20.綿密な計画
計画は密やかに、夏休みから始まっていた。
アイゼン王国の領土の小島に日帰り旅行をして、レオがサナとレイナに買って帰って来たのは、サナが白い花に金の縁取りの刺繍のイヤリング、レイナが紫のリボンを付けた黒猫の刺繍のイヤリングだった。
レオの誕生日には、レンが気を利かせてくれて婚約指輪をレオに作らせてくれた。カナエの誕生日には、レオは何か凄いことができたらと考えていたのだ。
イヤリングやネックレス、ブレスレットやアンクレット、髪飾りはたくさん作っているが、それらは全てレンの工房で魔術を込められた部品を組み立てているだけで、一から作ったのは、婚約指輪くらいしかない。鋳造はまだ危ないので一人ではさせてもらえないし、ガラス細工も炎を使いつつ魔術を込めるので危険だとさせてもらえない。
刺繍ならば良いのではないだろうか。
キスをされるかと思って期待して、それが完全に外れてカナエが崩れ落ちている間に、レオの頭の中はそのことでいっぱいだった。
糸に魔術を絡める技術は、コウエン領の方が発達している。
「お父ちゃん、俺、カナエちゃんのために、大作が作りたいねん。コウエン領に修行に行ってもええやろか?」
「それは、絶対レオくんのためになる。応援するから、言って来んね」
二つ返事で了承してくれたレンの許可を得て、毎日工房に通う時間を、サナにお願いしてコウエン領の工房の師匠のジュドーに話を通してもらって、移転の魔術でコウエン領の工房に通うことにした。
驚かせたいのでカナエには内密になので、レンの工房に入ってから、レオはコウエン領まで飛んでいた。
通信の魔術は、非常に混線しやすく、対象者が決まった術具を持っていないと成立しないことが多い。婚約指輪があるので、レオはカナエが呼んでいるのが分かれば、すぐに飛んで戻ることができた。作業の途中で手を放すのは集中力も途切れて困るのだが、カナエにばれないためなら仕方がない。
「刺繍糸に魔術を込めるのなら、ひと針ひと針、刺しながらが良かろうね」
「布にも魔術はかかってへんのか」
「レオくんが、全部自分でせないかんよ? 分からんことは聞いていいけど」
「俺が、全部……」
大きな布を広げて、ひと針ひと針、魔術を込めながら、刺していくのは非常に集中力がいる。どちらかが疎かになってしまうと、魔術は成立しない。
一面の菜の花を刺繍したいと思ったのは、カナエにはあの鮮やかな明るいお日様のような黄色が似合うだろうと思ったのと、カナエが早春の生まれだからだからだ。梅や桜も考えたのだが、カナエには菜の花が似合う気がした。
ひと針ひと針縫っていって、出来上がる頃には、冬を迎えていた。
刺繍が終わったからといって、作業が終わるわけではない。この布を、着物に仕立てなければいけないのだ。
先に着物の形を想定して刺繍をしているので、ぴったりと合うはずなのだが、なかなかに難しい。着物の形になってから、裏地に糸が出ないように刺繍するのはレオにはハードルが高すぎるだろうからと、先に刺繍をすることをジュドーは勧めてくれたのだが、少しのずれも気になって、レオは何回も何回も縫い直した。
着物を縫い終わったら、帯にも刺繍を施していく。若草色の明るい帯に、花菱の文様を刺繍して、出来上がったのは、カナエの誕生日ぎりぎりだった。
「ど、どないやろ?」
「カナエちゃん喜ぶと思うよ。すごく綺麗でカナエちゃんに似合う着物やね」
付きっきりで指導してくれたジュドーにお礼を言って、同じ工房で作業をしていたオダリスにも見せると、感心された。
「レオくんは日に日に腕を上げていくね。敵わん」
「オダリスくんかて、ライラさんにドレス作るっちゃろ?」
「それは……そのうち」
職人として、好きな相手の身に着けるものを作りたい、それで相手を守りたいと思う気持ちは同じ。照れるオダリスに、「頑張って」と声をかけて、レオはセイリュウ領に戻った。
カナエの誕生日はセイリュウ領次期領主として盛大に祝われている。その準備も着々と進められていた三月に入ってすぐに、レオはカナエにたとう紙に包まれた着物と帯を渡した。
「夏から、ずっと頑張って作っとった。汚れも付きにくい、暴れても破れへん、魔術や火や寒さからも身を守る魔術がかかってる」
