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8.テンロウ領での助言

 バターの香りのするしっとりとしたフィナンシェをレオとラウリが焼いて、カナエとナホが一つずつ袋に詰めてラッピングしていく。リボンを結べば、可愛いお菓子袋が出来上がった。


「お祖母ちゃんは、蕪さんを可愛がってるんだよ」

「栄養剤を持っていくと喜ばれるかもしれませんね」


 5年生のカナエたちは、薬草学の授業で薬草の栄養剤の調合も習っていた。


「難しいのです……」

「煮詰まりすぎないように注意してね。かき混ぜて、液が少なくなったら、薬液を足して」

「暑いのです……」


 じっくりと何時間もかけて鍋をかき混ぜて栄養剤を作るような根気のいる作業は、実のところカナエは相当苦手だった。攻撃や防御は得意なのだが、延々と熱を発する鍋の前に立って、汗をかきながら、調合するのは、退屈で面倒臭くて苛々してくる。

 これだけの手間がかかって、ナホはマンドラゴラたちに与える栄養剤を作っている。幼かったので気が付いていなかったが、セイリュウ領の薬草畑で遊ばせてもらっていた間も、管理人のイサギやエドヴァルドは、陰でこんな努力をしてきた。


「将来、カナエは薬草学者にはならないのです」

「薬草を育てることがどれだけ大変か知ってたら、冗談みたいに値引きを迫る商人を取り締まれる領主になれるよ」

「領主はなんでも知っていないとだめなのですね」

「一通りの一般教養は修めておくべきですね」


 王子としての教育も受けているであろうラウリにも言われて、カナエは汗を拭きながら栄養剤作りに勤しんだ。夜は眠くなってしまうレオとラウリは先に寝かせたが、その日は夜遅くまで火の番をしていなければいけなかった。そのおかげで、栄養剤の作り方の基礎はしっかりと覚えて、週末の休み前の薬草学の試験では、いい成績が取れた。

 付きっきりでナホに教えてもらって、遅れたところを取り戻して、カナエの成績はようやくリューシュに近付いてきている。


「リューシュちゃんも、夜なべして勉強しているのですか?」

「努力せずにのうのうと生きている方とは違いますのよ」

「嫌なこと、されてない?」


 ナホの問いかけに、リューシュの褐色の華奢な指が震えた。お茶会の後でリューシュが父親であるコウエン領領主に何をされたかは分からないが、暗い表情をしていることが多くなった気がする。

 笑顔になるのはレオを見かけたときくらいで、それ以外は、黙り込んで俯いている。よく観察してみれば、リューシュには友達らしい人物はいないようだった。コウエン領から来た取り巻きグループはあるようだが、あまり仲が良さそうには思えない。コウエン領領主の娘のリューシュをちやほやするだけで、ナホとカナエのような遠慮のない関係ではないようだ。


「あんなことは、もう二度と誰にもしちゃいけないよ」

「あなたに、なにが分かりますの?」


 性的なことよりもお菓子やご飯や遊びに興味のある11歳のレオを、そうとは知らずに色仕掛けしようとしたリューシュの手は震えていた。ナホに諭されても、リューシュの態度は頑なだった。


「あのまな板みたいな胸に、セイリュウ領領主の息子は魅力を感じるの?」

「背だって低いし、幼児体型だし」


 取り巻きがはやし立てるのに、立ち上がりかけるカナエをナホが止めてくれる。


「後でぶっ飛ばすのです……」

「その価値もないよ」


 それよりも楽しい週末のことを考えよう。

 ナホに言われて、カナエは大きく深呼吸して気持ちを落ち着けた。

 週末に訪ねたテンロウ領は、セイリュウ領が木造建築が多いのに対して、石造りやレンガ造りの堅牢なものが多かった。冬は厳しい寒さで雪に閉ざされるというから、建物も頑丈に作ってあるのだろう。

 石造りの青い狼の横顔の紋章の入ったテンロウ領の御屋敷の門を潜って、庭を抜けて、中に入れば、優し気なブルネットの髪の痩せた女性が蕪マンドラゴラを抱いて待っていてくれて、その傍に屈強な体つきの長身のテンロウ領領主がいる。クリスティアンも屋敷にいてくれた。


「ジェーンは仕事に出ているけれど、夜には帰って来るよ。泊まっていくだろう、ナホ?」

「この前はありがとう、叔父様。ニルスくんと、エイラちゃんはいるの?」

「遊びに行っているけれど、夕飯までには帰るよ」


 姪にあたるナホが母親似のクリスティアンに挨拶をして、9歳の息子と7歳の娘について聞けば、友達と遊びに行っているとの答えだった。護衛もつけているので心配もないだろう。


