皮を手伝ってくれることに気付いたのか、もう炎は吹かず、ドラゴンも必死に皮を脱ぐ。
すぽんと勢い良く皮が外れて、土の上に尻餅を着いたカナエに、ドラゴンは体全体を毛繕いする様に舐めてから、ばさりと一房鬣を毟ってカナエの手に落としてくれた。
「く、くれるのですか!?」
脱皮した皮に鱗や抜けた爪が入っていることはあっても、鬣は手に入ることは滅多にない。白銀のさらさらのそれは、それだけで美しい糸になりそうだった。
脱皮した皮から鱗ももらって、残念ながら爪はなかったが、カナエの採取は終わった。
セイリュウ領に帰って、カナエはリボンで束ねた鬣と鱗を綺麗にラッピングする。
「レオくん、驚くのです」
誕生日お祝いにドラゴンの鱗と鬣というのは、あまりにも突飛かもしれないが、魔術具作りをするレオはこの価値を分かってくれる。
ドラゴンの背中に乗って、脱皮を手伝ったことも話さなければいけない。
間近に迫ったレオの誕生日が、カナエは楽しみでならなかった。
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