「レオくんが全部作ったのですか?」
「刺繍、初めてやからかなり時間かかってしもたけど、頑張ってみたんや。これ、お誕生日に着てくれへん?」
広げた着物と帯を見て、カナエの緑の目が見開かれる。
生地は桃色で、裾と袖に一面の菜の花がある着物と、若草色の生地に藤色の花菱を刺繍した帯。
「お母さん! お母さん、来てください!」
「どないしたんや?」
呼ばれてやってきたサナは、カナエが無言で差し出す着物と帯を見て、全てを察したようだった。カナエを連れて部屋に籠って、しばらくすると出て来る。遅れて、カナエが着物を着付けてもらって出てきた。
「帯締めと帯揚げはうちの趣味やけど、どないやろ?」
「カナエちゃん、お姫様みたいや……」
「レオくんが、お姫様にしてくれたのです」
結婚する前に、ジュドーはコウエン領の布の良さを宣伝するためにと、リューシュにドレスを作った。ドレスのお披露目に招かれたカナエは、リューシュのスタイルに合ったもので、決して露出の多くないデザインのそれに、ジュドーの愛情を感じ取って羨ましく思ったものだった。
「最高の誕生日になりそうなのです……カナエのために作られたお着物なのです」
ドレスではないが、レオは細身で撫で肩で小柄なカナエに似合うように、着物を仕立ててくれた。刺繍のひと針ひと針が、カナエを想って刺されたものだと思うだけで心が満たされる。
「レオくんは、カナエに秘密は持てないと思っていました。すごくびっくりしたのです」
「必死やったんやで? お父ちゃんの工房に入ってから移転の魔術使って、コウエン領に通って、お父ちゃんの工房に移転の魔術で戻ってきて。持ち帰りの作業もできへんし、間に合うかハラハラしとったわ」
「こんな嬉しい秘密なら、大歓迎なのです」
明日はどのように髪を結ってもらうかサナと相談するカナエは嬉しそうである。その顔が見たくて努力していたのだから、レオも嬉しかったのだが、当日には別のサプライズがあった。
朝に身支度をしていると、サナとレンから、たとう紙に包まれた新品の着物が届いたのだ。
「カナエちゃんが着物で出席するんやったら、レオくんもお揃いがええやろ?」
「ジュドーさんから貰った布を、サナさんと俺で縫ったとよ。刺繍まではできんかったけど」
青みがかった灰色に縦縞の着物と、草色の角帯を貰ったレオは着付けを手伝ってもらうついでに、長く伸びていた黒髪も簡単に纏めてもらった。
作業するときに髪が落ちて来ない方が楽なので、レンが前髪含めて全部後ろに撫でつけて括っているので、レオも同じ髪型にしているのだが、纏めてもらうと、髪を簪で纏めているカナエとお揃いのようになる。
「可愛い夫婦みたいやわぁ」
「ま、まだ、結婚していないのです!」
二人並んだカナエとレオにうっとりとサナが言う。照れ隠しにカナエが大声を出すのに、レオはそっとカナエの手を取った。
「カナエちゃんに見合う男になれてるやろか?」
「それは……エスコート、してください」
言葉を濁して、カナエはレオの大きな手の平の上に、自分の白い小さな手を乗せる。慣れない草履でこけないように、レオはカナエの手を取って、エスコートして誕生日パーティーの会場まで行った。
レオの作った着物を着たカナエは、ナホやリューシュやデシレーに囲まれてしまう。
「とてもお似合いですわよ、お着物も、レオ様とも」
「レオくん、頑張ったんだってね」
「すごかね」
「知らなかったのは、カナエだけですか?」
リューシュはコウエン領の領主でジュドーの妻だし、デシレーも母が工房に通っているので当然知っていた。ナホはレオがこそこそしているのに気付いて、リューシュに聞いて知ったらしい。
隠し通すのはカナエだけと決めていたので、レオもその辺はいつもの大らかさを発揮していた。
「カナエばっかり喜ばされて……レオくんのお誕生日、覚えているのですよ!」
嬉しい復讐宣言をして、カナエはその日、20歳になった。
これで、第三章は完結です。
引き続き、第四章をお楽しみください。
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