「素晴らしい助言をありがとうございました」

「役に立ったなら良かったよ」

「クリスティアン、可愛い子どもたちになにか吹き込んだの?」

「母さんには言えないなぁ」


 蕪マンドラゴラを抱く領主夫人には、お手製の栄養剤を渡すと喜ばれる。


「ナホちゃんとカナエちゃんが作ってくれたのかしら?」

「そうなのです。頑張ったけど、ほとんどナホちゃんにしてもらったのです」

「頑張ってくれたのが嬉しいわ。ナホちゃんは相変わらず、エドヴァルドにそっくりで、頭が良いのね」


 祖母に褒められてナホが照れるのを、ラウリが微笑ましく見ている。

 フィナンシェを差し出して、レオも挨拶していた。


「セイリュウ領のサナとレンの息子のレオです。えっと……王都の御屋敷使わせてもらって、ありがとうございます。これ、俺とラウリくんで焼きました」

「厨房でお料理をお手伝いするようになったのですよ。レオくんが、僕の世界を広げてくれました」


 王子としても、ナホの婚約者としても何度も顔を合わせているラウリは人懐っこく微笑む。

 領主の妻は蕪マンドラゴラに哺乳瓶のような容器で栄養剤を飲ませ、他はフィナンシェでお茶をする。蕪マンドラゴラが飲み終わったタイミングで、カナエは聞いてみたいことを口にした。


「政略結婚とは、どのようなものですか?」


 16歳の少女の口から出た素朴な疑問に、テンロウ領領主夫婦は顔を見合わせた。


「私は王位を継ぐほどの魔術の才能もないし、前々国王の妾の子どもで身分も低かったから、国王にはなれないと思っていたんだ」

「私は、領主になりたくなかったの。毎日難しい書類と向き合って、怖いひとたちを顔を突き合わせるなんて、できそうになかったのよ」


 領主になりたくないテンロウ領領主の娘は、次期国王になるかもしれない第一王子との結婚に胸を躍らせていた。自分を強く優しく包み込んでくれる相手と結婚したい。怒鳴られたりすることなく、穏やかな性格のひとがいい。


「条件にぴったりすぎて、私もお見合いの席で驚いたわ」

「この通り、私は髪も薄いし、体付きも屈強で、顔立ちもかっこいいと言うより厳ついし、背も高くて、怖がられていると思い込んでいたんだ。でも、彼女のことは、とても美しくて、繊細で、聡明で、一目で恋に落ちた」


 お互いにそのことを知らないままで、打ち明けることもなく結婚して、子どもを作り、育てた。妻の方は自分が年上であることに劣等感を抱き、夫の方は自分が厳ついことで妻を怯えさせていないか不安だった。

 長男のエドヴァルドが生まれてから、実母に「次の子を作ることに専念できなくなるから」と言われて、妻は泣く泣くエドヴァルドを乳母に育てさせた。子どもが産まれにくい体質になっていたようだったが、誰にも言えないままに様々な薬を試し、不妊治療を一人でして、ようやくクリスティアンが生まれたかと思えば、毒殺騒ぎが起き、そのどさくさに紛れて夫を誘惑しようとした若い女がいたということで、一度は夫婦はすれ違って別居してばらばらになってしまった。


「政略結婚だから仕方のないことかと思ったが、私に言葉が足りなかったのかもしれないと気付かされて」

「私も、自分が短慮だったと気付いて」


 二人ともよく話し合ってみれば、両想いだったというのだ。


「そういう政略結婚もあるのですね……ロマンチックなのです」

「遠回りをしてしまったけれどね」

「お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、素敵!」


 政略結婚でも幸せになれる場合もあるのだとカナエは学んだが、やはり、コウエン領の領主がしていることは酷い気がする。


「クリスティアンさん、ナホちゃんのお祖父ちゃん、お祖母ちゃん、教えて欲しいのです」


 頼れる大人と言えば、やはり両親のサナとレンだが、もしもレオにリューシュがあんなことをしたと知れば、サナはコウエン領を火の海に変えかねない。できるだけ被害が少なく、リューシュをコウエン領から解き放ちつつ、レオのことを諦めさせる方法を、カナエは良識ある大人に聞いてみたかった。

 貴族社会で長年生きてきたテンロウ領領主は、コウエン領領主のさせたことを聞いても、驚きはしていなかった。


「私は領主になりたくなかったから渡りに船だったけれど、娘を領主にするよりも、能力のある夫を迎えて領主にしたいという親はいないわけではないのよ」

「正式なお見合いではなく、既成事実を作ってしまえば結婚が叶うなど、幼稚で乱暴な考えだが」

「そのお嬢さんは、レオくんと本当に結婚したいのかしら? 『セイリュウ領領主の息子』で『魔術具製作者として才能のある魔術師』と結婚したいのではなくて」


 レオをレオという人格ではなく、『セイリュウ領領主の息子』で『魔術具製作者として才能のある魔術師』として見ているのならば、リューシュはカナエのライバルにもなりはしない。


「考えが纏まりそうで纏まらないのです」

「観察するんだよ。そうだね、これから暑くなる」

「王都はテンロウ領のように涼しくはあらへんわな」


 考えることが得意ではなくて、頭を抱えるカナエにクリスティアンが助言してくれて、レオが呟く。

 初夏にさしかかる魔術学校は、衣替えの時期でもあった。

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